【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《004》
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真正面からであれば無敵。
ゼロ距離ショットガンだろうが全速力のダンプだろうが、笑顔で受け止める最硬防御力を持つ伝説のディーラー・マザールーズ。
「ふんふーん。ふんふんふふーん☆」
そんな彼女のこだわりがお風呂であった。観光バスに匹敵する大型キャンピングカーの内部を丸ごと改装し、運転席以外は全て脱衣所とお風呂に変えたこだわり仕様である。言うまでもなく入浴中は無防備であり、中には武器を手放す事を嫌ってゲーム内ではいくら汗だくになっても絶対風呂には入らない、というディーラーもいる。だがマザールーズは違った。リアルでもバーチャルでも、お風呂にだけは嘘をつかない。快適なバスタイムのためならいくらでも大金を投じられる。
黄色いアヒルや潜水艦のオモチャを浮かべた湯船は両足を伸ばせるどころか、ちょっと泳ぐくらいはできそうな広さ。洗い場にしてもキングサイズのベッドよりは大きくしてあるし、浴室用のエアコンや小型冷蔵庫もしっかり完備してある。鏡については全身映すどころか、壁の片側一面全部を埋め尽くす勢いで張っていた。個人用なのに温泉や銭湯のようにシャワーが並んでいるのは、それぞれヘッドの形が違うからだ。固定のお気に入りはあるのだが、それでもその日の気分というものもある。この辺りについてもゴルフクラブよりはこだわりがあった。
一つ一つを自分でデザインできるというのは、やはり楽しい。
ちょっと凝り始めると、時間を忘れてずぶずぶとのめり込んでしまう。
マネー(ゲーム)マスターには一つ、非常に便利なルールがある。駐車場に停めた車はバリアのようなものに守られ、破壊も盗難もできない、という法則だ。なので、マザールーズは車という形にこだわる。マンションから温泉まで建物としてのお風呂からリスクを除く事はできずとも、『駐車場に停めた車』という形をキープできれば無敵のお風呂を作れるのだ。なのでゆっくりと肩の力を抜いてくつろぐ事ができる。
なのにいきなり曇りガラスの窓が外からがらりと開いた。
「やあマザールーズ、話をしよう」
一瞬、湯船の中のマザールーズは状況を理解できなかった。
しかし現実として、蘇芳カナメは笑って四五口径短距離狙撃銃の銃口を彼女の胸の真ん中に押し付ける。その硬い感触で、彼女は自分の胸の鼓動が跳ね上がるのを確かに感じた。
死の恐怖を覚えているのだ、『あの』マザールーズが。
「なっ、ああ!? 坊やっ、ちょっと待ってちょうだいっ、あの!!」
「チェックメイトだ、今さら足掻くなよマザールーズ」
白く濁ったお湯の中で両手をわたわた、今さら慌てて何かを掴もうとしても黄色いアヒルか潜水艦くらいしかない。そういう形の手榴弾でない限り、殺傷力はない。
呆れたようにカナメは首を横に振って、
「あんたの最硬防御は衣服やアクセサリについた【バレットプルーフ】、【ショックプルーフ】、【ボムプルーフ】なんかのスキルの恩恵だ。逆に言えば、下着まで全部脱いでしまう入浴時は自分から全てのスキルを外している、とも言える。……今なら普通の鉛弾で一発だろ? そうなるのが嫌だったから、あんたはこんな大仰な風呂場を拵えたんだ」
「……い、一応お尋ねしますけど、どうやって? 駐車場は無敵ルールはどうされたのかしら???」
「『元』駐車場な。土地ごと買い上げて設定を変えてしまえば、車を動かさなくても駐車場からどかせるだろ。本当に安心して朝風呂を楽しみたいならこんなショッピングセンターの敷地の片隅じゃなくて、せめて自分の土地を駐車場にするべきだったな」
「参りましたね。これでも、内陸の別荘以外では宝石箱みたいにがぱりと開けて露天モードにはしない、という自分ルールを設けていたのだけれど」
「もっと徹底すべきだった、自分の命がかかっているのなら」
はあ、とマザールーズは色っぽい息を吐いた。
そういうアクションを挟む事で、心理的な主導権を奪い返しに来たのかもしれないが。
「それで、坊や。曇りガラス越しにいきなり撃たなかったという事は、私と話をしたいのではなくて?」
「……、」
「どのような形であれ、頼っていただけているようで何より。ただ分かっていますの? この私、マザールーズに頼ったディーラーがどこまでずぶずぶに腐り落ちていくかを」
遅かれ早かれ、タカマサ戦は避けられない。
そして今のままではカナメはタカマサに勝てない。だから直接対決に持ち込む前に、是非とも有力ディーラーの一人と協力関係を結んでおきたい。
ただし、
「悪いが、俺が握手したいのはマザールーズじゃないんだ」
「はい?」
白く濁った湯船の中で瞬きするマザールーズを放って、カナメがいったん窓の下に消えた。よいしょ、という掛け声が聞こえたと思ったら両手で何かが持ち上げられる。
「答えはスマッシュドーター☆ 彼女からのお題だったんだ、犬猿の仲であるマザールーズに一泡吹かせる事ができたら何でも協力してやるって」
「ふはははははははははッ!! これで母娘の因縁も終わりだ王手じゃ王手ェ!!!!!!」
両脇に手を通され、でろんと伸びた影は、まるで抱えられた猫のようだった。
スクール水着に魔女帽子、そしてコンデンサ弾を撃ち出すセミオートライフルに銃剣代わりのスタンロッドを取りつけた、非殺傷攻撃の達人である。
さあー……っと、これまでなかったほどマザールーズの顔が青ざめていき、窓枠にお腹を引っ掛けたスマッシュドーターから目が離せないようだった。
「いえそのっ、そんなご無体な!! ねえ坊や、ここまで着々と策にハメてきたという事は、お風呂タイムを楽しむこの私が何を一番恐れていたかお分かりのはずでしょう!?」
「そーうだよなあ? 防御スキルなしの状態で感電攻撃って一番怖いよなあ? 何しろでっかいお風呂もずぶ濡れの洗い場も逃げ場はなく、普段より導電性はとことん上がってそうだからなあ!! ふははははははははははははははははははははははははははははははははッア?」
最後、ゴキゲンなスマッシュドーターがちょっと不思議な語尾上げになったのは隣に立っていたアプサラス型の褐色マギステルスがアブないライフルを取り上げ、カナメが両手で小さなお尻を押したからだ。窓枠にお腹を乗せたままくるりと鉄棒っぽく回ったスク水少女が、マザールーズの待つ大きな湯船に頭から落ちていく。
どっぽーん、という水っぽい音が響き渡った。
そして妖しい食虫植物がわさわさと大きく開いていく。
「うふふ。あらそう、そういう予想外……。困りましたわ、坊やったらこんな素敵な贈り物を貢いでくれるだなんて。これは確かにお母さんもびっくり、思わずちょっと女の部分が飛び出しそうになるくらい一泡吹かされちゃいました☆」
「よせバカフ〇ックそういう予想外って何だアットホームな方向じゃねえよシ〇ト!?」
「ああ、ああ、まさかこんな日がやってくるだなんて。母娘で一緒にバスタイムだなんて夢のよう……。ふふふ。さあドーターちゃぁん、四角い石鹼とボディソープはどちらがお好き? 使うのはスポンジ、タオル、それともブラシ? いいえやっぱり一番優しいのは指の腹で直接よねえ。とにかくお母さんといっぱいごしごし洗いっこしましょー☆」
ぎにゃーっ!! という尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴が炸裂した辺りでカナメは外から曇りガラスの窓を閉めた。封印完了である。
マザールーズの行動原理は『寂しさを埋める』だ。
過去、そのために様々なチームを渡り歩いては徹底的に甘やかし、無自覚に内側から引き裂いていった悪意なき堕落の権化でもあるのだが、ようは無事に心が満たされてしまえば毒気が抜けてしまうものらしい。
少年はカスタムお風呂カーの壁に背を預けると、残されたアプサラス型の褐色少女と向き合った。涙目で目一杯頬を膨らませた暴力ディーラーが掌を返す前にやっておく事がある。
「ジャムティ、証人になってくれ。俺はスマッシュドーターとの約束をきちんと果たした。これはディーラー同士の契約だ、こちらが提示された要求を前払いで全て満たした以上そっちだって根拠もなく反故にするのはナシ。いいか、感情は理由にならないぞ」
「了解でーす、くりみなるAO戦はご期待あれ☆」
ふざけた調子で敬礼が返ってきてちょっと不安ではあったが、スマホとスマホで連絡先を交換する事には成功。一応は『繋がり』ができたと見て良いだろう。
そのスマホから連絡があった。
今度は同じ褐色少女でもメガネのダークエルフの方からだ。
『カナメ様。第三工業フロートのコンテナヤードで動きあり、別の外装に詰め替えた「#閃光.err」のコンテナがトレーラーで運び出されるようです。クルーザーで追跡中』
「大雑把で良い、方角は?」
『陸路で海に出ているのですよ、大きな環状橋を時計回りに移動中としか。ただ朝の混雑時でも常に追い越し車線にいるため、出口とは正反対です。当面は途中の島々で降りる気配はなさそうですが』
「半島金融街行きだな……。分かったシンディ、船で行ける所までそのまま追跡してくれ。陸路と海路、橋で交差したポイントから俺とツェリカがクーペで引き継ぐ」
『了解しました』
「無理はしなくて良いぞ、行ける所までだ。相手は艦載レベルのレーザー兵器を持っている。しかも『遺産』としての特殊効果を隠したままだ。勘付かれれば一撃でクルーザーごと輪切りにされるのを忘れるなよ」
『マギステルスは輪切りにされても「ダウン」扱いです、一時間で復活しますよ』
「それでもだ。頼むよ」
『……ぞくぞく』
「シンディ、わざと撃破はナシだ。そんな事したら心配してやらないぞ!!」
『うふふ、それではご褒美モードを期待する事にいたします。アヤメ様に放り出された分まで、しっかり甘えさせてくださいね☆』
『ショートスピア』を取り戻し、スマッシュドーターという切り札を得て、タカマサの潜伏先まで案内してくれる『遺産』の『#閃光.err』も動き出した。
ギリギリだけど、ここからだ。
今度は蘇芳カナメの方から仕掛ける番がやってきた。
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