【Third Season】第八章 PMC本社に挑め BGM#08“Laser Art.”《001》
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ばんっ! と。
蘇芳カナメは両開きの鉄扉を両手で開け放つ。
半島金融街で星の海のような夜景を作る光の一角、リゾートホテルの屋上にある巨大なジェット風呂だった。これまで中心に居座っていたはずの金髪の優男フレイ(ア)は、両腕の中からバスタオルの美女達がするりと抜けて風呂から上がってしまった事が不思議でならなかったらしい。首を巡らせ、そして来訪者に気づいた。
ナイトプール同様、真下からの光に照らされたお湯の中でフレイ(ア)は妖しく微笑む。
「おやカナメ君じゃないか。何だかお疲れのようだし、その調子だとうちの新入りが丁重にもてなしたようだね。わたしもそれなりに監督責任は感じているよ、そうだな、うちの質屋から好きなブランドバッグを三つほど持っていってくれても構わない。うふふ、それでも足りない場合はわたしのカラダで支払いをしたって……」
カナメは無視して傍らにあったワゴンに手を伸ばした。シャンプーにボディソープ、その他特殊な消毒薬や体を洗う訳でもないのにぬるぬるした粘液のボトルなど怪しげなアイテムがしこたま詰め込まれた、フレイ(ア)特製の不謹慎お風呂セットである。
ちなみにカナメが真っ先に掴んだのは一番上の段に置いてあったのはドライヤーだ。
「あっ」
フレイ(ア)が慌ててジェット風呂から転がり出た直後、アウトドア用の大きなバッテリーパックと繋がったままのドライヤーを容赦なくお湯の中へと投げ込む。ばぢっ!! という不気味な音と共に高圧電流が流れたのか、ジェット水流の機能が丸ごとぶっ壊れた。
へたり込みながらタオル一枚の質屋の王が青い顔で叫ぶ。
「あぶっあぶあぶ危なちょっと待ったカナメ君ひょっとしてマジのヤツかい!?」
「……俺は何で突然の騙し討ちをどうにか乗り切ってへとへとになるまで疲れ果てている中あんたの粗〇ンを拝まなくちゃならないのか言ってみろ……」
「極度の疲労でキャラが壊れているよう!! どっ、どうだろうカナメ君。このホテルはわたしが経営権を奪った『私物』なんだが、とりあえず一晩ぐっすり眠ってみるというのは。何だったらわたしが非常に良く効くマッサージを施してあげても構わない!!」
「もっと大切な話があるだろう?」
「お風呂かベッドか、マッサージの細部を詰めるという話だね? もちろんオプションは完備しているよ、例えばお風呂にしても椅子かマットか湯船の中か、あるいは女のカラダの方が好みならそっちに合わせよう(ビシッ)」
蘇芳カナメはワゴンの下から二段目の引き出しを開けて中にあった秘密兵器を掴んだ。圧縮空気の力でリレーのバトンくらいのサイズの極太スティックを撃ち出す特殊銃だった。しかも怒濤の電動ガトリング式である。
そんな訳ですいっちおん☆
ドンドンドン!! どがどがどがどがっ!!
「あばばあば危ないアブない待って待ってよこれ一発当たったら大惨事じゃないかこっちのボディにXLなんかめり込んできたら全部裂けちゃうってカナメ君せめてもう片方の体にチェンジするお慈悲をちょっと待ってぇ怖い怖い!!」
ギリギリのところで直撃は避けた蘇芳カナメは恐ろしく低い声で囁いた。
「……俺は欧米なら人を殺してもソーリーは言うなって考え方は好きじゃない。過失を犯した時は素直にごめんなさいと言える大人になろうか……?」
「謝るっ!! 謝りますから! 何でもしますっ、心を入れ替えますう!!」
カナメは電動式暴れん坊のスイッチを切る。
それから弾体に使われていたシリコン製の反り返った何かを両手で掴んでへし折った。
「ツケは後で回すが、今回に限り反故にした場合は分かっているな? 次は、あんたのをこうする。いいか俺がやると言ったら本当にやるぞフレイ(ア)」
「ふ、ふふ。どうしても停滞しがちなわたしと君の関係を一歩前進させるためのカンフル剤のつもりだったんだけどなー……。まさかこんな劇薬になるとは。いいや、ここはカナメ君にこんなドSな一面があったと知れただけでもプラスと受け取るべきか。うふふ、ショックを受けたという事はそれだけ信用してくれていたって訳だろう? わたしはそれを愛に変えてみせるよ!!」
寝言を聞く必要はないので、カナメは壊れた機械を適当に放り捨てて屋上の出口へ向かう。チョコレート色のセーラー服を纏う粘液型のマギステルスがぺこりと頭を下げてきた。
「重ね重ね、常識と思慮に欠ける主様が大変ご迷惑をおかけいたしました」
「いや、あんたが謝る事じゃないよ。そもそもあんたがこっそりVIPエリアに入れてくれなかったら、フレイ(ア)に気づかれずここまで接近する事もできなかったし」
主を裏切る。本来、ディーラーをサポートするマギステルスとしてはありえない思考のように思える。しかし彼女が言うには、
「……私は主様にとって一番となる事を追求して実行する事を信条に掲げております。場合によってはお灸を据える必要もあるでしょう」
「そう」
「その観点からすると、強過ぎる主様をきちんと叱れる人材というのは非常に稀少なのです。どうか主様を諦めないでいただけると助かります、カナメ様。心身の苦痛と時間の浪費について、主様から『何でもする』という賠償の意思を確認したのですが、具体的な要求はございますか? 何でもと言うからには、何でも致します」
「そうだな……。俺が一人でやっても良いんだけど、面倒な手続きをそっちで片付けてくれるなら助かる案件が一つある。任せても?」
「チーム『財宝ヤドカリ』の矜持と尊厳にかけて、必ずや」
必要以上にかしこまったマギステルスの少女に、カナメは苦笑した。
できない事は要求しない。
水に流すためにも、少年は早めに借りを返してもらう事にした。
「有力ディーラーの一人、マザールーズと接触したい。窓口を設けてくれ」
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