【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《005》


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「それで」

 フリルビキニにミニスカート、黒のツインテールを風になびかせる華奢な少女は双眼鏡片手に怪訝そうな声を出していた。

 見晴らしは良いが、ある種独特の臭気が景観を楽しむ心を台無しにしてしまうのは、ここが郊外の小高い丘にあるガソリンスタンドだからだろう。……給油や洗車など、何故か車の面倒を見てくれる店員さん達がみんな(やたらとスカートの短い)ナース服の若い女性なのは、やはりここが金と欲望のマネー(ゲーム)マスターだからか。元々は車、銃、金の三大要素の中でも燃料を牛耳る事で『車』の一角を独占してゲーム内のパワーバランスを掌握しようとした有力チームだったが諸々の事情で頓挫し、今ではサービス業に転換していたはずだ。

 ミドリが双眼鏡で覗いているのは、もちろん看護師さんの胸元やお尻ではない。

 小高い丘から見下ろす形で、目標を捉えていた。

「……あれがその根城っていうヤツ? 兄はあんなトコに籠って何しているの?」

「……、」

 霹靂ミドリは、詳しい話を知らない。タカマサがゲームの中で活動している事は分かっていても、彼が人間社会を守るために全てのマギステルスを根絶しようとしている事までは知らないはずだ。

 今もスタンドで固定した赤い紅葉柄の大型バイクへ横に腰掛けているが、後部シートではミニチャイナの美女が仲良く寄り添っていた。二人掛けのカップルシートみたいだ。冥鬼は無表情で言葉も話さないが、受け入れの空気ができているのは誰でも分かる。

 ともあれ、だ。

 カナメは必要以上に色っぽい車の看護師さんを片手で制して、大掛かりになりがちなエアコン冷媒のチェックは辞退しながら、

「常夏市半島密林公園。……つまり公園って言っても実際には熱帯雨林の中に周回コースと動物の檻をいくつも置いた、半自然型の動物園って考えた方が近いかもな」

「何であんな所にレジャー施設を? 中心部からはちょっと離れているわよね」

「リアル世界で幅を利かせてるネズミの遊園地だって東京じゃないだろ。住むための一等地と遊ぶための一等地は、また条件が変わってくるものだよ」

 海辺のきらびやかな金融街からやや離れた、それでいて交通の便には困らない内陸の一等地。ジャングルは半径五キロといったところで、海外の大きな遊園地くらいある。周りにちらほらあるビルは背が低いが、まるで巨大な公園の景観に遠慮しているようにも見える。

 遠くから双眼鏡で眺める限り、逆さにしたブロッコリーみたいだ。足元にわさわさ緑が広がっていて、中央から大きなビルが天高く伸びていた。細長く見えるのは、それだけ周囲のジャングルが広大なのだ。

(……オフロード前提か。車高の低いクーペだとやりにくいな)

 カナメは一瞬、ガソリンスタンド端にあるスペアタイヤのコーナーに目をやったが、タイヤを履き替えたくらいで対応できる状況でもないだろう。そういうセールス方針なのか、目が合うと無条件で軽く投げキッスをしてくる看護師さんは相手にせず、ミドリとの会話に戻る。

「ねえ、あのビルは?」

「表のパンフレットには水族館やショッピングモールとあるけど、七割以上は動物関連の研究機関だな。実際には中で何をやっているか分かりにくいから、秘密の機材を蓄えておくにはぴったりだ」

 カナメはパチンと指を鳴らした。

 直後、キュガッ!! と空気を大きくたわませながら、トラックよりも巨大な艦対地ミサイルが彼らの頭上を追い抜き、一直線に問題のビルへと突っ込んでいく。

「ひゃっ!!」

 ミドリは髪と短いスカートを押さえて小さな悲鳴を上げ、火気にうるさい看護師さん達が慌てて物陰に身を隠す。

 しかし実際にはジャングルの端から考えても、二〇〇〇メートルも近づけなかっただろう。

 高層ビルの上の方が瞬いたと思ったら、マッハ五以上の速度で空間を突っ切った艦対地ミサイルが縦に真っ二つにされていた。二つに分かれた残骸が一瞬遅れて大爆発を巻き起こす。もう一度瞬くと、低い震動が足元を伝った。おそらくだが確信がある、沖で待機していたAI制御の駆逐艦が沈められたのだ。

「……普段は上層をぐるりと囲む外周通路に設置しているみたいだな、例の『#閃光.err』。わざわざ資材用のエレベーターでトレーラーまで引き上げて」

「……、」

「てっぺんを避けているのは雷除けか、あるいはエアコンの室外機で熱に乱れができるのでも嫌ったか?」

そしていくら隠していても、使う時は容赦なし。

 おそらくタカマサ側も気づいている。蘇芳カナメが、すぐそこまで迫っている事に。根拠はなくとも、同じコールドゲームで過ごした者同士の肌感覚で。

 互いに身を隠して根回しするのはもう終わり。

 ここから先は、真正面からの総力戦だ。

「今日も一般客は受け入れているものの、それは不審な影はピンポイントで選んで潰せるって自負があるからだ。俺達も具体的に視認されれば即蒸発だな。かなり高い場所に設置してあるから、地べたから見える地平線よりずっと遠くまで狙えるはずだ」

 これまでの『遺産』と比べても、ケタ外れだ。

 元が艦載レベルのレーザー兵器というのもあるのだろうが、さらに物理エンジンの上限を超えた『終の魔法オーバートリック』としての力が上乗せされているはず。そちらについては片鱗も見えない。

「なっ、何で……あんな事になってるの?」

「ダムとか発電所とか、重要公共インフラはそのままPMCの基地になっているケースがほとんどなんだ。動物園と水族館が合体したあの密林公園も同じ。過剰なくらいの武力があっても不思議じゃないよ」

「そうじゃなくて、あそこにいるのはお兄ちゃんなんでしょ!? やっと見つけたのに、生きているだけでもラッキーだったのに……何でっ、何であんな風に敵愾心剥き出しになってるの!!」

 お兄ちゃん、と呼んでいる事にも気が回っていないほど混乱しているようだった。

 それについてはカナメだって聞きたい。タカマサがどうして『ああ』なってしまったのかは彼にも分からない。初めから『ああ』だったのか、カナメの妹を庇ってフォール後に『ああ』なったのかさえ。

 ただし、ここで腹をくくろうとカナメは決めていた。

 もう、格好つけるのはやめにする。

「いいか、ミドリ。実は結構前から伝えていない事がある。辛い話になるかもしれないが聞いてくれ」

「なっ、何よ……?」

「俺はタカマサに借りがある、人生の全てを投げても良いほどに。だけどミドリ、あんたに嘘はつきたくない。だから俺は、。元から辛いと分かっている話をわざわざするんだ。何か不満があるようなら、俺の顔を殴ってくれても構わない」

「そんな事しないってば。早く言ってよ、逆に不安になるでしょ!」

 すがるようなミドリの言葉を聞いて、カナメは静かに息を吸った。

 情報という餌を欲しがる雛鳥のようだ。

 そして言った。


「タカマサが敵に回った。多分仲直りはできない」


 涙目の全力ビンタを頂戴した。

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