【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《018》


   18


「情けねえ野郎だ」

 立体駐車場の屋上では、Lukショットがぼそりと呟いていた。彼の仕事は他のスナイパー同様、この秘密基地に接近する不審な影を遠方から確認し、必要なら遠距離から一方的に銃撃して排除する事だった。

「何が新しいリーダーだよ、ラムジェットの野郎。ゲスト扱いとはいえ、同業の仇討ちもしねえで殺し屋どもと握手するとはな」

「正面から言う度胸はないくせに」

 くすりと笑っているのは、傍らで双眼鏡に似た機材を掴んでいるスポッターの女性だ。

 待っている間もぶつくさ呟いているのはスナイパーらしくないが、王者として君臨する側なら問題ないと考えているのだろう。仕事がないならないに越した事はない、相手がビビって反抗の気概を失った方が望ましい。狙撃手としては相当チグハグな位置にいる。

「っ。誰か近づいてくる。レインコートにクロスボウ、仕事の切り上げか? ローテーションを確認、あれはログアウト予定にあるディーラーか」

 立体駐車場には貧民から奪ったマシンを並べてある。発電機代わりにする事で電気を搾取し、持ち主の心を疲弊させてスラムにいる事に疑問を持たせなくさせるための枷だ。なので秘密基地は一般の住民も必ず行き来するのだが、『予定』になければ不審者は不審者だ。決められた時間帯でのログアウトならともかく、理由もなく近づくのであれば容赦なく発砲して構わない事になっていた。

 まず一言。

 スコープを覗きながら、Lukショットはニヤニヤ笑いで呟く。

 この赤錆びた街で、高精度の狙撃銃を独占しているというのはそれだけで特権階級を意味している。まして照準線に重なった馬鹿野郎は徒歩。自転車やスティックボードすらない。赤錆びた街でエンジン付きの車を乗り回せないのは、力なき貧民の証拠である。

「……間抜けな野郎だ。とっとと仕事を済ませてビールでも飲もうぜ、エレイス」

 返事がなかった。

 怪訝に思ってスコープから目を離すと、スポッターの少女のこめかみを金属矢がぶち抜いていた。アイスピックに下敷きを切り抜いて作ったプラスチックの尾翼を取りつけたお手製だ。

「あ」

 振り返る予定もなかった。


 Lukショットの真後ろに、誰かが立っていた。

 鈍い打撃音と共に、狙撃手の頭蓋骨が砕け散った。


(……さて、これで三組六人全員撃破、と)

 くるんと二メートルの鉄パイプを軽く回し、蘇芳カナメは冷静に状況を観察していた。

 一体どうやって、彼はいきなり屋上を攻める道筋を確保したのか。

 答えを言ってしまえばシンプルだった。使、それだけだ。わずかな突起を掴んで壁面を攻略していくボルダリングの要領で、命綱もなく、高さ二〇メートルの壁を三〇秒以内で。

 使える銃の存在は魅力的だが、これから行うのはぎゅうぎゅう詰めになった立体駐車場での屋内戦だ。反動の大きなボルトアクションの狙撃銃だと相性が悪いので、壊して使用不可にしておく。

 手鏡と太陽光を使って地上に合図を送ると、カナメは細長い鉄パイプに次弾を装填しながら広い屋上を横断していく。鉄パイプの底は粘着テープで塞いである。先端部分から逆さにアイスピックの矢を差し込みながら、彼は屋内に繋がる鉄扉を開けて排ガス臭い中へ踏み込む。

「ッ!?」

 出会い頭に目の前のディーラーのこめかみを鉄パイプの尻で横に殴り飛ばすと、少し離れた場所で面食らったもう一人が腰のホルスターに手を伸ばした。そうしている間もカナメはそのままの勢いでぐるりと回り、釣り竿のような動きで上から下へ一直線に振り下ろす。

『火薬を使わない投擲となると結局は弾性力か遠心力だよ、カナメ』

 タカマサの言葉を思い出しながらも、その動きは正確だ。

『遠心力を使った投擲機と言えばU字に曲げたベルトで小石を挟んでぐるぐる回す方式が有名だけど、それだけじゃない。肩を使って野球のボールを投げるのだって遠心力が働いているんだ。もっと長い腕があれば、もっと大きな遠心力を組み込める。……例えば、長い棒やパイプでもね』

 振り下ろす動きに導かれ、鉄パイプの底から先端に向けて自作の矢が滑っていく。

 最終的な速度は秒速八三メートル。

 アイスピックの重量は二〇〇グラム程度だが、これは対物ライフルの四倍に匹敵する。

 つまり。


 単純威力だけなら、このクラフト武器は四五口径拳銃弾を超えてしまう。


 すとんっ!! という小気味の良い音と共に、真っ直ぐ解き放たれた尾翼付きのアイスピックが男の眉間をぶち抜いていく。真下に崩れ落ちていく敗北者には目もくれず、コンクリートの柱の陰に隠れて次の矢を装填する。

 下ではクロスボウ男に騒いでもらっている。

 そもそも黒幕どもは上から襲撃者が来る可能性すら頭になかったのだろう。

「しっ!!」

 スロープを上がり、安全圏まで逃げ切ったと安堵したディーラー達へ蘇芳カナメが襲いかかる。距離が近ければ鉄パイプで直接殴りかかり、離れていれば拳銃弾より高威力の投擲矢を使って正確に射貫いていく。

 新たな騒ぎと共に混乱が広がっていく。

 下からはイージーオプション、上からは蘇芳カナメ。ありえない挟み撃ちで立体駐車場を守る黒幕どもを心理的に追い詰める事で、本来のスペック以上の大戦果を挙げる。これがカナメ達の立てた計画の骨子だった。

(このビルは六階建て。スマホを持ってる大ボスはどこだ、何階に潜んでいる!?)

 仲間達が立て続けにフォールしていくのを見て敵わないと感じたのだろう。慌てて階下に逃げ帰ろうとした男のディーラーをアイスピックの矢でぶち抜き、カナメも下の階に向かう。

 と、

「よお蘇芳カナメ! やっぱ銃取り上げてスラムに放り出した程度じゃくたばらねえか!!」

「ザウルスっ!?」

 慌てて居並ぶ車の陰に飛び込むと、ぶぶずぶず!! という圧縮空気が弾ける音と共にドアガラスが粉々に砕け散る。釘打ち機だ。形だけは立体駐車場だが、すでに機能はしていない廃屋とみなされているのだろう。バリアのようなものでは守られない。

 タイヤを全部外され、エンジンだけが回っている発電機。その細かいガラスの破片を頭から被りながら、カナメは二メートルの鉄パイプを横に寝かして身を隠す。

 トランクの中からどんどんと叩く音があった。

 おそらくは監禁されているマギステルス。向こうもいきなり盾にされて脅えているのかもしれないが、これだとカナメの位置もザウルスにすぐバレてしまう。鉄パイプの底で殴って簡素な鍵を破壊し、トランクを真上に跳ね上げて解放を促しつつも、カナメは別の車の陰へと場所を移す。

(一五メートル先の柱の陰。釘打ち機はほぼ当たらないだろうけど、こっちも一発撃ち込んで外した場合は次を装填している余裕はなさそうだ。もたついている間に釘バットでやられる!)

 ざっと見た限り、タカマサの車や契約マギステルスはなさそうだ。ここは自分の居場所じゃないと判断し、さっさと脱出してしまったのだろう。ハナからマギステルスや仮想通貨取引を信用しておらずに遠ざけていたため、このスラム街でラムジェット達に没収される事もなかったのだ。

 ザウルスがここにいるという事は、極めて高確率でトラップ使いのMスコープも同じビルにいる。取り得る選択肢を頭の中でずらりと並べ、カナメは小さく舌打ちした。二人はカナメと戦うため『だけ』で、レッドテリトリーを牛耳る悪徳チームの幹部連中を皆殺しにする事で富を一元化し、その恩恵でもって大ボスに取り入ったのだろう。

 もはや善悪などない。

 どちらの陣営につく、などという考えもない。

 ただ蘇芳カナメに対する復讐を実行し、奪った財産で借金漬けとなった『銀貨の狼Agウルブズ』の仲間達を拾い上げられるなら何でも良い。本気でそう思っている。

 この二人が関わった事で、難易度が跳ね上がった。

 挟撃の混乱が消えるとレインコートの男、イージーオプションの負担も増える。冷静な撃ち合いとなれば装備や物量に押し負かされてしまうだろう。早くこの物陰を出て引っ掻き回さないと、彼が死ぬ。スラムの赤錆びにまみれながらも、貝塚クレアを助けたいと言って立ち上がってくれた男が。

 しかし決してザウルスとMスコープは生半可なディーラーではない。それどころかこの二人を先に撃破してしまえば、蘇芳カナメ側の目的はほぼ達成される。レッドテリトリーの悪意はこの立体駐車場に集約されるのだから、まず突出したディーラー二人組を倒し、それからじっくりとスラムのハイエナどもを排除すれば良い。ここの大ボスからスマートフォンを奪わなくても、直接の脅威を取り除けば良いのだ。ツェリカやミドリがレッドテリトリーに到達したところで『不慮の事故』で死ぬ可能性はほとんどなくなるだろう。

「……、」

 カナメは冷静に優先順位を考える。

 決断の時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る