【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《021》
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できるだけ急いで走ったつもりだった。
たとえ蘇芳カナメの姿がなくても、物陰は一通りチェックしなければならない。下には彼女の知り合いがいる。だけど助け出すためには、考えなしの一発でフォールを狙う訳にはいかない。
だから。
ザウルスが到着するよりも、階下からサブマシンガンの銃声が炸裂した方が早かった。
「Mスコープ!!」
二階に飛び込んだ時、すでに戦闘は終わっていた。
蘇芳カナメはどこにもいない。
ただ血だまりの中で猫背の少年が倒れていた。こいつの二次元趣味は理解できないが、それなり以上に大切な品だったのだろう。キャラクターがプリントされたパーカーを赤黒く汚す格好になっても、もはや嘆く余裕もないようだった。
脇腹に、改造したアイスピックが突き刺さっていた。
「あはは……。やられちゃいました」
「黙れっ、黙れよ!!」
抱き起こし、しかし余計な出血を招くため下手にアイスピックを抜く事もできないまま、ザウルスは歯を食いしばっていた。
そう、Mスコープは即死していない。
そもそも蘇芳カナメは常に標的の頭部を狙って即死させてきたはずだ。Mスコープだけ脇腹というのは妙だった。おそらくは狙われた瞬間、猫背の少年は自ら爆発物を起爆させて強引に真横へ跳んだのだろう。だから『あの』カナメでさえ、とっさの軌道修正が間に合わなかった。
そしてカナメは二発目を撃つか、ここから立ち去るかの判断で後者を選んだ。
ザウルスとの接触を恐れて。
綱渡りのような僥倖と言えるが、せっかくのチャンスも活かせなければそれまでだ。
「ザウルス……」
「うるせえよ」
「ザウルス、手当てを止めて蘇芳カナメを追いかけてください。あいつは、ザウルスとの正面衝突だけは常に避けてきた節がある。少なくとも万全の装備がない内は、接近戦を挑みたくないと判断しているんです。ぼくにはダメでも、ザウルスなら」
「うるせえっつってんだろ!!」
遮るように、ザウルスは叫んでいた。
吼える、とは少しだけ違う。
彼女は目尻に涙を浮かべ、唇を噛んでいたのだ。泣き喚く、が正しかった。
「もう嫌なんだよ……。目の前で誰かを失うのなんて!! せっかく何かの手違いで復活できたんだ、なのにもう一回奪われるなんて耐えられないんだよ! 分かれよちくしょう!!」
「……、」
蘇芳カナメを逃がせば、『
莫大な金さえあればサポートはできるのだから、必ずしもカナメの財産は必要ないのかもしれない。Mスコープやザウルスが仕手戦で大量の仮想通貨スノウを稼げば済む話ではある。だけどそれでも、ずっと付きまとう。蘇芳カナメに敗北し、取り逃がしたという事実が。だからこれは、払拭のための儀式だったはずだ。どんなに血みどろだろうが、みんなで気持ち良く笑ってゲームに復帰するための。
でも。
だけど。
「付き合ってくださいって言ったのはお前の方だろ、Mスコープ!! だったら自分から勝手に立ち去ろうとしてんじゃねえよ! 何だよ、結局私一人だけ舞い上がっていたって事なのか、そんな結論に落とし込むんじゃねえ!! 馬鹿野郎!!」
ことここにきて、Mスコープは本当の敗因を理解した。
凝り固まったような復讐心よりも。
のしかかる重荷を取り除こうとする行為よりも。
もっと重要な何かに、思い当たる節があったからだ。
そう。フレイ(ア)に協力を取り付けるための条件は、『この広い世界で意中の人を見つけ、告白しろ』ではなかったか。
これが利害関係で結びついたディーラー同士なら、ザウルスは足を引っ張る邪魔者など捨て置いて戦闘続行したはずだ。
ただし。
この関係だけは、ダメだ。
ザウルスは、『
「……みんなに恨まれますよ」
「いい」
「チタンも、ハザードも、他のみんなだって。もう一度顔を見たかったでしょう? 何の憂いもなく、繋がりたかったでしょう?」
「そんなの良い!! 誰に憎まれたって構わないッ! 私は、わらひは!! お前一人を守れるなら他は全部いらない!! だから生きろよっ、生きてよおMスコープ!!」
会話が苦手で、空気を読めない。
Mスコープは人の着る衣服を花の花弁に見立てて、全体の大きさや色彩からプロファイリングでもするように外堀を埋めていこうとする。そうやって、百発百中で引っかかるトラップを自由自在に仕掛けていく。大通りの中から正確に狙った一人だけを始末するような設置方法さえ可能とする。
だから、惹かれたのではなかったか。
そんなMスコープでさえはっきりと伝わるほどの、凄まじい激情を備えた少女、ザウルスに。それは常人にとっては腫物に近い、当の本人さえも振り回すほどの暴走因子かもしれないけど、Mスコープにはどこまでも眩しく映っていたのではなかったか。
「やっぱり……」
ならば。
ここだけは、責められない。
「惚れた女の子を泣かせるなんて、ぼくは最低だなあ」
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