【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《014》
14
「これ美味いな。むぐむぐ」
「ザウルス、横から食べないでくださいよ。あなたの分もありますから」
自転車を降りたMスコープが呆れたように言っていた。彼の手元からかじられたのはスティック状の非常食だ。チョコレート系ではなくクッキー系なのは、この暑さでもドロドロに溶けないものを選んだからである。
レッドテリトリーは敵地。何が入っているか分からないものを口にするつもりはない。何かしらのアニメのキャラクターが描かれたビニール包装だからか、顔の部分を避けるように剥いたパッケージを掴んでザウルスも栄養補給を行う。
と、三歩後ろの死角から雪女型のマギステルスがぼそっと言った。
「……ふふふ間接キスですねふふふ……」
「ッ!?」
ボッ!! とザウルスの顔がくまなく真っ赤になる。
何故だかMスコープは甘酸っぱい感じというより軽めに命の危機を覚えていた。
「かえせっ!! それちょっとこっちに渡せお前かじるな馬鹿野郎!!!!!!」
「締まる締まる締ま締まぐええ……」
そんな彼らが最後にやってきたのは、やはり空港設備の一つだったのだろう。ロータリー跡地に隣接している立体駐車場だった。
「げほっ、えほ。あ、あれじゃないですか?」
「だな」
スラム街にしては珍しい防弾装備の大男二人が見張りについていたが、こちらについては雪女のロケット砲でまとめて爆殺。地べたに自転車を放り捨てて中へ踏み込んでみれば……ここだけ用途通りの使われ方をしていた。路上生活者のアパートになっていたり、フリーマーケットの会場に化けていたりはしない。
ただ、ずらりと車が停められている。
ただし、その全てが四本のタイヤを全て外され、ジャッキ代わりにコンクリートブロックを噛ませてあった。これではどうやったって走らせる事はできないだろう。
排ガスの臭いだけが充満していた。
タイヤがないのにエンジンだけ回っている。車の存在意義を丸ごと疑う、何とも奇妙な状況だ。
「……奴隷の仕事場、か」
うんざりしたようにザウルスは呟いた。
復活の地、レッドテリトリー。とんでもない話だった。ここへ流れ着いた者はログアウト作業に必要なマシンをこうして奪われ、脱出の手段を失ってしまう。たとえ常夏市のどこへ向かおうが、ログアウトする時は必ずここに戻らなくてはならないのだから、いつまで経っても影響から抜け出せない。刑務所から出たのに自宅の鍵を独房の囚人が握っているようなものだ。ここの黒幕連中はそれが分かっていて、電気やネットが欲しいという理由でこんな事をずっと続けている。
車の後ろ、鍵のかかったトランクの辺りから呻き声があった。マギステルスでも詰め込まれているのかもしれない。中がどうなっているかは確かめたくもなかった。彼女達も食事や睡眠を取るのは変わらないというのに。
街の正体は、外には洩れない。人を食い物にするため、復活の地という良い所しか伝える事を許さない。限られた人間しかスマホやタブレットを持っていないなら難しい話でもない。
ただ、マネー(ゲーム)マスターは人の善悪を問うゲームではない。
ありとあらゆる方法で金稼ぎを目指すのであれば、これもまた合理的と言えるのか。
「よお」
どこかから声があった。
車の陰から、コンクリートの柱の裏から、非常口の奥から、汚れた身なりで武装した男達が同じフロアへ踏み込んでくる。ザウルスとMスコープ、人狼少女に雪女。彼ら四人の退路をしっかりと塞いでから、中心に立つ『支配者』がこう続けた。
「そのツラ、フォール経験者って目をしてやがるが……マギステルス持ちなんだ、レッドテリトリーのルールに従うって訳じゃあねえんだろ。ここは俺達の秘密の中枢だ。勝手に覗き見しておいて、無事で帰れるとは思ってねえだろうな」
「間もなく蘇芳カナメがここへ来ます」
Mスコープは相手の目を見ないで言った。
「……彼はこのオープンワールドを歩く上で決めている自己指針(スタンス)から、ここの秘密を知ればあなた方を粉砕しようとするでしょう。頭数は揃えておいて損はしないと思いますが?」
「むしろこれまで散々引っ掻き回してくれたのは、アンタらだったんじゃあねえのかよ?」
ざわりと周囲の殺気が膨らむ。
対して、ザウルスは釘バットを首の後ろに回し、両手で引っ掛けて、ぐりぐりと背中を伸ばしていた。決裂したら、その時はその時。それくらいの緊張感しかない。
猫背にリュックのMスコープは、うっすらと笑ってこう言った。
「だから、あなた方も即戦力が必要なのでは? それも大至急」
「ひでえな。半島金融街の方じゃこんなやり方が流行ってやがるのか、とんでもねえ売り込み方法だ」
「おい、恨まれるのは筋違いだぜ」
釘バットを手にしたザウルスが低く好戦的な声で告げる。
「レッドテリトリーはそういうエリアであってそういうチームじゃねえ。仲良しこよしに見えるディーラー達だって、結局腹ん中はバラバラで自分が儲ける事しか考えてねえんだろ。マネー(ゲーム)マスターは、殺しもありの金儲けゲームだ、たまたま同じエリアを歩いていたディーラーがくたばったとして、何か困った事でもあんのかよ。表向き言葉にゃできねえが、実は感謝してくれてんだろ?」
返事はなかった。
理由はもちろん分かっている。
だからザウルスは片目を瞑って、
「ま、そういうこった。今の気持ちは、胸の中にしまっておけよ。そして間もなくやってくる蘇芳カナメに対策しろ。許可をくれれば私達も一緒に戦うし、くれなければ勝手に現場周辺に溶け込むよ。ただ、足並みが揃うかどうかで流れ弾の被弾率は変わってくるけどな?」
中心に立つ人物は、片手を下にやった。
それで殺気立っていた集団が武装解除する。
「……『仕組み』は理解してやがるのか」
「これですか?」
Mスコープが指で摘まんでいたのは、ペットボトルのキャップだった。
値札のラベルや印字、その他ドロドロした何かで汚れきったプラスチック資材。
いかにレッドテリトリーの住人を囲い込んで逃げ出せないようにしても、錆とガラクタだらけのフィールドでできるビジネスは限られている。マンパワーだけあっても、何ができる。プルタブやペットボトルを拾い集めて外の資材屋に売り捌くだけでは、稼げる額にも限りがあるはずだ。
と、そういう先入観が間違っているのだ。
つまり、
「あなた方は、仮想通貨スノウを稼いでいる訳ではない」
鼻で笑うようだった。
基礎理論だけなら、おそらくリアルの世界でも普通に存在する。
「むしろ、外から預かる事で利益を得ていた。そういう話なんでしょう……?」
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