【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《017》


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「俺が蘇芳カナメっていうのは……クレアのヤツが勝手に言いふらしていたか。あんたの方は?」

「イージーオプション」

「……安易な選択?」

 壊れた冷蔵庫やエアコン室外機。ガラクタだらけの炎天下でカナメは眉をひそめていた。

 金融の世界では、誰もが当然選ぶ無難な選択肢だが、それ故に儲けの出ない先細りの行き止まりという意味でもある。カナメが怪訝な調子で聞き返すと、レインコートの男は自嘲気味に笑った。

「自戒を込めて、そうならないようにとディーラー名を設定した。結局フォールして散々毟り取られてレッドテリトリーを這い回っているんだから世話はないが」

 とにかく武器が必要だが、レッドテリトリーでまともな銃器が手に入るとは思わない方が良いだろう。となればカナメ自身の手でクラフトしてしまった方が早い。

 レインコートの男は怪訝そうな顔で、

「射撃という話だっただろう。そんなもので良いのか……?」

「長さと太さが合っていればな」

 言いながらカナメがガラクタの山から引っこ抜いたのは、長さ二メートルくらいの鉄パイプだった。内径は親指ほど。両方とも抜けていると目的に沿わないので、底の方を耐水性の粘着テープで巻いて蓋をしておく。

「あんたはクロスボウを使うんだろ。矢を一本貸してくれ」

「一本だけでどうする」

「クラフトの参考用だよ。特に重心のバランスと、尾翼の比率のな」

「クラフトか」

 レインコートの男は半ば呆れたような調子で、

「あのバンダナ男みたいな事を言うんだな」

「……、」

 実際、弓矢程度なら竹と笹の葉、それに凧糸があれば子供でも作れる。カナメはその後もガラクタを拾い集めていくつか簡単な工作を行いながら、目的地を目指す。

 拾い物が前提だと、両手が塞がるスティックボードより徒歩の方が都合は良かった。

「クレア自身はどうして借金を? 人の借金を背負うのとは別に、自分のきっかけがあったはずだ」

「理由なんかないだろうさ」

 イージーオプションは忌々しげに、

「……マネー(ゲーム)マスターを始める前から、最初の最初から連帯保証人だったらしい。リアル世界でな。お人好しの両親が他人の借金を押し付けられて、そいつが娘の方にも回ってきて、ゲームの中でまで借金漬けだ。クレアにとって、借金は自分で作るものじゃない。ある日突然、隕石みたいに落ちてくるものなんだと」

「……、」

「だからあの子は借金そのものを回避しようとしない。当たり前にそこにあるものだから、避けようと考えない。頭に一発もらうのは仕方ないとして、どう受けるのが一番かって事しか考えないんだ」

 だけどそんなのだって言い訳だ。

 少女本人だって、分かっていないはずがない。

 賽の河原で苦しめられる子供と同じ。何度も何度も石を積み上げようとして、そのたびに横から突き崩されて、また積み直しを余儀なくされて、崩されて……。何の落ち度もないのにそんな生活を強いられ続けた結果、どこかで限界がきた。

 生活なんか崩れた方が幸せだったと、考えを改めたかったのだろう。

 唇を噛み、震える体を押さえ付けて。

 ボロボロに壊れた笑顔で、これが最善だったと言いたくて。

 他人の借金を次々と背負い続けては意図的に殺される事で、そんな馬鹿げた事を繰り返してでも人の役に立って、そんな目に遭っても居場所を手に入れたかった。

 あなたのおかげで助かったと。

 誰かに、それだけ言ってほしかった。

「ふざけやがって……」

 カナメは思わず呟いていた。

 そのすぐ隣では大金を別の形に置き換えて、貧乏なふりだけして、私腹を肥やしているクソ野郎どもがいた。エアコンの効いた部屋でキンキンに冷えたドリンク片手にスマホでもいじくりながらだ。プルタブにペットボトルのキャップ。仮想通貨スノウに囚われない、貝殻のお金のような独自通貨を利用した、自由自在の送金サービス。皆に正直に話して富を分配していれば、貝塚クレアが何度も借金を背負って殺される必要もなかったはずなのに。

 イージーオプションに案内される格好なので、目的の立体駐車場まで迷う事はなかった。元々は空港設備の一つだったのだろう。それなりに背の高い建物が、半ばまでゴミの山で埋もれつつある。

 プルタブにペットボトルのキャップ。

 それらを詰め込めるだけ詰め込んだゴミ袋が、無造作に。

「俺は知り合いを止めるためにスマートフォンが欲しい。お前はクレアにチャンスを与えるためにゴミの山を手に入れる。それで良いか?」

「ああ」

「……敵を撃つって事は、あんたが大嫌いな借金地獄に人様を追い込むって話でもある。本人はもちろんその家族まで。本当に、覚悟はできているか?」

「だったらもっと幸せにするよ」

 ぼそりと。

 レインコートの男は低い声で呟いた。歌うようだが、それは即答だ。

「もしも黒幕の家族に罪がないって言うなら、きちんと面倒見て、お金が足りないならこの手で工面して、俺が人を撃つ前より幸せな生活にしてみせる。絶対に。……だからもう良いだろう。潔く死んでくれ、クソ野郎」

 迷いがないならそれで良い。背中を預けられる事さえ分かれば。

 蘇芳カナメは二メートルの鉄パイプを軽く回して、そして宣告した。

「始めるぞ」

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