【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《015》


   15


「自分達には何もできない?」

 半ば呆れたような声だった。

 壊れた冷蔵庫にオーブン、ガラクタだらけの道端で蘇芳カナメは倒れたレインコートの男に向けてこう言ったのだ。

「本当にそう思っているのか。というより、ひょっとして、自分達が一体何に関わってきたのかも分かっていないのか?」

「何を……」

「あんた達はある意味で、高級スーツを纏って半島金融街を練り歩くディーラーどもよりも巨額を動かしていたかもしれなかったのに」

「何を言ってやがるんだ!? ここはプルタブやペットボトルのキャップ一つで争って殺し合うレッドテリトリーだぞ!!」

「だから」

 はあ、とカナメは息を吐いた。

 そして核心を突く。

?」

「は……?」

「単純にアルミ資材と考えた場合、プルタブ一つを換金しても一円玉にもならない。そもそも闇市のボロ屋に使われていた航空貨物コンテナだってアルミ製だ。この冷蔵庫だってアルミのフレームくらい使ってる。本当にアルミニウムそのものにそこまでの価値があったら、まずこっちを分解した方が手っ取り早く大量に稼げるだろ」

 これは住人の服装にだって当てはまる。例えば貝塚クレアのスカートだって金属部品が全くないなんて話はないだろう。ホック、金具、ファスナー。金属はいくらでもある。

 つまり、だ。

 根本的な思い違いがある。

「だから普通に考えればこんなもののために殺し合いにまではならないってくらい、誰でも分かる事だろうが」

「ちょっと、待て。話が飛んでいるのか? お前は一体何を……!!」

「飛んでいないし、俺は順番に話している」

 ゆっくりと。

 小さな子供に言って聞かせるように、カナメは続けた。

「リアル世界でのお金の話をしよう。あんたは、一万円札を同じ大きさの紙とそのまま交換するほど愚かなのか? 同じ紙だから、という理由だけで」

「……、」

 言われた事の意味を、理解できてきたのか。

 じわじわとレインコートの男の顔色が変わっていく。

「待て、待った。まさかそれじゃ……!!」

「太平洋で使われているクジラの歯や貝殻のお金と同じだったんだ」

 それが答え。

 蘇芳カナメは真実を貫いていく。

「あんた達が拾い集めて誰かさんに手渡ししていた大量のプルタブやペットボトルのキャップは、それ自体が独自通貨として機能している。プルタブ一つで金属クリップ以下なら殺し合いはしない。だけどプルタブ一つでマンションやモーターボートが買えると設定されているとしたら? 輸送中に襲って奪おうとする者が現れたって不思議じゃないだろ」

「……、」

「幸か不幸か、この街の顔役は何人かいるらしい。フラック00がくたばったくらいでは、街中がパニックになる事もなかったしな。取り分の平等な分配とやらに不満があれば、裏から手を回して運び屋を襲うくらい普通にありえる。上辺の仲間同士でもな」

 もちろんここはマネー(ゲーム)マスターだ。拾った自然の品をそのままお金にしても問題が生じない素朴な世界とは違うので、細かい傷や血痕などで偽造対策だってしているだろう。鑑識などが使っている、特殊な波長の光を当てないと浮かび上がらないようなサインならベストだ。

「あんた達はゴミ拾いの仕事をしていると言っているが、奇妙には思わなかったか。赤錆びの街、レッドテリトリー。ここじゃ消費は少ないはずだから、ポイ捨ての頻度だって減っていくはずなんだ。なのにあんた達は、常に一定数のゴミをきちんと集めている」

 つまり、この街には二種類の人間がいる。

 わざとゴミを捨てている人間と、それを拾い集めている人間だ。

「ATMみたいなものだな」

 カナメははっきりと言った。

「取引をしたい人は特別な手順を踏んで、所定の場所に『一定額』のプルタブやキャップを置いておく。あんた達はそうとは気づかずゴミ拾いとしてそれらを集め、集積所にまとめていく。これで『送金』完了さ。誰から誰に送ったかは、ここに全部記載されている」

 レッドテリトリーには三人のボス、三つの集積所ぎんこうがある。決められた数のキャップおかねを彼らの間を回すだけでも手数料を稼げる訳だ。

「キャップのラベル。それから、製造年月日や工場を示す印字……?」

「普通、こんなトコに貼らないんだ。リアル世界に戻ったらコンビニの棚でも見てみな、ラベルはボトルの側面、印字はキャップから切り離される小さなリング状のパーツに刻むものだよ。飲み口を避けるのは衛生面の都合か、リサイクルの手間なのかまでは知らないけどな。だけどここでは、わざわざプルタブやキャップに数字を刻んである。もちろんこれは、必要なものだからさ。別に用意された手帳とでも照らし合わせれば、誰から誰への送金かが分かるようにしてある」

 黄金やダイヤに価値があるのは、数が少ないから『だけ』だと考える人がいる。

 とんでもない。

 実際に価値や金額を決めているのは人間の頭だ。例えば電子マネーだって、〇と一の信号自体はどこにだってある。素材が多いか少ないかは、絶対の基準とはならない。

 つまり。

 そういう共通認識さえ醸成して、偽造の対策を施して信頼性をキープできれば、プルタブやペットボトルのキャップでも『財産』としての価値を生み出す事は十分可能なのだ。

「仮想通貨スノウとは全く別枠の、AI連中が監視のできない財産」

 マギステルスの『総意』と戦い、リアル世界への進出を阻むカナメから見ても興味深いプロセスではあるが、それだけだ。このやり方は、面白いとは言えない。

『復活の地』なんてちゃんちゃらおかしい。ここにあるのは血を搾って利益を貪る地獄だけだ。

「半島金融街の連中も興味を持てば、莫大なスノウを『両替』しておくかもな。フォールして借金漬けになれば無限に貪られるが、それは他のディーラーから見て金銀財宝と明らかに分かるものに限る。ドロドロに汚れたプルタブやペットボトルのキャップが袋いっぱいに詰め込まれていたって、わざわざ触ろうとはしないだろ? つまり、いざという時の保険になる。撃ち殺されてフォールされても、奪われずに済むコンティニュー用の財産、という意味で」

 ゴミの山なら、破算しても差し押さえはされない。

 どこから見てもゴミの山でしかないのなら、AIのシステム側からも捕捉されない。

 

 租税回避やタックスヘイブンという言葉に少しでも興味のある人なら、これがどれだけの価値を持つかが想像できるだろう。マネー(ゲーム)マスターの中に税金は存在しないが、ライバルディーラー間で絶えず進められている情報戦を制する意味でも、財産なんか隠しておいた方が有利に決まっている。

 言ってみればパチンコの景品交換と似たような仕組みか。ペットボトルのキャップを管理する側は、それが宝石やヨットなどの物品と適正に交換できるところまで請け負う。それを現金化するかどうかは、レッドテリトリーの外にある連中の仕事だ。中古店の人間は知らずに手伝わされている格好になる。

 スラム街の住人だけでできる仕事とも思えない。特に、レッドテリトリーの外で裏切りや踏み倒しをしたディーラーを粛清する仕組みは絶対に必要だ。AIやライバル達から財産を隠しておきたいセレブ達が、警備会社などの人員でも貸しているのだろう。

「じゃあ……」

 唖然としたまま。

 レインコートの男は呟いていた。

「じゃあ、レッドテリトリーには、金があったのか? 本当に、本来だったら、みんなで分配していれば誰も困らなかった。クレアのヤツだって、人の借金を背負って笑う必要なんかなかった……!!」

「貝塚クレアは空港跡地に掛けられた特殊な保険パックを利用して他人の借金を帳消しにしている」

 切り捨てるようにカナメは言った。

「けど莫大な保険をキープするには、だってあるだろ。それは誰が出していた? とりあえずクレア本人には無理だ。さらに言えば、こんなスラムでクレアのボランティアに付き合う人間なんかいない。それこそ『復活の地』ってブランドを保つ事で使い捨ての運び屋をいくらでもかき集められる黒幕以外に、そんな事して得するディーラーがいるとも思えないけどな」

「……、」

「車を取られて電気を作る事で親玉に貢献している? そんなもの、本当の目的、電子を使わないATMの存在を察知させずに現金輸送で働かせるためのブラフだ。ペットボトルのキャップ一つが札束に匹敵する独自通貨として機能しているなら、高級な発電機くらいいくらでも買い揃えられただろうしな。人は、自分がある程度苦しければ、もっと底に秘密が隠れているなんて思わなくなる生き物だ。だから適当な理由をつけてあんた達を苦しめていたんだよ。これ以上底はないと思考を麻痺させるために」

 誰だって、いつでもここから出られた。

 本来、ゴミを使ったATMサービスに車を没収する必要はなかった。

 それでもヤツらはやった。

 ブラフで、誤魔化しで、必要のない苦しみを与えて本命を覆い隠す。それだけの理由で多くの人を赤錆びの街へ縛り付けた。

「プルタブ一つで人死にが起きても妥当とされる金額だ。つまり、現金輸送車レベル。後は自分の胸に聞け。今までどれだけのゴミの山を『支配者』に献上してきたんだ? 命懸けでATMサービスを支えてきて、なけなしのお駄賃だけ渡されて」

「……、」

「いい加減に代価を返してもらっても罰は当たらないだろ」

 しばらく、レインコートの男は黙っていた。

 黙って、歯を食いしばって、それから自分の炎を思い切り殴りつけた。

「今なら助けられる……」

 レインコートの男はゆっくりと起き上がる。

 全ては虚構と欺瞞の産物だった。

 だけど何も残らない訳ではない。ヴェールをめくり上げた先に、希望が見える事もある。

「プルタブ? キャップ? 別に、『外』の連中は困らないんだろう、誰が現金化にやってきたって。それなら、この街の底に溜まっている薄汚れた金は全部すくってクレアに返す! いい加減に、あいつの人生はあいつが自分のために使ったって良いはずだッ!!」

「そうか」

 言うのは簡単だが、実現の目途は立っていない。

 目的ができたところで、具体的な手段が追い着かない事はままある。

 正義『だけ』ではダメなのだ。冷たいゲームに奇跡という補正効果はない。自前のテクニックと装備が全てだ。覚醒しようが何だろうが、このディーラーは高確率でフォールする。

 蘇芳カナメはそっと息を吐いて、

「何をしようが構わないが、こっちはいきなり襲われた身だ。しかも俺が助言しなければ、あんたはこの解決策を思いつく事もできなかった。だからあんたが勝手にくたばる前に、金が全てのこのゲームらしい事をしておきたい。平たく言えば、お代くらいは払っていけ」

「……こんな身なりの男に、一体何を求めると?」

 問いかけがあったので、少年は親指で自分の胸の真ん中を指差した。

 要求する。


「俺にも手伝わせろ」


 レッドテリトリーは最低尽くめだった。

 だけどそういった中で、たった一人でもこの状況に憤ってくれるのなら。

 寂しそうに笑う貝塚クレアに、そんなのは違うと言ってくれる人がいるのであれば。

 どれだけ拙くても。

 実力は全然追い着かなくても。

 蘇芳カナメは、この男を死なせる訳にはいかない。

 絶対に。

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