【Second Season】第六章 伝説と呼ばれた少年達 BGM#06”Dead Shot”.《004》


 常夏市、半島金融街のあちこちにある質屋の一つだった。


 石造りのビルの一階テナント、面積だけならそこらのコンビニより小さなスペースは壁際も中央もガラスケースで埋まっていて、きらびやかな金時計や革のバッグなどが乱舞していた。それでいて、何でもありのマネー(ゲーム)マスターであるにも拘わらず、覆面被った集団がここに押し入る事はない。そんな無粋な真似をすればどうなるか、ウワサレベルの話であればいくらでもネットに転がっている。


 途中でどんなルートを通っていようが、質屋の王が営む店には最終的にありとあらゆる差し押さえ品が流れ着く。


 良きにしろ悪しきにしろ、お世話になっている人間が多過ぎるのだ。きらびやかな金融街の頂点というより、どちらかと言うと街角の闇金に近い側でのお金の支配階級。諸々恨みを買う事も多いが、その全てを力業で跳ね除けるだけの『力』があるからこそ王は王として君臨する事が許されている。


 カウンターにはいつもの店員とは違う人物が居座っていた。


 長い金髪に白い礼服の優男、フレイ(ア)。


 彼は傍らに立っていたセーラー服装備の赤紫の粘液状マギステルスへ視線も振らずに、


「ブリュンヒルデ」


「はい主様、全額の入金を確認いたしました。表計算シートを衣服表面に出力しますか?」


「いいや結構、そこに信用がないなら質屋グループ全体の会計管理は任せていないよ。さてMスコープ君、我々が差し押さえていた君のコレクションは全てお返ししよう」


 彼がパチンと指を鳴らすと、カウンターの奥から巻貝みたいな白いドレスを纏う若い美女達がやってきた。左右一対、双子のように似通った顔立ちの二人組はそれぞれプラスチックのコンテナケースを積んだ、小さな車輪のついた手押し車を押している。


「諸々、差し押さえていたコレクションについては一通り揃っているはずだ。欠品に傷や汚れ、諸々トラブルがないか確かめておくれ」


 パッと顔を輝かせ、Mスコープは待ちきれずにプラスチックケースへ飛び付いて蓋を開けていく。フレイ(ア)としてはやや呆れたように、


「半ば賞金首に近い状況で、わざわざ大衆に顔をさらすリスクを冒してクイズ番組に出てまで稼いだ大金だろう? あれを全部買い戻すには差し押さえ時の二割以上高くついたはずだ。そこまでしてスキルも何もない……ええと、フィギュアだの缶バッジだのを取り戻す事に意味はあったのかい?」


「そんな事言って、他の客には流れないようにロックをかけておいてくれたんでしょう?」


「流石に専門外の商品でね、バラ売りしても全部はけるか自信がなかった。どんな手を使っても必ず一式買い戻してくれるなら、手数料込みでこちらにとってはただの得する話だ。それだけだよ」


 うっすらと笑って、金髪の優男はガラスのカウンターに硬いものを置いた。


 オモチャのように小さなサブマシンガンとSUVを操る車のキーだ。


「お帰り、Mスコープ君。マネー(ゲーム)マスターへ」


「……、」


 Mスコープの持ち物が全て返ってきたという事は、全盛期に愛用していた銃や車も戻ってきた訳だ。これはレベルや経験値で管理されている訳ではないこのゲームの中では、非常に大きな意味を持つ。最強モード、復活。有力ディーラー当時の『力』である。こいつさえあれば、億単位の仕手戦も刃向かう対立ディーラーの処刑も思うがままだ。


 しかし。


 猫背にリュックの少年は、まだ手に取らなかった。


 じっと金髪の優男を見据えて、そして提案する。


「……力を貸してほしいんです、フレイ(ア)」


「それは質屋の客としての話かい? それとも対等なビジネスパートナーとして?」


「チタンにハザード、それからザウルスも……。他のみんなを助けたい。だけどぼく一人で成し遂げられるかは分からない。誰かの後ろ盾が欲しい。仕手戦、銃撃戦、カーチェイス。ぼくの力を全部貸します。あなたの部下にでも奴隷にでもすれば良い。だから、彼らを助ける力を借り受ける事はできませんか」


「なるほど結構」


 その笑みが、酷薄なものに変貌した。


 単なる客商売の外にある表情だ。


「……しかしもう分かっていると思うが、わたしにとっては恋と愛が全てだ。他はどうだって良い。故に、わたしは基本的にカップル以外とは手を組まない。マギステルス相手の疑似恋愛もナシだ。フィクションにまみれてキャラクターグッズに埋もれているだけの君の手を、このわたしが安易に掴むとでも思っているのかな? 本物の駆け引きを知らない、いつでも自分に優しくしてくれる作り物マギステルスを手放せない半端な君の手を」


 ガチリという鈍い音があった。


 手品のようだった。


 いつの間にか、フレイ(ア)の手にはあまりにも巨大な、黒光りするリボルバー拳銃が握られていた。レイジングスタリオン。五〇口径ホロウポイント、四メートル大の人喰い虎すら一撃で殺す怪物マグナムである。人間相手であれば一瞬でバラバラ死体の出来上がりだ。


 この場合、彼(?)は自分で戦わない。


 むしろ太い銃身の方を手に取り、ハンマーのように掴んでいる。


 恋と愛にしか興味のないフレイアは、戦闘や金稼ぎなんてに自分の手を使わない。フレイ(ア)はあくまでも猟犬を放つだけだ。何気なく差し出したグリップを傍らに侍らせた赤紫の粘液状マギステルス・ブリュンヒルデの小さな手が掴んだ瞬間に終わりは訪れる。


「答えはノーだ、少なくとも今の君には魅力を一切感じない」


 吐き捨てるように。


 それでいて、内気な少年の衣服を透かしてカラダを舐め回すように眺めて。


「恋を知りたまえ、そいつを愛に変えるんだ。そうだな、もしも君がフリーのまま『財宝ヤドカリ』の一員になりたいと言うのなら、わたしの愛人になるしかない」


 ここで彼(?)は、相手に合わせてグラマラスな美人になど変化しない。


 あくまで己の欲望、我を通したまま純白の優男(?)は嘲笑う。


「自分でやらないのならこちらで全部手解きしてしまうが、それで構わないか? ほら、遠足の班分けで余った子を引き取るようにさ」


「……、」


 わずかに、だ。


 ヂリッ!! と、Mスコープの全身から、得体の知れない火薬のような空気が滲み出た。


 かえってフレイ(ア)は陽気に笑みの質を変えた。


 マグナムを軽く上げ、手を伸ばしてきたブリュンヒルデから破滅のグリップを遠ざける。


 質屋の王は肩の力を抜いていた。


「良かったよ、反抗心が残っているようで。恋も愛もない性行為なんぞ畜生のやる繁殖だ。ここで頷くようなら適当に空手形を振り出して抱いて捨てていた」


「……幻滅したって抱く事は変わらないんですか」


「条件を提示しよう」


 呆れ果てたようなMスコープに、ガラスのカウンターから身を乗り出すようにしてフレイ(ア)は本題を突き付けてきた。


 価値観なんて人それぞれだが、二人の力関係は明らかだ。今この時に限って、フレイ(ア)側が遠慮をする理由は一つもない。


「我々の力を借りたければ、この広い世界で意中の人を見つけ、そして告白しろ。成功しても良いし、今回に限っては失敗しても構わない。本物の駆け引きを体感するんだ。それを契約条件とさせてもらう」


「分かりましたよ……」


「くっくっ、恋は大変だぞ。銃を突き付けても金を積んでも思った通りにはいかない。絶対の攻略法なんかどこにもないからね。予想外を楽しむ心の動きを身につけたまえ。コントローラを投げるな。失敗を恐れて足踏みしたり、意のままにならないと言って頭に血が上るようでは先に進めないぞ」


「分かってます!! 銀魅ぎんみ、出ますよ。車に乗ってください!!」


 自前の雪女型マギステルスを呼びつけたディーラーは、二人でそれぞれ手押し車を押すと、そのまま店の前にある道路脇パーキングに停めてあるマシンへ向かったようだ。


 ひらひらと手を振って猫背の少年を見送るフレイ(ア)。


 入れ違いに別の客が入ってきた。


「あら珍しい。質屋グループ全体のオーナーが接客に出てくるなんて」


「いらっしゃいラプラシアン、面白い話があるよ。わたしと一つ賭けでもやってみないか? ウブな少年の告白が成功するか否か。ちなみにわたしは成功する方に一〇億積んでも構わない。いやあ今から素敵なコイバナが楽しみだなあ」


「……、」


「おや、ゲンが悪かったかな? 最近どこかで大負けでもしたのかい」


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