【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《003》
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サーバー名、ミュウグリーン。始点ロケーション、常夏市・第三工業フロート。
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ようこそ蘇芳カナメ様、マネー(ゲーム)マスターへ。
蘇芳カナメは、大の字なのにうつ伏せで転がっていた。
腐り切ってやがった。
「旦那様」
「……、」
「のう旦那様。膝枕は別に構わんのじゃが、顔を押し付けるというのは流石に少々デリカシーが足りないとは思わんのかのうー?」
少年は答えない。
ツェリカは口振りこそ呆れているが、その割に目元は優しげだった。ほっそりした手を伸ばしてカナメの頭を撫でている。
大の字うつ伏せ、水死体モードで畳の上で伸びているディーラーの為すがままにされている辺りは、やはり主人を甘やかすだけ甘やかすが責任は取らない、『下に寝る者』サキュバスの本領発揮といったところか。
火を使った四角い行灯は間接照明にも似た甘いムードを作り出し、光を閉ざした窓辺では夏の花をふんだんに使った生け花が涼しげに揺れている。
そして後から部屋に入ってきたダークエルフ型のマギステルス・シンディがわなわなと震えていた。
「かっ、完璧人間のカナメ様がこれほどまでにダメな醜態をおさらしになられるとは。これは是非私も甘やかしてダメにしたい……! はあ、はあ、指とかちゅぱちゅぱしていただきたい!!」
「痴女よ、メガネの曇りを拭け」
ツェリカに指摘されると素直にメガネ拭きでお手入れを始めるシンディ。ちなみにメガネを外しても両目がショボショボしたり絶世の美女に化けたりはしなかった。長い黒髪に褐色肌のボディをフィギュアスケートのような白い衣装で包んでいるこのダークエルフは元々蘇芳アヤメのパートナーだったはずだが、現在は訳あって主が不在となっている。
小麦色の肌の美女は再びメガネを装着すると何やら自分の体を抱きながら、
「『無辜の管理者』アヤメ様には相手にされずにずーっと放置、やきもきむずむずが最高潮のところであの凶暴なブラッディダンサーに横取りされて……。うう、やはりダークエルフとは運命とお色気に翻弄される定め、この火照った鎖を千切れるのはカナメ様しかおりません。さあ、ほら、さあ! タイヘン不健全で欲求不満なカラダならここにありますよ!!」
「あー、旦那様はそういうぐいぐいなのは好みに合わんぞ。というかその程度でがっつくのであれば今頃わらわが大変な事になっとるわい」
「何を言っているのですか? 相手の好みに合わないヘキを無理矢理押し付けるから最高に楽しいのでしょう(ビシッ)」
「……貴様もねじれているというか、ドMなようで根っこがドSじゃのう。いや、本質的には表裏一体なのか」
「うふふふふふ。一時は悪名高きブラッディダンサーに囚われておりましたが、機械的で従順な使い捨てられっぷりを見せつける事で彼の心を抉る遊びはなかなかに甘美でございました」
うるさいのでカナメはうつ伏せ大の字をやめ、むくりと起き上がった。
現実逃避も趣味の領域を超えると毒になる。そろそろ仕事の話に移ろう。
「ツェリカ、『ショートスピア』と中近スコープ。それからマガジン五本、ロングで頼む」
「盆の上。……これに気づかぬとは、わらわの太股が魅力的過ぎたのかえ?」
カナメは久しぶりの装備を手に取ってベルトに挟むと、シンディの横を通り抜けて表に出た。とはいえ、そこは和の城でも遊郭でもない。妖しい夜の空気が吹き飛ばされ、突き刺さるような南国の陽射しが少年の両目に刺さってくる。
海の上だった。
内装こそ和風だったが、実際には高級クルーザーの上だったのだ。
縦長に伸びた三角形の帆が美しい、ヨットから派生したモデルではあるが、外洋に出て長期滞在できるだけの居住スペースを備えた大型である。とはいえ、流石にスクリューくらいは水面下にこっそり備えているが。
揺れる海の向こうに広がっているのは、四角い人工のメガフロート。特に赤錆びやスクラップが目立つ、レッドテリトリーと呼ばれる一面だ。カナメが『ショートスピア』のスコープを使って確認しているのは、色とりどりのコンテナが山のように積まれたコンテナヤードであった。
もちろん先にラムジェットら『支配者』を倒しておかなければ、こうはいかなかっただろう。連中は陸路の他に、大量の高速モーターボートを保有していたようなのだ。針路上に機雷を撒いて足止めした上で機関銃を使って脅す、海賊の真似事でもしていた証拠だ。
後から甲板にやってきたツェリカがぶつくさ言っていた。
「アヤメの尻軽め。船に飛行機にと何でもかんでも購入しおって」
「ノーです。アヤメ様はハンググライダーやエアクッション船など多様な乗り物に興味を抱いておりましたが、愛車については一台限りを貫いております。元々スクラップに近い状態からのリストアで、さらには生産終了したスロットルバルブを自作してまで乗り続けておられたようですし、一途と見てよろしいのでは?」
「旦那様」
「……妹の爪の垢なんか煎じて飲まないぞ。大体、俺がボンネットを開けるとお前不機嫌になるだろ。最適のバランスなんだから勝手に崩すなって」
マギステルス達と何気ない会話を続けながらも、しかしカナメはスコープから目を離さない。こうして交代で監視を続けているが、今のところ、タカマサの息がかかったコンテナ―――ようはレーザー兵器の『#閃光.err』―――が届けられた様子はない。
(……偶然とはいえレッドテリトリーの勢力図が整った事で監視はしやすくなっただろうが、そのせいでタカマサ側に勘付かれたか?)
「いや」
「来ましたね。レーザーコンテナ」
シンディの言った通りだった。
今回はティルトローター機を使っていたらしい。複数のワイヤーで吊り下げられたコンテナが、赤錆びの街へと降りていく。注意深く見れば、平面で作られているはずの金属コンテナに防犯カメラに似た小さなドーム型の照射レンズがあるのが分かるはずだ。
「さて、ここからどうする旦那様。発信機の一つでもつけられれば後を追うのは容易いが」
「よせ。タカマサ相手にそういうアイテム勝負を持ちかけても裏をかかれるに決まっている」
「カナメ様。逆に言えば」
「ああ、原始的な尾行の方が気づかれにくい。向き不向きの問題だな」
……この辺りは、かつてあった有力チーム・コールドゲームに属する者達の肌感覚か。逆に言えば、同じようにタカマサもカナメ達の動きを読めるはずなので油断はできないが。
レーザー兵器だけを押さえても意味はない。タカマサがどこに潜伏しているかを探るには、コンテナヤードに届けられたレーザー兵器が中身を抜いて別のコンテナに詰め直され、どこへ運ばれるのかまで追跡しなくてはならない。彼の最終的な目的は分からないが、放っておけばろくな事にならない。ゾディアックチャイルドを捜すためには口うるさいノイズだらけの有力ディーラーが邪魔だという理由だけで手当たり次第に辻斬りを繰り返し、しかも大きな目的が成就すればツェリカやシンディといったマギステルス達はおそらく絶滅してしまう。
古き友とは言っても、相容れない。
ディーラー・クリミナルAOはこの手で止めなくてはならない。
もう一度、ミドリを泣かしてしまうかもしれないとしても。
「……、」
「どうかしたのかえ、旦那様?」
「自分の格好つけに嫌気が差したトコ」
? と首をひねっているマギステルス二人。と、そこへカナメのスマホに連絡があった。質屋グループを束ねる『財宝ヤドカリ』からだ。
より正確には、粘液型マギステルスのブリュンヒルデとなる。
『蘇芳カナメ様、準備が整いました』
「……今度はフレイ(ア)の悪戯心は混じっていないだろうな?」
『今回はその謝罪。小細工抜きです、不備があった場合はこの腹を切ってみせましょう』
大変豪気な話ではあるが、全身が半透明の粘液少女から腹を切るとか言われてもいまいち覚悟が伝わってこない。結局、信頼するかしないかを判断するのはカナメ自身だ。少年はそっと息を吐いて、
「分かった。今からでも?」
『そちらの都合に合わせます、いつでもどうぞ』
スマホの通話を切ると、ツェリカが柔らかそうな頬を内側から膨らませていた。
「また旦那様はわらわも経由せずに怪しげな通信を繰り返して……」
「ペアレンタルと位置情報で縛りつけたい派だったのかツェリカ? タカマサのコンテナは届いたけど、すぐさま行動するとは思えない。ガワを別のコンテナに替えてから移動するだろうからな。いったんここを離れるけど、シンディ、その間の監視は任せて良いか」
「お任せを。お仕置きよりもご褒美の方が楽しめるとお約束していただければ」
「……わざとミスるのはナシだぞシンディ?」
「あらいやだ、そんな目で睨まれるとグラついてしまいます」
遅かれ早かれ、タカマサ戦は避けられない。だが、前回の衝突でカナメは自分の弱さも自覚している。その上で協力を取り付けておきたい有力ディーラーがいた。
鍵となるのはただ一人。
災厄の顔を思い浮かべながらカナメは呟く。
「全身防御スキルの塊、マザールーズ。それじゃああいつに挨拶しに行くか」
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