【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《012》


(……ま、だ……)


 ぐらりとカナメの体が揺れる。


 後ろを振り返れないまま、前のめりに倒れていく。


(まだしねない、フォールできない……)


 すでに獅子の嗅覚は反応しない。


 撃たれる撃たれないという次元の、その先まで状況が悪化してしまったからか。


 かえってじんわりと感覚が麻痺していくようだった。


 ここにいるのはカナメだけではない。ツェリカはどうなる? 銃声を聞きつけてきたらミドリもやってくるかもしれない。そうなったらどうなる。ヤツは、あの男は絶対に容赦をしない。


 倒れる前に。


 意識を失ってしまう前に。


 せめて。


「あっ、が、ぅあ……ッ!!」


 最後の力を振り絞り、そして短距離狙撃銃の『ショートスピア』を掴み取る。


 そして撃つ。


 重ねて言うが、後ろを振り返る余裕はない。


 だから、真後ろの襲撃者ではなく。


 全然関係のないコンビナートの建物へ。AI制御のPMCどもの気を引くように。


 無音の弾丸は、しかしプロパンガスのボンベを派手に吹っ飛ばした。


 これで蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。


「こんなもんで俺を止められるとでも思ってんのか?」


 ジャカッ!! という金属音があった。


 ヤツの首回りにあるウェアラブルスピーカーから漏れ出るハードロックが、さらに勢いを増していく。


 アスファルトの上に倒れ込んだカナメは、ごろりと転がってようやく体勢を変えた。


 細身だが引き締まった筋肉を持つ男は、カナメとは全く種類の違う人間だった。戦う事それだけに特化した肉体。他の全てを骨格レベルで切り捨ててしまった凶暴なモンスター。南米系のギャング辺りを参考にしているのか、熱帯夜の常夏市でも十分に着こなせる通気性重視のスーツを纏っている。AI制御のマギステルスよりも、よっぽど人間離れしたバケモノだ。


 やたらとマガジンの長い二丁拳銃があった。


 しかも銃身の下部には、拳銃そのものよりも巨大なグレネード砲がアタッチメントで取り付けられていた。


 そして。


 そして。


 そして。




 その男を中心に、破壊の嵐が巻き起こる。




 それは銃撃とも、格闘とも、舞踊とも違った。


 戦えば戦うだけ損をすると言われるほどの高火力高耐久のPMCどもがどれだけ集まってきても、ヤツは遮蔽物に隠れすらしない。ステップを踏み、回って、腰をひねり、そして引き金を引くたびに次々と赤い血が飛び散っていく。


 ウェアラブルスピーカーのハードロックへ身を任せた、この男にしかできない独学。


 拳銃にグレネード。


 たった一人で二つの銃と二つの砲を同時に操る、二本腕の上限を超えた本物の怪物。両手の一〇本指で短距離狙撃銃一丁を精密に取り扱うカナメとは、あまりにもスタイルが違い過ぎる。


 AI社会の脅威にマギステルスの『総意』。


 そんなものとはまた違った領域にいる、生きている人間が放つ恐怖の源泉。


 極限の我流を前に、赤黒い穴だけが増えていった。


 AI制御の傭兵達が命を惜しむように八輪の装甲車の裏に身を隠せば放物線を描くグレネード砲を車体上部へ落として爆破させ、慌てて飛び出してきたPMCどもも徹底的に鉛弾で刈り取っていく。


 死角がない。


 倒すどころか、生き残る術さえ思いつかない。


 マネー(ゲーム)マスターは四つの力を再現しただけの、物理世界のシミュレータ。……ではなかったのか。もしもそうなら、この男の動きは何だ!? スキルも『遺産』も使わずに、こんな事ができるのかッ!!


「旦那様!!」


 マギステルスのツェリカがミントグリーンのクーペの扉を開けて、飛び出してきた。ネズミ花火のように回転しながら墜落してくる攻撃ヘリの真下をかい潜るようにして。身を低くしたまま走る。冗談抜きに、たった数メートルだけでも命懸けだったはずだ。倒れたカナメの腕を取り、己の肩を貸すようにして、無理矢理にでも起き上がらせる。


 痛覚信号の振幅に上限を設けて強制的に痛みを半減させるスキル『レデュースペイン』などもあるにはあるが、今はネクタイ一つ縛り直すだけの余裕すらない。


「逃げるぞ……。本当の本当にアレがブラッディダンサー本人なら、わらわ達が束になっても敵うはずもない。あれはリアルの領域を軽く飛び越えた、ゲームの中でしか生きられない怪物。旦那様のコールドゲームを壊滅に追い込んだ。そういう種類で合致した天敵なのじゃ!!」


「……、」


 しかしカナメは短距離狙撃銃を片手だけで突き付けていた。


 無謀、ではない。


 瞬く間にPMCの大軍勢を始末した二丁拳銃の悪魔もまた、こちらに向けて銃口をビタリと向けていたのだ。


「遊ぶなら本気だろ。命くらい投げちまえよ」


「……、」


「右と左、どっちで撃たれたい。何なら鉛弾と擲弾も選んでもらって構わねえぞ」


「そうかよ……」


 カナメはうっすらと笑って、そして親指で示した。


 コンビナートの中ではなく、外。


 暗い海を。


「だが警戒レベルにはちょっと気を配った方が良かったんじゃないか? 兵隊はダメだった、装甲車もヘリもダメだった。全部呼び水だよ。お前が勝ち続ける限りPMC側のレベルは上がり続けるんだ、次は何が来ると思う?」


 薄手のスーツを纏う男は、わずかに視線を振った。


 そこで小さく笑った。


 ジャカジャカジャカジャカ!! と乱暴なハードロックを首回りのウェアラブルスピーカーから響かせながら、ヤツはこう言ったのだ。




「そうでなくちゃ」




 AI制御のフリゲート艦。


 そして容赦のない艦砲射撃が次々と着弾し、港湾ブロックを爆炎で包み込んだ。




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