【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《007》
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ロングスカートに大きなエプロン(だけ)の少女、貝塚クレアの案内で蘇芳カナメが『広場』に向かってみると、元々はバスケットコートだったようだ。ただし今では外周を囲むフェンスが取り外され、そこかしこに段ボールやトタン板の小屋が増殖しているので、手狭に見える。薄っぺらなアルミでできた二メートル大のサイコロは航空貨物用のコンテナか何かを再利用しているのだろうか。元の名残は何とか残っている二つのバスケットゴールと、掠れながらもオレンジ色の地面に残っているいくつかの白いライン程度のものだ。
一言で言えば、
(汚れたフリーマーケットってところか。商品の出処はかなり怪しいけど……)
「ここですここ。広場まで来れば見つからないものはありませんよっ!」
大きなバスケットを提げた貝塚クレアは満開といった感じで笑顔を咲かせていた。菓子パン一つ買うにも恫喝じみた値切り合戦が必要で、手に入れたとしても運と胃腸の強さ勝負になりそうな場所なのだが、それでも長い赤毛を二本三つ編みにした少女からすればホッとする場所なのだろう。カナメからすれば、先物や企業名など各種銘柄のない取引市場は奇妙に見えるが。
欲しいのはスマホかタブレット。
それも即時使用可能な状況でなければ意味がない。
(ストレートに欲しいと言ったら、どれだけ値を釣り上げられるか分からない。そもそもスマホもマギステルスもいないから、ディスペンサーからお金を下ろす事もできないし……)
さてどうしたものかとカナメが考えていると横から汚れたシャツにオーバーオールのおっさんが声を掛けてきた。いいや、厳密には隣にいる貝塚クレアに向けてか。
「何だ、お嬢ちゃん。また拾いモンか?」
「へへー、今回ばかりは違いますっ。聞いて驚け、なんと私の隣にいるこの人はァーあ、ざざん! 蘇芳カナメさんです!!」
「そう名乗ってるだけだろ?」
「あっ、ラムジェットさん! 信じていませんね!!」
ぷんすか怒っている赤毛二本三つ編みの少女だったが、おっさんはカナメの方に目をやって小さく肩をすくめた。
……そういう風にしておいた方が良い、と暗に語っている。
面倒見は良いのだろう。ひょっとしたらクレアはこのおっさんの真似をしてあんな格好をしているのかもしれない。
オーバーオールのおっさんは腰のベルトに巨大なモンキーレンチやL字のバールを突っ込んでいたが、タカマサと違ってモノ作りのためではないだろう。戦い慣れたディーラーがその目で語っているのだ。有力ディーラーは、弱い所を見せるべきでない、と。
「どこに何を売っているか、多少の紹介ならしてやれるが、何か欲しい物は?」
正直に言えば、何でも欲しい。
スマホやタブレットはもちろんだが、銃に車、各種スキルのついた衣服まで。何があっても困らない。だがそれを言ってしまえば、逆説的に『今は何も持っていない』とバラして回るようなものだ。
ただでさえタカマサの『#閃光.err』……巨大なコンテナを追わないといけない。空気の読めないフレイ(ア)に邪魔されて、Mスコープやザウルスにも命を狙われている。さらにここで、金持ちディーラーの身柄を狙って寄ってたかってスラムの住人が取り囲んでくる、なんて展開は絶対に避けたい。
(……一度濁して探りを入れてみるか)
「四五口径で、普通の店じゃ取り扱っていない特殊弾頭に興味がある。この界隈で銃は扱っているのか?」
ガシャシャッ!! と。
そこかしこを行き交っていた薄汚れた人々が、一斉に銃口を突き付けてきた。
個人の良し悪しではなかったのかもしれない。
そもそもレッドテリトリーの住人は、よそ者の存在全般に目を光らせている。
銃口の数はおよそ三〇から四〇。
その多くはアサルトライフルや散弾銃を金属用の鋸なんかで無理矢理切り詰めた、ファイアリングポートウェポンやソードオフモデルか。対してこちらは丸腰で、防弾装備もない。一発当たっただけで致命傷となりかねない状況だ。
ただし、
(……大した銃じゃないな)
声には出さず、しかし率直にカナメはそう判断した。
これだけされておいて、『獅子の嗅覚』に反応は、弱い。
つまりこういう事だ。銃の数だけなら一通り揃っているが、フロントサイトとリアサイトが直列で結ばれていない。照準が狂っているというより、そもそも銃身自体が歪んでいるのだ。元々の質の悪さか、あるいは鋸で無理矢理切り落とす時に歪んでしまうのかは知らないが。どっちみち、狙った通りに飛ばない銃弾なんて怖くないし、あんなの使っていたら暴発で自分の手首を吹き飛ばしかねない。
二メートル以内で撃てば必殺かもしれないが、そこまで近づくならもう銃器を逆さに掴んで頭を殴ったって効果は同じ。道理でラムジェットと呼ばれたおっさんが鈍器ばかり頼っている訳だ。
(しかし粗悪な銃を使っているだけで、弾薬自体を誰かが独占・配給して支配体制を作っている訳じゃなさそうだ。タカマサならどうしていた? ……まあ、弾だけ拾い集めて口径の合った銃は自分で作る、くらいはやりかねないけど)
当然、誰にでもできる事ではない。
これみよがしに出てきたのがこんな粗悪品なら、新参者が手に取れるのはさらに質は劣るだろう。レッドテリトリー、やはり『復活』はそう簡単にはいかないようだ。
銃は怖くない。
この場合、注意すべきはただ一人。銃器ではなく大型のクロスボウを手にしたレインコートの男だけだ。こういう場所では、仕組みが簡単な方がクオリティをキープできるという事か。
オーバーオールのおっさんが片手を上げて、
「よせ、よせ。そいつはよそ者じゃない。クレアのヤツが連れてきたお客さんだ」
「……『紹介』は?」
陰気なレインコートの男が呟いたが、これについても即答だった。
大男ではなく、カナメの隣に立っている少女がぴょんぴょん跳ねる。
「あっ、それなら私が! いつも通り、ええと……れんたい、保証人? でよろしいですよね???」
「だってさ。こいつはお前さんをこの広場まで運んできた時と同じように、って意味らしい」
「チッ」
それで空気が弛緩した。
レインコートの男がクロスボウを上に上げると、それが合図になったようだ。その他役立たずの銃口が一斉にカナメから外され、何事もなかったように広場は元の活気を取り戻していく。
ラムジェットなるおっさんは自分の頭を掻きながら、
「ま、そんな訳だ。ここを見て回るのは構わんが、いくつかルールがある。詳しくはクレア辺りから聞いてくれ」
「ここは、レッドテリトリーって街なんだよな?」
「ああ」
「レッドテリトリーってチームではなく?」
些細な違いのようだが、重要な意味を持つ言葉だった。
カナメはこの街に滞在するが、所属する気はない。
ラムジェットは小さく笑って、
「そこまできつい締め付けじゃあねえよ。誰でも参加できるフリーマーケットって考えてくれ。ルールはあるし、場所も決まっているが、俺達は誰かの社員じゃない。モノを持ち寄って商売するのは、基本的にみんな独立した店の店主なんだ」
「あっ、ラムジェットさん。どこ行くんですか!?」
「あちこち紹介してやろうとも思ったんだがな、若いもんは二人きりの方が楽しいだろ」
それだけ言うと、オーバーオールの大男は片手を振って立ち去っていった。モンキーレンチやL字のバールがぶつかり合ってガラガラと音を鳴らす。
粗悪な銃よりもナイフやバットなど弾を消費しない近接武器の方が役に立つ、異世界。
ここでは戦闘のルールが全く変わる。
粗悪な銃を振り回すだけならツェリカやミドリでも対処できるかもしれないが、この複雑に入り組んだスラムでルールや距離感そのものまで違うなら不意を打たれるリスクが高まる。単純に銃を持っていれば安心、という理屈は曲がり角や屋根の上まで熟知したスラムの住人相手には通じないのだ。そしてよそ者が『慣れる』まで相手は待たない。不用意に鈍器で一発もらえばその時点で永遠におしまいだ。
鼻にはうっすらと異臭も感じられた。『獅子の嗅覚』ではなく、単なる五感の話だ。
錆びた鉄、汚れた機械油、そして可燃性のガス。
自信満々に重装備を持ち込んで暴れ回るだけだと……おそらく、爆発する。粗悪品とはいえ、この街で銃を使えるのはそもそも完全に地形や風向きを読んで目に見えないガスがどこに溜まるかを認識できる地元の人間だけだ。
おそらく、『遺産』があってもいつも通りで考えているとやられる。
やはり、ここにツェリカやミドリ達を到着させてはならない。
「へっへへ。どこから見て回ります?」
「スマホかタブレット」
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