【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《行間一》
行間一
長い黒髪でおでこを出した、メガネの少女だった。
服装は白いブラウスに黒のタイトスカートだが、この南国。通気性を優先したせいで中の赤い下着が透けてしまっている。
ディーラー名、リリィキスカ=スイートメア。
元はと言えば『
ゾディアックチャイルド、蠍の執着。
七〇億以上いる人類でもたった一二人。機械的な分析が追い着かず、AI社会全体の予測を裏切るだけの才能を持った人間、らしい。
「やれやれ……」
リリィキスカがそっと呟くと、エルフ型の小柄な少女がやたらと長い黒塗りリムジンの分厚い後部ドアを開けてくれた。
「キスカ様、検査の方お疲れ様でした」
「どうも」
乗り込むと一転して中は涼しい。スクリーンも兼ねた長いガラステーブルを囲むソファ、各種ドリンクや果物を詰めたミニバーの冷蔵庫、大掛かりなオーディオセット。ぎゅうぎゅうに詰めれば二〇人は入りそうなサイズだが、メガネの少女は自嘲気味に笑っただけだった。人がいなくなれば、そこには心を締め付けるような寂しさしか残らない。
リリィキスカがこうした。
蘇芳カナメがこうした、とは思わない。
彼の役に立ちたい。彼と共に戦いたい。そうした個人的な想いが的確であるべき判断能力を曇らせ、チームを壊滅に導いてしまった。何を選んでも蘇芳カナメは殺せなかったかもしれない。だけど引き際を誤らなければここまで被害を広げる事はなかったはずだ。
それに、恨めない。
この想いが原因で大切な仲間達を丸ごと失ったと、分かっていても。
馬鹿は死んでも治らない、という事か。結局、どこまでいってもリリィキスカにとってカナメは憧れの対象であり、裏切られ切り捨てられた程度で立ち位置を変えられないのだ。
単調な電子音があった。
脚を組んでソファに身を沈める少女が軽く手を叩くと、長い長いガラステーブル一面に着信したメールが表示される。
『リリィキスカ=スイートメア様。
精密検査へのご協力ありがとうございました。我々は正しい判断をされたあなたを高く評価しております。
テストの結果は良好。検査の合間にいくつかの知能テストやチェスなども試させていただきましたが、やはり、人間側に勝利のできないはずの勝負であっても躊躇なく結果を崩しにかかるその特性は、紛れもなくゾディアックチャイルドのものです。
これまでの銃撃戦や仕手戦もモニタリングさせていただいておりましたが、しっかりと確定を取る事ができました。
ゾディアックチャイルドについては不明点が多いものの、ゲーム内に構築されている以上は必ず論理的な存在であるはず。ビッグデータに上限はありません。解析できないのは、情報の蓄積が足りていないから。そういう意味において、あなたの協力はこの上なく価値のある行為です。
AI社会は最適の幸でもって人々を管理する。
この枠の外に出ても人は不幸や悲劇に見舞われるだけです。
あなたの判断の正しさは、我々が保障いたします。
ありがとうございました。吉報をお待ちください。
マギステルス、その「総意」より』
「……、」
自分はひょっとしたら、人類の最後の可能性を摘み取っているのかもしれない。後世の歴史書で最大の愚者として顔写真付きで紹介されるような事をやっているのかもしれない。
でも。
だけど。
リリィキスカ=スイートメアはブレない。裏切られても切り捨てられても。であるならば、こんな程度で揺らぐ事はない。
(……蘇芳カナメやクリミナルAOの背中を追いかけているだけでは、彼らと同じフィールドには立てない。それではあの人の役には立てない)
目線を使って気軽に返信を打ち込みながらも、少女はそっと考える。
誰にも知られないように。
(なら私は、どんな悪手を使ってでも先回りする。彼らの予測を超えたルートを通らない限り、武器として認めてもらう事もできないんだから)
そのためなら、AI社会に組み込まれても構わない。
いいや、自分の成長のための糧にしてしまっても。
ゾディアックチャイルド、蠍の執着。
悪魔達は知っていたはずだ。それはそもそもAI社会の管理に収まる存在ではないと。
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