【Second Season】第六章 伝説と呼ばれた少年達 BGM#06”Dead Shot”.《003》
突然の暗闇。
しかし蘇芳カナメは動じない。スマホやモバイルウォッチのバックライトなんかに頼ったら狙い撃ちされるだけだ。この暗闇の中、今から暗視に対応したスキルのついている衣服に着替える暇もない。まずはソファから転げ落ちるようにして身を伏せて、すぐそこのテーブルの上をまさぐる。同じリビングのガラスが砕ける派手な音が響き渡った途端、そちらに向けて治療セットの中にあったメスを思い切り投げつけた。
「うっ!」
(アホか、派手に音鳴らしたら視界を塞いだ意味もないだろうに)
この程度では獅子の嗅覚すら反応しない。
暗闇の中で手を伸ばし、ツェリカとミドリの位置を確認する。ツェリカは四つん這いだったが、ミドリはまだ棒立ちのままらしい。姿勢で被弾率は如実に変わる。手を掴んでぐいぐい下に引っ張って指示出ししつつ、自殺行為同然のスマホを取り上げ、カナメは彼女の太股から護身用の小さな自動拳銃を借り受ける。
勝手知ったる自分の隠れ家なら大体の間取りは把握してある。正面玄関側からリビングに繋がるドアの辺りに狙いをつけ、ドアノブの回る音と共に二発撃ち込む。
パンパンという軽い銃声に紛れるようにして、カナメはツェリカに確認を取った。
「(ツェリカ。俺の銃は、『ショートスピア』はどこやった!?)」
「(ガレージっ。クーペのダッシュボードの中に畳んで詰め込んだままじゃ!)」
カナメは手探りでいくつか並べてあった洗剤の中から四角い箱型の容器を掴み取った。血痕の染み抜きもできる強力な粉末洗剤。蓋を開けてばら撒けば、煙幕のようにやや青みがかった白い粉が広がっていく。はずだ。
「(敵は最初に窓を割った)」
「(暗闇を作る側が、わざわざカーテンを取り除いて外からの月光を取り込んだじゃと?)」
「(微細であっても光が必要って事さ。超音波や赤外線なんかの機材じゃない、おそらく『ナイトビジョン』辺りのスキルだ。普通に光を増幅して像を結ぶ)」
元々こっちは見えない。
密閉された屋内で煙幕を広げても、困るのは暗闇で視界を確保している襲撃者側だけだ。装備を揃えれば誰でも使えるスキルは便利だが、万能ではない。頼り過ぎれば足をすくわれる。連中が用意した手札が『視界の確保』だけなら、ここでおしまいだ。
「(変に咳き込むなよミドリ、我慢だ)」
どさりという鈍い音があった。
互いの視界が封じられた中で、敵は釣り上げるやり方に方針転換したのか。しかしアドリブでは細部が甘く、あまりに分かりやすい。カナメがドアの横の壁に向けてもう一発撃ち込むと、壁抜きで今度こそ本物の絶叫が響き渡った。
一瞬のマズルフラッシュも、頭に風景を刻み付けるには大事なヒントとなる。
(まともな訓練も受けていない独学か。常夏市なら街の中にも射撃演習場はあるし、郊外には物好きなサバイバルスクールもあるっていうのに……。それでいて、ある程度の組織化はしているとなると)
現実に存在するのかは知らない。しかし少なくともゲーム世界ではある意味定番となる職業がある。
手探りで見つけたビーズクッションを掴むと、大雑把に敵のいそうな場所にあたりをつけて放り投げ、自分から銃撃を叩き込む。破けて辺り一面に細かいプラスチックが撒き散らされると状況が変わってきた。足で踏む細かい音が隠せなくなるのだ。
目で見ようが耳で聞こうが、位置情報さえ分かれば問題ない。カナメは襲撃犯の一人を正確に撃ち抜く。
「(間もなく二分じゃ。非常電源が動くぞ!!)」
ガンッ!! と。
こめかみに鈍い痛みが走るくらい眩い照明が闇を拭ったタイミングで、カナメは無防備に全身をさらした刺客の顔に一発、引き金を引く。
そして気づく。
「……何だ。今ので終わりか。ガレージまで行く必要もなかったな」
「うえっ、げほ。とにかく換気しろっ。おい旦那様、あっちもこっちも血と死体と弾痕に粉末洗剤だらけじゃが、こりゃあ朝まで大掃除になるかのう? フォールした死体は数分で消えるにしても血の匂いは残るし、威力の高過ぎる粉末洗剤を早く何とかせんと床が傷つくっ!」
「さ、俺はログアウトして宿題やらないと」
おいってぇー!! とツェリカが結構ガチの涙目になっていたが、ミドリはそれどころではなかった。
「何なのこいつら……? 勝手に狙いを定める『オートエイム』、気配を消す『シークレット』、それに暗闇対策の『ナイトビジョン』。か、完全に忍び込んでの殺傷力最優先。相手を苦しめて殺す事しか考えていないコーディネートじゃない」
唖然とした声色であった。
ゲームの中だというのに小さく震え上がりながら、
「そりゃマネー(ゲーム)マスターは何でもアリだけど、普通家まで押し入ったりする?」
「ミドリ、こいつらは何で覆面なんかしてると思う」
「えっ、そりゃ悪い事してるんだから……」
「マネー(ゲーム)マスターはバーチャルだぞ。人を殺しても警察に捕まる訳じゃない」
「……あれ?」
ミドリが首を傾げてしまった。
カナメは一応外の様子に気を配りつつ、
「一方で、マネー(ゲーム)マスターじゃ死人に口なしは使えない。射殺してもフォール扱い、二四時間の強制ログアウトに入るだけだからな。ゲームから弾かれた直後に、一般の掲示板か動画サイトで暴露すれば情報は拡散してしまう」
単純に殺してもコンティニューされる。まさにゲーム限定の脅威だ。
カナメだって、ストロベリーガーターのリアル世界での連絡先が分かっていたら素直にそっちから『リスト』を読み解く乱数表を手に入れようとしたはずだ。
もちろん同じ内容でも発言力の大小で情報の拡散度合は変わってくる。フォールして借金地獄に陥ってしまうと、やっかみと勘違いされて封殺されてしまう事もあるのだが。
「そうか、でもそうよね……。犯罪の証拠を集めるよりそっちの方が簡単じゃない」
「つまり、襲撃者が一番恐れるのは、自分が殺した被害者そのものの目線なんだ。大前提としてここをどうにかしない限り、追及の手はかわせない」
「……逆に言えば、変装なんかでよそのディーラーの犯行に見せかける事もできるがの。マネー(ゲーム)マスターにおいて、怒りに染まった被害者が視野狭窄に陥るほど厄介な話はない」
「どいつもこいつも腕は大した事はなかったけど、最低限のマナーは知ってる集団らしい」
ため息を一つ。
『ヤツ』は個人で絶大な戦闘能力を持つ災害のようなディーラーだが、あの戦闘狂が直接出てこないのは何故か。正直に言って思考回路そのものが全く理解不能な怪物ではあるが、無理に合理性で考えてみようとカナメは努める。
ヤツがカナメ達について知っているのは、妹の退会時点までの情報を知るシンディから無理矢理聞き出したからだろう。
だとすると、
(……それ以降の『空白の時間』を情報的に埋めていくのが狙いか。俺達が他にも『遺産』を隠し持っていないか、反応を窺うため?)
あんな野郎にまともな交友関係があるとは思えない。
考えられるのは、
「つまり金で雇われた殺し屋ってところかな。……誰が放った刺客かは、わざわざ口に出すまでもないとは思うけど」
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