【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《005》


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 ギャギャリ!! というタイヤのスリップ音があった。

 ミントグリーンのクーペのハンドルを握っているのはマギステルスのツェリカだ。板金屋『ハマヅラガレージ』に籠って潰れた車体の修理に付き合うのに時間がかかったせいで、異変に気づくのに遅れてしまった。

 海岸線を突っ走り、デートスポットとして有名な灯台のすぐ横を突き抜けていく。


『ミドリ>ツェリカ、詳しい話を聞かせて!』

『ツェリカ>旦那様のスマホに連絡を入れておるが応答なし。位置情報も反応がない。そもそも旦那様にはこのクーペ以外のマシンを持たせておらん、わらわが固く禁じておるからの』


 なのでカナメは徒歩だったのだ。

 マネー(ゲーム)マスターでは珍しく、ジムの前で待ち合わせした時も彼はバスに乗って向かっていた。


『ツェリカ>ログイン・ログアウトは全てこの車で行う。にも拘わらずマシンを捨てて単独行動する事自体がイレギュラーじゃ。すれ違いになったら最後、自分の意思でゲーム世界から脱出する術を失うのじゃからな。少なくとも、わらわと事前連絡なしにそんな選択を取るとは思えん!』

『ミドリ>イレギュラーって言うと?』

『ツェリカ>旦那様の思惑以外の何か。平たく言えば連れ去られた』


 先ほども言った通り、ミントグリーンのクーペ自体はずっと修理工場に眠っていた。なのでドライブレコーダーにも何の記録もない。

 ヒントは別にある。


『ツェリカ>ミドリのバイクから譲ってもらったドライブレコーダーの記録を精査した限り、スカイブルーのSUVの後部座席で顔認識の反応が点灯しておる。同じ車にいるのはMスコープとザウルス、共に元「銀貨の狼Agウルブズ」の有力ディーラーじゃ。腕は第一線、間違いなくトップクラス』

『ミドリ>兄の「遺産」を追っていたチームの……?』


 車高の低いクーペは高級宝飾街に飛び込み、大通りの中央分離帯に沿って無数のワイヤーで吊られた帆船の真下を潜る。航空艇スカイインパクト。クジラのような巨体に翼や帆を張った特殊な船もまた、ランドマークの一つだ。


『ツェリカ>どういう経緯で復活したのかは知らんが、個人的な恨みならたっぷりあるじゃろう。すぐに撃たなかったのは恨みの分だけ傷を負わせたいか、あるいは暗証で守られた旦那様の個人資産を奪ってから殺したいかじゃな』


 ここまでの線は間違っていない。

 だが、カナメ達の懸念は別にある事に彼女達は気づいていない。

 そう。

 辿。蘇芳カナメが何より第一に回避したいのはその結末であると頭に浮かばないまま、ツェリカや霹靂ミドリは突っ走ってしまう。本当なら、二人は導火線の上にいて、爆弾に向かって走っていると考えるべきなのに。

 彼女達は優れている。

 だから導火線の上をなぞっていく火は、自然には消えない。


『ミドリ>具体的な行き先は!?』

『ツェリカ>ドライブレコーダーだけでは足りん。情報屋にも金をばら撒いておるから、近い内にはっきりするじゃろう。少なくとも半島金融街の線はない!!』

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