【Third Season】

【Third Season】序章

 サーバー名、プサイインディゴ。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。

 ログイン認証完了しました。

 ようこそクリミナルAO様、マネー(ゲーム)マスターへ。


 どちらかと言えば、気弱な雰囲気を持つ線の細い少年だったはずだ。

 白いシャツに黒のスラックスとネクタイ。まるで喪服の上着を一枚脱いだような格好だが、頭に巻いたバンダナと腰回りに装着した大量の工具ポーチが雰囲気を崩しにかかっていた。

 霹靂タカマサ、クリミナルAO。

 辺りで忙しく歩き回っていた作業員の一人が、彼に気づいて立ち止まる。


「お疲れ様です、クリミナルAO。ログインはつい先ほど?」

「ああ。『#閃光.err』の方はどうなっている」

「先ほど地下で試射を行いましたが出力、安定性共に問題なし。レポートあります。『遺産』についてはこれから!!」


 クリミナルAOは眉一つ動かさなかった。

 ただ、ポケットに突っ込んだ手で何かを操作した素振りくらいは見せていたが。


『魔法』についてはこれから連結作業に入ります」

「そう」


 作業服の男は不自然な奇声にも、その後の言い直しにも気づいていないようだった。

 彼らは人間のディーラーではない。あくまでもプログラム制御のNPCだ。つまり、『干渉』さえできれば意のままに操る事ができる。

(マギステルス達も『こう』できれば話は早いんだけど……)

 にこやかに手を振って別れ、タカマサは心の中で考える。

 逆説的に言えば、あらゆる人間の傍に侍るマギステルス達は、『単なるAI制御ではない』という証明にもなっている。はずだ。とはいえ、一般のディーラーに打ち明けたところで借金生活のせいで頭がおかしくなったと疑われるのがオチだろうが。

 本物の悪魔。

 現世どころか天界までもシミュレーションの手を伸ばす事で、仮想通貨スノウが人間社会を支配する感覚で神々の領域を侵食しようとする、の群れ。

 マギステルスは、死なない。

 銃で撃っても車で撥ね飛ばしても、最大でも一時間以内に復活してしまう。それを言ったら人間だってゲーム内『では』死なないが……莫大な借金を負わされた結果として、人間を自殺や社会復帰不能に追い込むくらいはできる。

 人間とマギステルス。

 一見マギステルス達が傅いているように思えても、実際には両者の関係はあまりに不公平だ。だから、そこを正す。マギステルスを殺す方法を突き付ける事で初めて、タカマサ達はヤツらと対等な話し合いの場を設ける事ができるはずだ。

 もちろん。

 決裂した場合は、殲滅も視野に入れて。


(ゾディアックチャイルドだ……)


『反逆の日』は近い。

 人間社会が仮想通貨スノウに牛耳られたのと同じく、天界をシミュレーションする事で神々を支配しようというマギステルス達の計画。

 また、その計画は悪魔達が持つ『本来の形』を取り戻すためにも重要であるらしい。

 しかし、こんな事が成就されてしまえば彼の守りたいものは全て砕け散る。

 注意しないと、自分の親指の爪でも噛んでしまいそうだった。


(全人類の中でも、たった一二人の逸材。マネー(ゲーム)マスターにバグをもたらす僕の『魔法』だけじゃない。こいつにゲーム内でも計算式の確立されていない神秘、つまり天性の才能の持ち主をかち合わせて、初めて僕の計画は具体的な形になる。マギステルス達の動きに歯止めをかけられる)


 マネー(ゲーム)マスターは精密な演算によって現実世界と全く同じ理論領域を構築したものだ。ここでは量子論の四つの力を始めとした、多種多様な法則や公式が網羅されている。

 それでも限界はあるのだろう。

 悪魔と呼ばれる存在でも理解のできない何かが、世界には眠っていたのだろう。

 それがゾディアックチャイルド。

 あくまでもゲーム世界の中で生まれた特大のバグである『終の魔法オーバートリック』は、しかしそれだけでマネー(ゲーム)マスター全体を破壊するほどの力を持たない。振れ幅が許容の範囲に収まってしまうからだ。だけど、ゾディアックチャイルドが接触すれば話は違う。マギステルスの『総意』にも予測のつかない結末を強制的にもたらす事ができる。


(もっとも……)


 未知と未知。

 中と外。

 あたかも巨大な爆発を生み出す対消滅のように。


(接触『だけ』でなら、すでに何度か起きているはずなんだけどね)


 例えば蘇芳カナメ。

 そしてリリィキスカ=スイートメアもそうだった、らしい。

 ここにクリミナルAOが知識を貸し与えていれば……とバンダナの少年は悔いる。条件が揃っていても、そこに明確な意思で方向づけなければトリガーとはならない。だからこそ、AIどもは一二人を残らず抹殺するのではなく、彼らゾディアックチャイルドに正しい知識を教えられるタカマサから速攻で始末したのだろうが。

 機械製品についてはこれだけ鮮やかに操り、ありとあらゆる『終の魔法オーバートリック』を次々とリリースしていった霹靂タカマサではあるが……人間関係についてはご覧の通りだ。

 ままならない。

 すぐ傍に大切なカギとなる人物はいたはずなのに、気がついた時には彼の元を去り、そして敵対する羽目になっていた。

 この『要塞』を固めているのだって、そう。人間のディーラーは信頼できない、かと言ってマギステルスに頼れば彼女達の『総意』に筒抜け。だから自分の手で完全にコントロールできる、低位のプログラムで管理されたNPCで埋め尽くすしかなかった。

 そう。

 まるで。

 人間の噓を見抜くのが、昔から苦手だった。〇と一、イエスとノーではっきりと答えを出せる数式の方が扱いは得意だった。そちらの方が落ち着いた。本音と建前によってどう動くか予測のつかない人間よりも、一つ一つの部品に意味がある機械製品の方がずっとずっと……。


 がんっ!! と。

 クリミナルAOは、意図して自分の額を建物の外壁に強く打ちつけた。


「大丈夫……」


 瞳を閉じて、呟く。

 愚かな考えを振り切るように、それでいて怖い夢を見ないようにするおまじないでも繰り返す子供のように。


「……僕は人間だ。人間を辞めたりなんか、してない」



  



 序 章



 サーバー名、ガンマオレンジ。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。

 ログイン認証完了しました。

 ようこそ蘇芳カナメ様、マネー(ゲーム)マスターへ。


 海風と椰子の木と眩いビキニの似合う何かとゴージャスな常夏市の中でも、ブランドバッグや宝石を取り扱う小奇麗な店の並ぶ高級ショッピング街だった。

 道端に停めたミントグリーンのクーペ。その側面にレースクイーンの悪魔、ツェリカは形の良いお尻を当てて体重を預けていた。

 持ち主である少年はここにいない。

 パンパン、どぱん!! という荒れ狂ったような銃声が立て続けに響いているが、ミントグリーンの髪をたなびかせるグラマラスな美女が気にする素振りはない。サイドミラーの角度を調整すると、口紅を取り出してちょこちょこ唇の彩りを整えていく。


「ふんふーん……」

(今期の新色は好みの色合いじゃが色落ちも早いのう。とはいえマギステルスとしては、契約したディーラーに恥をかかせるようなみすぼらしい格好もできんしの)


 そんな殊勝な事を考えていた時だった。

 銃声が途切れる。

 ツェリカと契約している少年が愛用しているのは、消音器と銃身が一体化した四五口径の短距離狙撃銃『ショートスピア』だ。つまり基本的に、うるさい音源は全て敵対ディーラー側となる。なので銃声が途切れてもさほど心配はしていなかった。あの少年が邪魔な連中の一掃を終えたのか。それくらいしか考えていなかったのだ。

 しかし、その直後の出来事だった。


 ズドンっ!! と。


 四階の窓が割れたと思ったら、ぶかぶかワイシャツに動きやすいズボンを穿いた黒髪の少年、蘇芳カナメが背中からミントグリーンのクーペの屋根へ落ちてきたのだ。


「なっ……」


 車の屋根の高さは半分くらいになり、ガラスはフロントもリアも両サイドもつまり全部割れていた。ぱぷーっ、と。一体どこが壊れたのか、クーペから間延びしたようなクラクションの音が延々と続いている。

 ちょっと経ってから、急に怒りが追い着いた。

 ディーラーの愛車は、マギステルスにとっては自身を納める神殿に等しい。


「貴様一体何しとんじゃクソ馬鹿旦那様!? 洗車したばっかりじゃぞおーっ!!」

「……流石だツェリカ。こんなに寝心地の良いふかふか具合に仕上げてくれるだなんて、感謝の言葉しかない」


 仰向けで大の字。

 丸っきり覇気のないカナメからの返事に、くびれた腰に両手を当てていたツェリカすら怒る気概を失っていた。呆れ、息を吐き、それから自分のこめかみを人差し指でぐりぐりする。

 信託銀行『MOミサキバンク』が今回の狙いだったが、あそこに詰めているディーラーの用心棒如き、コールドゲームの死神とまで呼ばれた蘇芳カナメの敵ではない。にも拘わらず銃撃戦を制する事もできないばかりか、四階の窓から放り投げられ愛車の上に落ちてくる体たらくだ。

 丸っきり、いつもの調子を失っている。

 そしてその原因は、おそらく今ここにいない少女にあるのだろう。

 むしろフォールしないで良かったとツェリカはそっと思う。まるで姉や母親の心境だ。子守サキュバスから見て、今のカナメはよそ見運転どころの散漫度合ではない。敵がルーキーだろうがベテランだろうが関係ない、誰が撃っても銃弾は平等に人の人生を奪うのだという基本すら忘れているのだ。

 というのも、


「まぁだミドリに話しておらんのかえ?」

「……どうやって切り出せば良いんだ、あんな話」


 突き刺すような太陽を見上げたまま、病人みたいな調子でカナメは呻いていた。

 まるで悪夢の中を泳いでいるようだ。


。みんなを助けるためには、もう一度、今度は俺の手であいつを撃ち抜いてフォールしなくちゃならない。説得なんかできるかちくしょう、ミドリは世界平和のために戦っている訳じゃないんだぞ」

「旦那様にできぬなら、わらわからメールを送っておこうか?」

「やめろツェリカ、お前を嫌いになりたくない」


 この信託銀行の襲撃もまた、多くの『遺産』を強奪してティルトローター機で消えたタカマサの足取りを追うヒントを手に入れるためだった。マネー(ゲーム)マスターで活動している以上は必ず常夏市のどこかに居を構えているはずだが、州一個分の土地のどこに潜んでいるかは分からない。隠れ家と言っても大豪邸からキャンピングカーまでピンキリなので、流石にノーヒントでは調べきれないのも事実だった。

 しかしカナメは旧友の癖を知り尽くしている。

 その観点からすれば、


「……あいつは基本的に電子マネーを信じていない。実質的にAI連中が発行している紙幣についても以下略」

「じゃからタカマサは稼いだ金を宝石に換えてから、あちこちの銀行の貸金庫で保管しておる。AI連中ではなく、人間が運営している銀行でな。そこを襲えばタカマサの資金を奪って足を止めつつ、ヤツの潜伏先にまつわる情報も手に入れられる。そういう話だったじゃろ」


 ちなみにMOミサキバンクは黒いウワサも絶えない信託銀行だった。貸金庫サービスからの派生で現金や宝石の輸送業務も請け負っているのだが……ようは、小さな指輪一つを守るという名目で装備者である依頼人の周りに好きなだけ黒服を侍らせて意のままに操る、傭兵派遣業と言い換えても構わない。そして当然、この黒服達の仕事は『守る』だけに留まらない。株の保有者を脅して特定の銘柄を買い占めたり、土地を丸ごとせしめる地上げなどの『信託業務』にも利用されている。もちろん最後の最後に泣くのは真面目に働いて自分の店を持った、小さな商店や工場で働いていた人達だ。

 ツェリカは潰れたクーペのボンネットを開けて中に手を突っ込み、何かしらのケーブルを引っこ抜いてクラクションを強引に止めながら、


「で、グロッキーなのは分かったが、これからどうするのかえ? MOミサキバンクは諦めて別口から情報を集めるか?」


 まるで風邪で寝込んだ小さな子供に今日のご飯はどうするかと尋ねるようなミントグリーンに輝くサキュバスからの言葉に、カナメは屋根に埋まったまま両手の人差し指を天に向けた。

 直後の出来事であった。


 キュガッッッ!!!!!! と。


 ついさっきカナメが落ちてきた四階の窓に、何か細長い物体が突っ込んだ。部屋の中で猛烈な爆発が巻き起こったと思ったら、四方八方へオモチャのように瓦礫や観葉植物、それから人間のディーラーまでバラバラと降り注いでくる。

 最新世代の対地レールガンであった。

 おそらく沖のフリゲート艦か爆撃機辺りから発射したものだろう。

 ツェリカは思わず目を剥いて、


「ばっ! あれがいざという時の第二プランかえ? ま、まぁたド派手にやったのう……!!」

「……一発五〇〇〇万スノウ程度だよ。最初からこうしていれば良かった、どうせタカマサの金庫をこじ開ければ好きなだけ宝石を奪い取れるんだから」


 通りを歩く水着の男女が今さらのように大声で叫んでオープンカフェのテーブル下などに身を隠していたが、カナメは気にする素振りも見せない。

 二日酔いの頭を持ち上げるような格好で、大の字のカナメはのろのろとクーペの屋根から起き上がった。改めて短距離狙撃銃の『ショートスピア』を掴み直す。

 金さえあれば何でもできる。

 マネー(ゲーム)マスターにおけるチートぶりを存分に見せつけながら、むしろ彼は気だるげな調子で高級ショッピング街の一等地に陣取る信託銀行の出入り口へ再び歩いていったのだ。

 ミサイルの着弾でほぼ壊滅し、瀕死の状態であちこちに転がっているMOミサキバンクの傭兵達へ、今度の今度こそトドメを刺すために。


「ツェリカ、二〇万ほど預ける。適当なレッカーを呼んで潰れた車を運ばせておいてくれ」

「二〇じゃ足りん。車の修理代!! 身を挺して旦那様の命を守ったマシンじゃぞ!!」

「それからアンチョビの利いた魚介のピザが食べたい。気分的には生地はカリカリよりモチモチかな。スマホの配達サービスでも良いから、事が終わるタイミングでここへ届くように手配しておいてくれ。辛口のジンジャーエールと一緒にな」

「だから手持ちの金が足りないっつってんじゃろ!?」


 泣き言には応じなかった。

 ひらひらと空いた手を振って、カナメは一等地の信託銀行へ押し入っていく。


「あ」


 結果がどうなるかは火を見るより明らかだろう。

 ツェリカの見立てでは制圧まで一五分といったところか。レースクイーン衣装の模様が音もなく変化し、胸元のビキニ部分で宅配サービスの注文を完了させていく。今から焼き始めるのでは到底間に合うまい。あらかじめ工場から届けられた冷凍の出来合いに追加のトッピングだけちょちょいと盛って電子レンジで温める、数あるピザ屋の中でもウルトラ雑なチェーンでなければできない速度の話になってきた。

 かつてはコールドゲームの死神とまで呼ばれたディーラーが、時間の指定までしてきたのだ。ヤツは宣言通り銀行の連中を皆殺しにして、無駄に塩気の強いピザを食べて帰る。これはもう決定事項だ。

 一人残された子守サキュバスのツェリカは肩をすくめて、


「……荒れとるのう」

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