【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《009》
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カンカンカン!! という鋭い足音が連続した。
地上の道路を走るものではない。地下へ繋がる階段を駆け下りる音だ。ツェリカのブーツのカカトは鋭く尖っているが、その歩調に危なげはない。
後を追うミドリは大きな声で、
「何で地下鉄なの!?」
「ピンポイントで狙われている場合は狙撃はもちろん、車の外観やナンバープレートの認証装置と爆弾を組み合わせたトラップが仕掛けられているリスクがあるからの。特に、半島金融街の外だと危ない。環状橋一本しかルートがないならびっくり箱なんか仕掛け放題じゃろうし」
ディーラーがログアウトするには自前のマシンを必要とする事から、常夏市で暮らす全てのディーラーは必ず車やバイクを持っている。にも拘らず電車が繁盛するのには理由があった。
一つ目は単純に人間以外のNPCや貨物などを輸送するため。
二つ目は線路沿いは騒音で土地の値段が安くなり、駅の近くは高くなるなど地価を変動できるメリット。
そして三つ目は、
「電車は基本的に搦め手じゃ。運び屋が渋滞を避けるために電車とレンタカーを併用したり、マギステルスに車を運転させて敵対チームの注意を引いている間にディーラーが電車で先を急いだりの」
「そんなもの?」
「ま、風のウワサじゃ廃線の海底トンネルを使わんと辿り着けない謎の小島がマップの端にあるなんて話も出回っておるが」
自動改札にスマホを押し当てて先を急ぐ。基本的に契約ディーラーの持ち物しか使えないマギステルスだが、こちらのモバイルも名義はカナメのものだ。
がこがこ音が鳴っているのは、ツェリカはコントラバス、ミドリはギター、とにかく大きな楽器ケースを背負っているからだろう。中に詰め込まれているのは、当然『遺産』だ。
ちょうどホームに四、五両編成の列車が滑り込んできたので、ツェリカとミドリは開いたドアから車両に乗り込むと、マナーとして背負っていた楽器ケースを床に下ろす。女性専用車両を選んだせいもあるが、何しろ常夏市の話なので基本的に若い水着の女性ばかりだ。
「……なんかこう、落ち着かないわね」
「そういう風俗のお店みたいに見えるかえ?」
地下鉄のはずだったが、列車はいったん地上に出た。窓の外に流れる景色へ目をやりながら、ミドリがぽつりと呟く。
「それにしても、第三工業フロート、か」
「正確にはフロート内にあるレッドテリトリー。所得と治安の悪さではワーストランクのエリアじゃな」
「どうして分かったの?」
「スマホ同士の共有設定があるからの。さらった連中は旦那様のスマホを壊して安心したようじゃが、信号消失時の座標はこちらに送信されるようにできておる」
……論は間違っていないが、ツェリカは気づいていない。あるいは、最初から機能を知っていた上でわざと狙った人物へ信号を飛ばすためにスマホが破壊された可能性に。
いくつかの駅を経由して、列車は再び地下へ潜った。
半島金融街を抜けて海底トンネルに入るためだ。その直前の駅だけは、人の出入りが違った。
「むぎゅう!?」
「ミドリ、楽器ケースを手放すでないぞ」
「分かってるけどっ、なに、この人混み!? ここだけ通勤ラッシュなの!?」
「半島金融街からよその島に行きたい人間が集中するんじゃよ」
自動ドアを閉めるのも大変そうだ。挟み込み防止のセンサーが働いたのか、途中何度か開け閉めを繰り返してようやく両開きのドアが閉じていく。
がこんっ、と列車が揺れて動き出した途端だった。
「ぃひっ!?」
「どうしたのかえミドリ、背筋でも撫でられたような声を出して」
「い、いいいいやあのいやその……」
うっかりしていると近くの人のビキニに顔を埋めそうになりながら、何やらミドリの顔が真っ赤になっていた。
人の海で揉みくちゃにされている人々は、どれだけ近くで密着していても気づくまい。自分で床に置いた細長い楽器ケースの突起部分が、フリルビキニのミニスカートの中に突入してきてしまったというシンプル極まりない事実に。
しかも列車は不規則に揺れる乗り物である。
この人混みだと思ったように両手は動かせないし、楽器ケースのせいで両足は閉じようがない。今さらきゅっとお尻に力を込めてもどうにもならなかった。
「(あっ、ちょ、待って、待って待って待って! 何これ嘘でしょ、あっああ!? ずれるっ、水着がずれるうーっ~~~)」
かろうじてミニスカートが残っているとは言っても、精神的な防御力はゼロ。両目を瞑って耐えているツインテールの少女に、間近にいたツェリカが怪訝な目を向けていた。
「何ぞ、自転車のサドルにでもやられたような顔をしておるの」
生卵よりも繊細な肌を持つ少女達が列車に揺られて第三工業フロートを目指す。
無垢で、勇敢なようでいて。
それが何よりディーラーの少年を追い詰めているとは気づかずに。
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