【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《020》
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蘇芳カナメからすれば、結論は一つだった。
(……本命はあくまでも大ボスの撃破とスマートフォンの入手。それでツェリカとミドリに無謀な突入をやめさせる事)
ブレない。
獅子の嗅覚は倒すべき敵、向かうべき先を確実に捕捉する。
(どれだけ強大であっても、ザウルスとMスコープはイレギュラー要員に過ぎない。なら優先度は低く設定して後回しだ!!)
よって、躊躇なく行動に移った。
蘇芳カナメは車の陰から飛び出したが、ザウルスへの接近戦は挑まなかった。むしろ距離を取るように、背を向けて全力で逃げ出したのだ。
それに。
自分のプライドなんてどうでも良い。
貝塚クレアの事情を知って、命を懸けてでも助けたいと言い放った男がいる。
あいつと共同戦線を張っている以上は、絶対に見捨てられない。たかが敵前逃亡一つで人様の命や人生を拾えるのなら、安い買い物だ。
「やろっ!!」
慌てたようにコンクリートの柱から身を乗り出した一本三つ編みの女が釘打ち機を多数撃ち込んでくるが、一定以上距離さえ取っていれば滅多な事では直撃しないし、
「ッ!?」
肩に灼熱の痛みが走ったとしても、釘打ち機では即死状況は作りにくい。怖いのは釘バットの方だ。死なない程度の釘打ち機なら、無視して下りのスロープまで飛び込んでしまった方が良い。
そしてザウルスとMスコープさえいなければ、立体駐車場にいるディーラー達の腕はさほどでもない。
二メートルの鉄パイプで殴り飛ばし、四五口径拳銃弾より強烈なアイスピックの矢を叩き込んで道を切り開く。ザウルスにさえ追い着かれなければ良い。適当に喰えるだけ喰いながら、下へ下へと駆け下りていく。
そして二階まで辿り着いた。
火薬の匂いが鼻につく。おそらくロケット弾を利用したMスコープのトラップが炸裂したのだろう。レインコートの男、イージーオプションは倒れ伏し、最初に広場でカナメに声を掛けてくれたオーバーオールの大男、ラムジェットがL字のバールを投げつけようとしていた。
傍らに立っている猫背にリュックの少年は、Mスコープか。
一刻の猶予もない。
「しっ!!」
蘇芳カナメが釣り竿のように鉄パイプを振り下ろしてアイスピックの矢を解き放った時、Mスコープは警告の声を放たずにただ一歩退いた。結果、死角から襲いかかった矢をこめかみに浴びたラムジェットは悲鳴一つ上げずに即死する。
「おや、もっと苦しめなくて良かったんですか?」
Mスコープは眉一つ動かさなかった。
彼にとっては、カナメと戦う舞台を整えるための駒でしかなかったのだろう。
そのまま小型のサブマシンガンを抜き、片手でカナメの方へ突き付けてくる。
「悪いな」
カナメはいきなりボスを殺されてポカンとしていたディーラーの顎を鉄パイプで打って脱力させると、その襟首を掴んで自分の前へ引きずり出す。
パパンパパパン!! という乾いた銃声が連続した。
命中精度の甘いサブマシンガンと言ってもこの至近だ。『盾』がなければカナメは蜂の巣にされていただろう。
(Mスコープはトラップ戦術専門。有利な状況とはいえ、サブマシンガンで直接殺しにかかる事はないはず。銃撃は、俺をどこかに誘導するためのスイッチでしかない)
カナメは大量の鉛弾を浴びてびくびく痙攣する男の胸元から手榴弾を抜くと、口でピンを抜いて無造作に投げつける。ディーラーがフォールしても消失する前に奪った武器や金品はそのままキープ、だ。猫背にリュックの少年はいったん銃撃をやめてタイヤのない車の陰に退避。守るべきボスを失った盾集団がまとめて爆風と破片の雨に引き裂かれてフォールしていく。
灰色の粉塵が立ち込める中、蘇芳カナメは用済みの『盾』を放り捨て、己の鼻の頭でチリチリと弾ける痛みに全てを預けた。
前へ二歩。右へ三歩。前へ五歩。左へ二歩。
不自然な、ふらつくような動きが何を意味しているか正確に把握できるのは、おそらくトラップを仕掛けたMスコープ本人だけだろう。普通の人間には赤外線、電磁波、超音波などを五感で捉える事などできないはずなのに、蘇芳カナメは長い鉄パイプの中に次弾の矢を装填しながら、網の目を正確にかい潜る。
片手間、であった。
ここにきて、これまであったMスコープの余裕が崩れる。
ヤツの予測を超えた瞬間であった。
「『獅子の嗅覚』……化け物ですか、あなたは……!?」
「別に世界で唯一って訳じゃない、俺も含めて一二人もいるくらいの才能だってさ。ゾディアックチャイルドって言うらしいぞ」
そういう意味では、やはりミドリはケタ外れだ。ただ衣服を見ただけでパラメータもスキルも全てを暴き立てる、唯一無二にして究極の才能の持ち主となる。
何より恩人たるタカマサの妹。こんな所で失う訳にはいかない、絶対に。
そして何度も言った通り、Mスコープはトラップの名手。逆に言えば、罠が適切に機能しなければ目の前に敵がいても決定打に欠ける。手の中のサブマシンガンだけで有力ディーラーを殺せるとは限らない。
ここにきて、だ。
万全の体制を固めてきたはずなのに、蘇芳カナメは真正面から悠々と迫りくる。それを見た猫背の少年は口の端をわずかに歪めた。
「……へっ」
「何故笑う?」
「なぁに」
最後の瞬間、Mスコープはうっすらと笑っていた。
最も効率良く勝つためには、現場組織への介入も必要な行いだった。それでも、彼は土壇場で走馬灯のようにイージーオプションとラムジェットのやり取りでも思い出したのか。命中精度の甘いサブマシンガンをしっかりと構えながらも、確かにこう言ったのだ。
どこか、純粋な瞳で。
「ぼくも、どうせ全力を出すならそっち側に立ちたかったなって思っただけですよ」
パンパパン!! というサブマシンガンの銃声が炸裂した。
その音に紛れて、空気を引き裂くアイスピックの矢の音も。
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