【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《001》



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 サーバー名、アルファスカーレット。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。

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 ようこそ霹靂ミドリ様、マネー(ゲーム)マスターへ。


「なんかこう、不思議な気分だわ……」


 ワックスで輝くフローリングの床に、窓以外の壁は全部バレエ教室のような鏡張り。

 そんな中で、長い黒髪をツインテールにした華奢な少女、霹靂ミドリはそんな風に呟いていた。

 どこもかしこも磨き抜かれた高層ビルが立ち並ぶ海辺の高級金融街にある、スポーツクラブ・アックアジムだった。兄の借金を背負ってリアルの生活をAI企業に支えてもらっているミドリに手が出せるサービスではないが、どうもプラチナ会員の紹介があれば会員証がなくても飛び入りでトレーニング機材を使わせてもらえる仕組みがあるらしい。

 黒ゴス調のフリルビキニにミニスカート状のパレオを重ねた少女が使っているのは、ベルトコンベヤみたいなランニングマシンだった。

 体を動かす事が前提だからか、ここは冷房が強い。表が椰子の木と日焼け肌の似合うギラギラの炎天下である事を忘れてしまいそうだった。

 ミドリは半ば呆れたような調子で、


「ゲームの中までやってきて、はあ、筋トレに勤しむ日がやってくるだなんて……。これ何かパラメータが変わるの? ふう、ふう、マネー(ゲーム)マスターでの強さって経験値とかレベルアップとかじゃなくて、衣服とかアクセサリーに依存していなかったっけ」

「全く無意味という訳でもないさ」


 そう答えたのはぶかぶかワイシャツにネクタイ、動きやすいズボンを組み合わせた黒髪の少年、蘇芳カナメだった。基本ダウナーなくせにキラキラしている、例のプラチナ会員サマである。しかし彼自身はセレブどものステータスであるプラチナ会員証がないと入れない隠しエリアへ潜るために手に入れて放ったらかしにしていただけらしく、トレーニング自体に興味はないようだった。今はミドリに付きっきりになっている。


「筋力やスタミナを増強するならスキルに頼った方が手っ取り早いけど、歩行や重心移動なんかの動きのクセ……『神経』の方は学習して鍛えるしかない。ミドリ、例えばあんたは今両腕を振り回して勇ましく猛ダッシュしているけども」

「それはっ、あなたが、横から速度アップのボタンをぽちぽち押しまくるからーっ!!」

「何だか余裕がありそうだったから。銃撃戦に限らず、実戦の走りじゃ脇を締めて上半身は動かさないのが基本だ。単純に速く走るにせよ、動きながら正確に銃を構えるにせよな」


 高層ビルの三〇階フロアを占めるこのジムは格闘関係よりはダンスやフィットネス関係に重きを置いているらしく、層としてはスパッツやTシャツ姿の若奥様や女子大生が多かった。もちろん『そういうデザインのアバター』なのだろうが、全体的な年齢層は中学生のミドリよりも上。おかげでなんか空間を授業参観みたいな匂いが満たしている。さっきカナメが言った通りゲームの中で肉体改造をしてもあまり意味はないのだが、同じスタイルでも姿勢や歩き方で『魅せ方』は大分変わる。そういう意味での、体のカスタムというよりは内側のチューニングを意識した施設のようだった。セレブ時空であれストリートであれ、世の中には動画や写真を駆使して目立ちたがるディーラーもいるのだし。


「そんなに変わるものなの?」

「マネー(ゲーム)マスターにはコントローラや十字キーはないからな。自由にできるって事は、逆に言えば最初に躓いてクセづくと延々その失敗に引きずられるってリスクにも繋がりかねない」


 この辺りはスキルも『遺産』も一切使わずに全てを圧倒した二丁拳銃使いの怪物ディーラー・ブラッディダンサーを思い浮かべると分かりやすいかもしれないが……わざわざ口に出す事はないだろう。今夜ミドリが悪夢を見ても助けには行けないのだし。


「ふう、ふう」


 たむたむとミドリがコンベヤの上を走るたびにミニスカート状のパレオがひらひら。起伏は乏しいと思っていたが、それでも薄いなりに胸元もひっそり上下しているのが分かる。


「けどこれっ、ここ最近表を騒がせている連中相手じゃあんまり意味ないんじゃない?」

「……、」

「レーザービーム型の『遺産』……『#閃光.err』。元々はっ、弾道ミサイル用の対空迎撃兵器だっていうウワサが飛び交っているけどさ」

「多分レールガンの砲弾でも落とせるはずだ」


 これまで渡り合ってきた対物ライフル型の『#火線.err』やガトリング銃の『#竜神.err』とはケタが違う。港にあるような四角いコンテナを丸々一つ使ったレーザーユニットだ。『遺産』にも色々あったが、車よりも大きなサイズとなるとなかなかお目にかかれるものではない。


「いったいっ、どこから拾ってきたのか知らないけど、やってる事は迷惑極まりない『辻斬り』でしょ? 例の四角いレーザーユニットをトレーラーで引きずったり、輸送ヘリで吊り下げたりして目的の位置に陣取ったら、街中でも容赦なく見えない刃で一刀両断。キロ単位のレーザーを振り回して、ビルごと標的のディーラーを切断していく……。あれって結局ナニ目的の事件なのかしら。有力ディーラーが立て続けに狙われているから、株価にも影響が出ているなんて話も出回っているみたいだけど」


 そう。

 使っている『遺産』が大仰な割に、目的が見えないので有名な事件だった。やっている事は巡洋艦を使って通り魔をしているようなものなのだから皆の疑問も当然だ。レーザーは弾薬を使わないが、だからと言って装置さえあればいくらでも撃てる訳でもない。内部で扱う化学薬品などのコスパを考えるととことん割に合わない。

 ただし、


「……邪魔者の排除が目的なんだろうな」

「じゃまもの?」


 走る足を止められず、手の甲で額の汗を拭いながらミドリが繰り返してきた。

 カナメは無感情に、


「太陽の光が眩し過ぎると周りの星が見えなくなるのと一緒。リアル世界の有識者みたいなもので、マネー(ゲーム)マスターには本当の有力ディーラーの他に、そう名乗っているだけの口うるさい連中で溢れ返っている。投資の世界じゃ信頼を集めるのも大事だから、無理もないんだけど……黒幕としてはノイズなんだ。だからまず、いらないと分かっている所から順番に叩き潰して、本命を浮き彫りにしようとしている。ほら、マス目の中から地雷を探すゲームみたいにさ」

「何も持っていない人がターゲットって……。それ、結局何をしようとしているの?」

「簡単さ。探し物の正体は」


 ちりっ、と蘇芳カナメの鼻の頭で電気に似た微弱な感覚があった。

 獅子の嗅覚。

 カナメだけのものと思っていた。いいや、『獅子』についてならそれで合っているのかもしれない。だが彼の友、クリミナルAOはこう言っていた。


「特殊な感覚を持つ一二人のイレギュラー、ゾディアックチャイルドだ」


 バジュアッッッ!!!!!! と。

 それこそ鏡のように磨かれたビル全体を外から竹槍のように切断する勢いで、三〇階の空を切り裂いて何かが飛来した。

 もしも、だ。

 ここで蘇芳カナメがとっさに霹靂ミドリを突き飛ばして覆い被さっていなかったら、風景ごと腰の高さで切断されていただろう。

 おそらくはまず真っ直ぐビルを貫き、さらに外側に向けて横へ引いて、ビル全体を半分ほど切った。

 ガラスから鉄筋コンクリートまで、そこにある全てがオレンジ色の切断面を見せて……そこで固定してしまう。あまりにも鮮やかだったため、だるま落としのように高層ビルは倒れる事を忘れているのだ。

「なっ、なな……!?」

 押し倒されたままカナメの肩越しに目を白黒させているミドリ。

 ばた、ばた、ばた、ばた!! という空気を叩く連続的な音があった。外壁に寄り添うほどに、近い。カナメが見ている前で、四角いコンテナをワイヤーで吊り下げたティルトローター機がゆっくりと三〇階付近の高度からさらに上へ舞い上がっていくのが分かる。

 レーザー兵器『#閃光.err』、その一撃。

 自分のいる高層ビルを斜めに切り裂かれても、カナメの鼓動は変わらない。

 最初からある程度は想定していた事態ではあった。

(……タカマサからすれば、決裂した俺以外でもゾディアックチャイルドを一人手に入れればそれでAI連中にチェックメイトを決められるんだ。それはまあ、焦りもするだろうけど)

『#閃光.err』はあまりにもインパクトが大き過ぎる。

 だから『遺産』を使っているのは誰なのか、という持ち主については議論されていなかった。訳の分からない通り魔事件だし、強大な『遺産』の力に振り回されているだけの二流三流のディーラーだろう、と。

 でも真実は違う。

『遺産』よりも、それを作った張本人の方が重要だろうに。


(タカマサっ)


 流石に、その名前はミドリの前では出せなかった。

 そもそも『決裂』したという話すら切り出せずじまいなのだから。


(……人捜しに明け暮れているタカマサはタカマサとして、AIの『総意』とやらも黙っていないだろうな。向こうだってタカマサとゾディアックチャイルドが一人でも合流した時点でおしまいなんだ。だから何としても封殺しようとするはず。俺達みたいなのを味方として取り込むか、それができなければ殺してでも確定を欲しがるはず)


 また忙しくなってきた。

 見知った人達を助けつつ、AI側のツェリカとも敵対しない道を選ぶ。そんなカナメからすれば、タカマサにもAI『総意』にもチェックメイトを決められては困る。

 ツェリカも、ミドリも、妹も。

 そしてタカマサも。

 誰にも振り回されず存分に笑い合って暮らしていく。そんな未来以外は許さない。

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