【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《019》
19
汚れたレインコートをたなびかせ、イージーオプションは大型のクロスボウを奥へ撃ち込んでいた。
こちらは立体駐車場の一階。蘇芳カナメが屋上から突入したのと合わせて、できるだけ下から敵を撃破しつつ上の階を目指す形になる。
かんかかんっ、という複数の金属がぶつかり合う音があった。
オーバーオールの大男。
もはや見慣れた広場の顔役は、悪辣な笑みを浮かべて腰のベルトからモンキーレンチやL字のバールを引き抜いていく。
「ラムジェット!!」
相手は遮蔽物に隠れていない。広い駐車場の真ん中に立つ大男へ容赦なくクロスボウを撃ち込むレインコートの男だが、左右に並ぶ車の陰から部下達が割り込んできた。透明な影を隙間なく並べ、強引に金属矢を弾いてしまう。
ざわついたのは、むしろラムジェットではなく周りの部下達だった。
盾を持つのとは別に、銃担当がいる。
「ラムジェットの言った通りになった」
「しめた! 次の矢を番えるのに時間がかかr
たんっ!! という小気味の良い音と共に拳銃を向けようとする男の一人が黙った。驚く別の部下もまた、瞬時に急所を撃ち抜かれてフォールする。
「なるほど。わざと弦を緩めて引きやすくしたのか。単発の威力を犠牲にしてでも連射性を上げるために。ま、狭い屋内戦なら飛距離はいらねえしな」
暴徒鎮圧用の盾に守られたまま、ラムジェットが笑みを歪める。
「だがこの距離なら、こっちも届くぜ?」
「チッ!!」
ヤツにとって、鈍器は近接武器ではない。思い切り振りかぶり、ラムジェットは手にしたモンキーレンチを投げつけてきたのだ。二メートルの大男が実行すれば十分以上の脅威となる。当たりさえすれば、防弾ヘルメット越しでも頭蓋骨を砕ける必殺の武器だ。つまり威力だけなら四五口径の拳銃よりも凶悪。
舌打ちし、慌ててコンクリートの柱の裏へ身を隠そうとするイージーオプション。
しかしそこで、派手な爆風がレインコートの男を叩いた。
「がああ!?」
「……トラップ。花の蜜と同じですよ。植物は自分から動くのではなく、必要としてくれる虫をおびき寄せて花粉を運ばせたり、天敵をおびき寄せる事で邪魔な害虫を追い払う」
幽霊のように、もう一人。
猫背にリュックの少年が、ラムジェット傍の車の陰から顔を出した。
「読まれていた、ってのか……?」
倒れたまま奥歯を噛んで苦痛をよそへ追いやろうとするイージーオプションに、少年は無機質なほど無関心だった。
「ああ、苦手なんですよ。会話の流れとか空気とかって。だから服装からの推測ですけどね。ぼく、こう見えてアパレル系にはちょっと自信があるものでして。人の着ている衣服を花の花弁とみなすと、大体の方向性みたいなものが分かるというか……いや、すみません、こういう自慢って良くないですよね。だから空気が読めないとか言われるんですよ、ぼく……」
ラムジェットが一撃を放てば、敵対者がどこへ身を隠すかは全て読まれていた。イージーオプションは攻撃を避けるつもりで、わざわざ自分から罠に飛び込んだのだ。
オーバーオールの大男はくつくつと笑って、
「恩を仇で返すからこうなるんだぜ、フォールしてのたくっていたテメェを誰が拾ってやったと思ってやがるんだ。あ?」
「俺を助けてくれたのは、あんたじゃない……」
うつ伏せに倒れた状態から動けない。クロスボウも離れた場所に転がっている。
それでもイージーオプションは歯を食いしばって己の敵を睨みつける。
「あんたは、ただ俺達から騙して奪っていっただけだろうが。何が誰にもバレないATMだ。俺達が知らずに大金を運ばされていて、場合によっては殺しても強奪しようって連中が現れる危険性さえ説明しないで!!」
「騙して奪った? ふざけんな、俺はテメェを匿ってやっていたんだよ。丸々一年以上もな」
鼻で笑うような声があった。
絶対的優位とは、ここまで人の心を歪めてしまうのか。
「なあジョウジ? クラウドファンディングで痛い目を見たんだろ。何が貧困層でも手軽に使える農地開拓キットだ、結局あんたの素人発明はトウモロコシ市場を牛耳る穀物企業の手で先回り先回りで必要な特許を全部抑えられちまって使い物にならなくなっちまった。だよな?」
「……、」
表向き、プロジェクトが頓挫すれば善意の支援者から少しずつ出してもらった開発費は返還する決まりになっている。
だけどすでに開発のために金を使ってしまった場合は、当然ながら返すものがない。
「家族に全部説明したのか? 平和のための発明はダメになって、俺は殺気立った出資者達に毎日追い回されて肩を小さくしていますって! ぎゃはは、言える訳がねえよなあ!? 自慢のパパでいたかったんだろ、いつまでも! なあおいって、そんなテメェを何も言わずにマネー(ゲーム)マスターの隠れ家へ招待してやったのはこの俺だっての忘れてねえだろうなあ!! このゲームを使って、せめて自分の夢に共感してくれた人達にきっちり金を返すんじゃなかったのかよ!? あァ!?」
ぎりりと奥歯をすり減らすように噛み締めて、しかしレインコートの男の怒りの矛先はそこではなかった。
不甲斐なかったのだ、自分自身が。
(ああそうだ。俺はきっと慣れていた……)
人を救いたいという想いが集まったはずだった。お金という形を取ってはいたけど、ネット越しに多くの人が優しい力を分けてくれたはずだった。それが約束を守れず憎悪に置き換わってしまったのは、全部自分の責任だ。
そして、だからこそ許せなかったのだ、全部自分で背負うべきだったのに、こんな愚かでどうしようもない自分に無条件で手を差し伸べた馬鹿な女が、知らない所で散々苦しめられ続けてきた事実が。
(リアル世界で季節を一周もすればどんなひどい環境にも慣れる。AI落ちで半分ひきこもりに近い状況ならゲーム世界に縛られていたって誰も疑問に思わない。すっかり慣れ切って、手先になっていた訳だ。まるで闇金で膨らみ切った借金を盾にされ、架空請求業者の使いっ走りになって一日中電話やメールを送り続ける迷惑野郎みたいに! 口では奇麗な事を言いながら、実際にはクレアが不幸になるのは仕方がないって自分で認めてた!!)
ボロボロの笑顔で自分の頭を撃つなんて、そんな事が許されてたまるか。
何度もやり直せるからって、これ以上、一度だって繰り返させてたまるか。
だから。
それだから、こんなになっても、イージーオプションは吐き捨てる。
「……あのどこまでも間抜けな女が、右も左も分からない内に勝手に俺を助けやがった。人様の借金を、頼んでもいないのに全部背負って。そいつが許せないからここまでやってきたっていうのが分からねえのか! ラムジェット!!」
「どっちでも良いがな」
オーバーオールの大男は手の中でL字のバールをくるくると回していた。言ってみれば、あれは投げ斧だ。狙いをつけ、正確に回転数を測って解き放てば、レインコートの男の頭を確実に砕くだろう。防弾のヘルメット越しからでも殺害可能である事を考えると、単純破壊力は拳銃を超えてしまう。
「お前が何を吼えようが、誰にも響かなけりゃそこでおしまいだ。正義なんてそんなもんだ、ここは悪魔達で溢れ返ったマネー(ゲーム)マスターだぜ、公平な天使なんかどこにもいねえ! 下拵えが足りなかったな、あの時と同じだよ間抜け。虫けらみたいに死ねよ、ああ、ああ、あの馬鹿げた女はわざわざテメェの借金を背負ったってのにこれでまた無駄骨になったなあ!?」
「ッ!!」
「ここへ来たのは金のためじゃない? 馬鹿な女を助けるためだった??? そういう無謀な夢がまた人様に借金を背負わせるんだよ!! 今度は死ぬだけじゃあねえ、あの女がくたばる前に稼げるだけ稼ぐ方法でも教え込んでやろうか。娼婦島にでも出張させてなあ!! ゲタゲタゲタゲタ!!」
「らむっ、ジェットォおおおおお!!!!!!」
束の間、肉体の限界を超えた。
倒れたまま動けなかったはずのイージーオプションが、歯を食いしばりながらも再びクロスボウを掴んだのだ。
しかし。
ある程度緩めているとはいえ、流石に弦を引くほどの力は残っていない。番えようとした金属製の矢が、手の中からこぼれ落ちていく。
このゲームは、全てが厳密な数字と計算の基に成り立っている。
天使なんかいない。奇跡なんか起こらない。
(家族に……)
ぐらりとよろめきながら、しかしレインコートの男は強く願う。
強く、本当に強く。
(家族に、顔向けできる男になる。そのためには、他の誰かを踏み台なんかにしちゃならねえんだ。逃げ切っちゃあ引きずるだけなんだ!! 迷惑かけた人に、借金を全部返す。だったらその一人目には、あの馬鹿な女がいなくちゃならねえのにっ!!)
「またくたばってしこたま迷惑かけてこいや! 負け犬!! そうして罪悪感と敗北感にまみれて、ゴミの山を運ぶだけの運搬係に成り果てろ!!」
顔中汗でいっぱいにしたラムジェットが、L字のバールを振り上げる。
投げつけられる前から分かる。投擲の射線上にイージーオプションの頭があり、今のままでは確実に頭蓋骨を砕かれると。
と。
何かに気づいたMスコープがひょいと後ろへ身を退いた。
直後だった。
すとんっ!! と。
横合いから、大男のこめかみをぶち抜くようにアイスピックの矢が飛来したのだ。
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