【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《022》


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(……ふうん。ついてこなかったか。傷ついた仲間を引きずってでも表まで追いかけてくるようなら

 レインコートの男に肩を貸し、一階部分から立体駐車場の外まで抜け出した蘇芳カナメは背後を振り返ってそっと息を吐いた。

 キラキラという眩い光が視界の隅でちらついた。はるか遠方、レッドテリトリーの外からだ。手鏡による信号だった。どうやらツェリカ達はここまで辿り着いたものの、ギリギリで突入を控えていたらしい。

 立体駐車場に突入する直前にもあったものだ。

 そして彼女達が『遺産』を持ち出してきたのであれば、戦力はがらりと変わる。

 ……何しろこちらには『#火線.err』があるのだから。使い方次第では、レッドテリトリーの外からカナメの正面に立つ敵を正確に撃ち抜く事もできる。

 カナメはクラフト武器の鉄パイプを適当に放り捨てると、拾った戦利品に掴み直した。

 ラムジェットが持っていたスマートフォンだ。

「ツェリカ、攻撃中止。心配かけて悪かった」

『ふん。その割には随分余裕がおありのようじゃの、旦那様。また例の人助けかえ?』

 相棒がスコープ越しに覗いているのは、カナメが肩を貸しているレインコートの男だろう。少年はそっと息を吐いて、

「分かっているなら聞くなよな、見せびらかしたくない」

『分かった分かった。ひとまず四番車両誘導路を北上してこっちへ来い、レッドテリトリーを出ろ。それなら奥から手前に移動するだけじゃから、丸ごと「#火線.err」のカバーエリアじゃ。わらわがサポートしてやるから大手を振って歩くがよい』

「ミドリは?」

『わらわの隣で迫撃砲の「#落雷.err」を組み立てておるところじゃが、止めさせるかえ?』

 そこで、イージーオプションが呻いた。

 彼はぐったりとしたまま、

「……プルタブやペットボトルのキャップがいる。それもできるだけたくさん。結局何がどうなったんだ?」

 大ボスのラムジェットは撃破したが、悪徳チームはまだ残っている。残党達がゴミの形に偽装した独自通貨をかき集めて逃走した場合は、借金まみれの貝塚クレアを助ける事はできなくなってしまうが、

「放っておけば、ザウルスがケリをつけてくれるよ。敵側のゲストだ」

「?」

 そうするしかないのだ。

 カナメの予想が正しければ、ザウルスやMスコープは純粋な利害でラムジェットと繋がっていた。おそらくは、同じチームで分け前を分配しなくてはならない幹部連中を皆殺しにする事で。富を一本化した事で甘い汁をすすれるラムジェットはそれで良かったかもしれないが、周りの部下にとっては違う。ボスが頭を押さえる事がなくなってしまえば、ザウルスとMスコープはただの仲間の仇でしかない。

 そしてザウルスは手負いのMスコープを見捨てなかった。

 あの少年を助けるためには、釘打ち機と釘バットだけで立体駐車場の残党達を皆殺しにしなくてはならないのだ。

 パンパパン!! タタタン!! と。

 乾いた銃声がいくつも埋もれかけたビルの方から響いてきた。

 ザウルスが残党を始末するにしても、彼女も彼女で無傷ではいられまい。深手を負ったMスコープを連れてレッドテリトリーを出るのが最優先なら、プルタブやペットボトルのキャップの山には手を付けられない。つまり、騒ぎが収まるのを待って立体駐車場に忍び込めば、借金漬けの貝塚クレアを助け出す元手を確保できる。三人のボスが消えた後で宝石やヨットと交換するのは骨が折れるだろうが、すぐさま金のインフラがなくなる訳でもない。迅速に動いてスラムの外にいる人間相手に一芝居打てば、十分間に合う。

「ふう」

 ひとまずこれでレッドテリトリーの膿は取り除いた。適切な準備さえすれば、今後カナメは内外を自由に行き来する事ができるはず。ツェリカやミドリだけで歩き回るには危ない場所だが、カナメが『ショートスピア』を取り戻せば話は変わってくる。

 カナメの愛銃ではあるが、モノ自体は市販品に毛が生えた程度の代物だ。ツェリカにスペアパーツ一式を持ち寄らせて組み立てれば、全く同じものを作るのは難しくない。

 となると、いよいよだ。

 これで最初の問題に戻れる。

 ……タカマサはゾディアックチャイルドを捜すため、捜索の邪魔になる『中身のない、発言力だけの』ノイズディーラーへ手当たり次第にコンテナ状のレーザー兵器『#閃光.err』で辻斬りを繰り返し、その裏に隠れている本当の実力者を浮き彫りにしようとしている。光の速度で襲いかかり、普通なら避けられない一撃を知覚し回避できた人間こそが資格持ちであると考えて。ヘリやトラックで引きずっている『遺産』のユニットは、いったんこのレッドテリトリーのコンテナ置き場でコンテナ外装を取り替え、表面上のカラーなんてカナメのクーペと同じように丸ごと色を変えて、タカマサの潜伏する本拠地へ帰還していくはずだ。

 ここがブラックボックスになっている。

 コンテナ置き場でどこの何に『遺産』を乗せ換えているのかを確認した上で尾行を行えば、タカマサの潜伏先を特定できる。


 古き友を見つけ出し、そして決着をつけられる。

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