【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《008》


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「オススメはこれ、レッドテリトリーに入ったら移動のアシを確保しませんとねっ!」

「スティックボード?」


 注文と全然違う。

 いわゆるスケボーに垂直のバーとハンドルをつけたような乗り物だ。当然人力。貝塚クレアの言葉にカナメは眉をひそめてしまう。常夏市には色々な乗り物があるが、動力を持たない自転車やインラインスケートなどではログイン・ログアウトの作業はできない。つまりマシンとしては成立していない。

 だが少女の方は大真面目なようで、


「自転車もあるんですけど、今はこっちの方が主流ですね。交換パーツは在庫の数によって値段が変わりますから、壊れた時に修理が安く済む、という事情もあります。タイヤがプラスチック製だから、ガラスや錆びた釘も怖くないっていうのもあるんですけどね」


 今のカナメは財布もスマホもないのでまともな経済活動に参加できる状況ではないが、なんかにこにこ笑っているクレアが二人分持ってきてしまった。レンタルがあるのだろうか?

 今さら断るのもアレなので、ひとまず使わせてもらう事にする。

 慣れないスティックボードを使って実際に広場を見て回る。空港時代の忘れ物か、こいのぼりみたいな吹き流しはぴくりとも動いていない。炎天下に具体的なダメージでも設定されてそうに思えてくる。

 そして、いくつかカナメにも分かってきた事がある。


「おう、お嬢ちゃん。竈の方が修復終わったってよ。機会があればまたパンの一つでも焼いてもらえると助かるぜ」

「えっへへ、それくらいならお安い御用ですっ。エンキーパーさんこそいっぱい溜め込みましたねえ。ペットボトルのキャップばっかり」

「ま、ゴミ拾いくらいしかやる事ねえからな、この街は。汚えラベルが貼りついてるのばっかりだし、これじゃリサイクルする方も大変そうだぜ」


 まず、ここの住人は基本的に貝塚クレアに友好的だ。カナメに警戒したり不信感を抱く人間は多いが、彼女が間に割って入ると空気が露骨に弛緩する。

 そして思った通り、スマホやタブレットそのものを売っている『店』はなさそうだ。つまり、わらしべ長者的にフリーマーケットに参加して店を開いても、ビジネスだけでモバイルは手に入らない。


「はひー……」


 基本の体力がないのか、車輪付きのオモチャで広場を走り回っているだけなのにクレアは早くも立ち止まって額の汗を拭っていた。窓辺に体を預けるように、T字のハンドルへ寄りかかって体重を預けている。そのおかげで、大きな胸がハンドルに押し潰されているようだが。

 自分の無防備さに気づかず、深呼吸しながらクレアは言った。


「見つかりませんねえ、モバイル」

「まあ、そう簡単に手に入るものでもないらしいからな」


 カナメが気にしていたのはスマホそのものではなく、露店の店主達の手元だった。より正確には、どうやって代金の計算をしているのか。答えは単純で、座り込んで取り引きしている彼らは地べたに置いたおはじきのようなものを指で弾いてお金の計算をしている。算盤をさらに原始的にしたような小道具だ。


(……ソーラーパネル付きの電卓すらない、か。だとすると、スマホに限らず電子系はほとんど絶望的だな。そもそもディーラー一人ずつに支給されるマギステルスに計算を任せるって方法もあるだろうに)

「んー、やっぱり誰かから借りるしかないんでしょうか」

(素直に貸してもらえれば、だが。この調子だと、銃以上に入手は難しそうだ)


 本筋とは離れるが、さらに引っかかったのがもう一つ。

 計算や通信と言えば、


(……マギステルスが、いない?)

「? どうしました?」


 隣を歩く赤毛の三つ編み少女が首を傾げている。

 彼女だけではない。広場にいるのは基本的に人間だけで、吸血鬼やゾンビといった人外のマギステルスの姿はない。人間そっくりの……というのもいない。常夏市の中でも、ここまで徹底するのは珍しい。

 世の中にはフレイ(ア)のように人間としか恋をしないと明言するディーラーや、ゲーム世界に潜んでいるくせに滅法AI嫌いのタカマサなどもいるにはいるのだが。


「スマホを持っている人に心当たりはあるか?」

「あっ、はい! お金持ちの人なら……ああでも、あはは、あくまでもレッドテリトリーでの話ですけどね」

「具体的には」

「フラック00さんって人です。んー、プルタブやペットボトルのキャップをたくさん集めて、外の人と取り引きするって言っていましたっけ」


 殺して奪うという選択肢もあるが、最終手段だ。

 一応は、『紹介』なる形で貝塚クレアが身元を保証してくれたようだし、なるべくは飛ぶ鳥跡を濁さずでいきたい。


「どうするんです? なかなか会えない人ではありますけど」

「仕手戦の基本で」

(……つまり欲しいモノを与えて懐柔するか、言う事を聞かせるための材料を探して脅迫するか)

「何にしても、まずはここからだな」

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