【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《011》
『ミドリ>仕留めた!?』
『カナメ>確かに、ガントリークレーンの辺りで炸裂した。でも起爆高度が設定よりも大分高い!!』
つい最近まで迫撃砲がどんなものかも知らなかった割に、ミドリの操作は正確だ。宣言通り、動画サイトでも観て勉強してくれたんだろうか。『#落雷.err』の回収はミドリに任せ、今まで囮役に徹していたカナメは先行してアクセルペダルを強く踏み込む。
「撃ち落とせるなんて話は聞いてないぞ……。設定した標的以外のどんな障害物も透過するんじゃなかったのか!」
「十分な反復試験もできておらん中、予測で何もかも語るのは良くないぞ。それにしてもすり抜けは地形効果限定、か。たまたま引き当てたのか、あるいはわらわ達より『遺産』に詳しかったのか」
「っ」
仕留めきれなかった以上は、直接出向いてケリをつけるしかない。
とはいえ、目的が乱数表である以上は完全に殺してしまって良いものでもないが。
そもそもカナメ達の目的は、『遺産』を効率良く回収するための『リスト』と、手書きのくせにしっかり暗号化されたルーズリーフを読み解くための乱数表だった。
『遺産』を持っているからと言って、必ずしも『リスト』に頼っているとは限らない。
何があっても極限動画と雌雄を決さないといけない訳ではない。
むしろ、そう思い込ませる事が重要だった。
「……しっかし向こうの連中、よくもまあこんな怪しい話を引き受けたもんじゃのう」
「彼らは元々殺人スタントで視聴数を稼いできたんだ。必要な額を払えばきちんと死んだふりの演技くらいしてくれるさ」
分かっていても、フロントガラスに亀裂が走って運転席が真っ赤に染まった時はカナメも心臓に悪い想いをしたものだ。そもそも危険を伝える獅子の嗅覚がずっと騙されっ放しで誤作動を繰り返すなんて、初めての経験でもあった。
(まあ、それを言ったらそもそもバーチャルのマネー(ゲーム)マスターそのものに反応している時点で誤作動なのかもしれないけど)
肌の血糊に、ガラスには小さなリモート式の爆薬。
全身に炭化水素のジェルを塗って火だるまから身を守り、車ごと海に落ちてもヘアスプレー大の小型ボンベを口に装着する。
理屈を話せばそれまでなのだが、前提が間違っているような、ぐにゃぐにゃした感覚に包まれていた。極限動画。やっている事は最悪だが、確かに腕は一流だ。
クリア方法が分かっていても、リアル世界では各種法律やコンプライアンスが邪魔をして絶対に許可の下りないド派手なスタント。
本当の本当にギリギリの立ち位置。
連中はそのためにマネー(ゲーム)マスターに飛び込み、実際に思う存分やっているのだし。
「依頼かのう。替えの効かない『遺産』を手放す事になってでも?」
「殺人、スタントだ。ギリギリの一線に立ってプロの仕事をしているんだから、その先まで足を進めて踏み外そうとは考えないだろ」
「本当の敵を炙り出すために、お互いフォールしても文句なし? 実弾使って本気で撃ち合えなんて話を持ち出しても???」
「それでもだ。『遺産』は破格だけど、多くの敵を作って常に争奪戦に巻き込まれる。安全確実にスタントしてプロの報酬を受け取りたい側からすれば、たまたま拾ってしまった『#落雷.err』は疫病神以外の何物でもなかったはずだ」
だから、クイズプラチナビリオンの件が始まる前に、カナメは極限動画にメッセージを送信して共同作戦を提案していたのだ。
本当の敵を炙り出すために協力しろ。
そうすれば既定の報酬を支払うし、危険な『遺産』も引き取ってやる、と。
向こうも分かりやすい判断材料が欲しいだろうから、謎の狙撃手に仕留められたストロベリーガーターの写真画像も添付しておいた。
『マザールーズ>どうでしょう? お役に立てたかしら、坊や。「リスト」も乱数表も期待外れで申し訳なかったわね』
『カナメ>いいや、想像以上だった。多分釣り上げた「本当の敵」は、写本にしても断章にしても、読み解くための乱数表を持ってるはずだ。クリミナルAOが、誰かと秘密を共有したいと願ってしまった結果の、弱さの産物……。とにかく口座には後金を振り込んでおく。チップにはイロをつけておくよ』
『マザールーズ>本当はお金なんてどうでも良いんです。カナメ、あなたに頼ってもらって嬉しいですわ。うふふ、一度でもこの私にすがりついたディーラーがどうなるかは分かっていますわよね?』
『カナメ>俺達はお小遣い制なんて望んでないよ』
『マザールーズ>ダメですよ、子供だけで大金を持つなんて危ないですわ。強大な力を抱えているからこそ、きちんとオトナが面倒を見てあげませんと。その上で言いましょう。欲しいものは、全部あげます。私の管理下でね』
「……、」
カナメは少し黙った。
『マザールーズ>あら。うるせえクソババア、でも良いんですのよ? そういう青い反抗心もそれはそれでゾクゾクしちゃうもの。コールドゲームの時は弾かれてしまいましたけれど、今度はそうじゃありません。その指先は糸に触れ、カラダは巣に捕らわれた。後は早いか遅いかでしかありません。あなたが私の胸に飛び込んでくる時を、お味噌汁でも作りながらのんびり待っていますからね、坊や。道を踏み外して路頭に迷ったら、いつでもこちらへ来なさい。あなたのホームは、ここにある。うふふふふふふふふふ』
「マザコン量産装置め……糸を引いておるわ……」
その色香で人を堕落させる悪魔のはずのツェリカでさえ顔をしかめていた。種類の違う誘惑は分かり合えないのかもしれない。
ともあれ、これで極限動画の出番は終わった。
本題に入ろう。
「……リヴァイアサンズの時、ヤツは『リスト』を読み解く乱数表に繋がる線……つまり実際にルーズリーフの暗号文を読めるストロベリーガーターを消しただけで満足して立ち去った。目の前に転がってる『#龍神.err』なんて見向きもせずに」
ここで逃がす訳にはいかない。
演技が通じるのは無警戒の初見だけだ。同じ手が二回も三回も通じるとは思えない。
「どこの誰だか知らないが、かなり余裕がある。多くの『遺産』を持っているだろうし、おそらくコピーでもした『リスト』や、暗号を読み解くための乱数表も手元にあるはずだ。自分達で情報を独占しておきたいから、他の持ち主を殺して回っている」
こいつを炙り出す。
これがカナメの本当の目的だった。『リスト』を読み解くための乱数表もここから手に入れる。そのためにはミドリさえも騙した。謎の黒幕が、衛星、盗聴器、集音マイク、どんな手を使ってこちらの情報を集めているか分からないからだ。
タカマサ本人からすれば、乱数表は必要のないものだった。
それでも誰かと秘密を共有したいと願ってしまい、形として残った乱数表。心の弱さが生み出したリスクかもしれないけど、でも、誰にも笑わせたりはしない。
古き友の想いの欠片を弄び、『遺産』で尊厳に泥を塗る。本人のいない所で好き勝手やって、その罪だけを押し付けていく。そもそも『遺産』さえなければ、こんな風にはならなかったと。
そういった真似は、もう許さない。
「……ふざけやがって。ガトリング銃は後回し、回収者の俺達を皆殺しにすれば『遺産』の数は帳尻が合うとでも考えているのか」
クイズ番組開始から終了まで三時間、一周ごとに細かくコースを変えながら延々とコンビナートを走り回るのも酷だ。極限動画の連中とは裏で繋がっていても、AI企業のPMC部隊は普通に実弾で攻撃してくる。危険な耐久レースを続けてきたのも、全ては実地で走り回ってドライブレコーダーで詳細な地形情報を蒐集していくのが目的だった。スナイパーが陣取るならどこになるか、それをツェリカに演算させるために。
カナメのクーペは工場エリアを抜けて、海沿いの直線へ飛び出す。ガントリークレーンの根元。そこに黒い胴長の車が停めてあった。
体当たりして動きを封じる必要はなかった。
その屋根は大きくへこみ、長い黒髪の少女が仰向けで身を沈めていたのだ。車をクッションにしていなければ、問答無用で即死だったかもしれない。
迫撃砲『#落雷.err』。
空中で撃ち落としたものの、その爆風に煽られてクレーンから落ちたのか。
「動くな!」
間近にクーペを停めて、カナメは運転席から降りる。
短距離狙撃銃を構えてゆっくりと近づいていく。撃ち合いの場面においては、自分から車を降りて移動力と装甲を同時に手放すのはやはり緊張する。
言うまでもなく、車から降りて狙撃手を回収するのは危険な行為だった。車の窓から安全に銃口を向けて撃ち殺し、フォールさせてしまう手もある。ただしそれではこいつの背後は見えないし、暗号化されたルーズリーフ、全ての『遺産』の情報を網羅した『リスト』を読み解くための乱数表に関する情報も手に入らない。
そして。
自分の車を潰して九死に一生を得た少女の顔を改めて眺め、カナメは眉をひそめた。
「な……」
長い黒髪にメガネの少女。
狙撃専門。
扱う車もまた、カラーリングは黒。全体のシルエットは長い。
「……、どうして。どうしてあんたがここに……?」
一瞬、自分の手で撃ち殺した少女を思い出す。
しかし違った。
これは、リリィキスカ=スイートメアではなかった。
何しろ褐色の肌に先の尖った耳を不規則に揺らす少女は、そもそも人間ですらなかったのだから。フィギュアスケートのようなスカート付きのレオタードで身を包んでいるのは、ダークエルフと呼ばれる全く別個の存在だ。
「マギス、テルス……」
呆然と。
もはや、尋ねるしかなかった。
「マギステルスの、シンディ?」
「ちょっと待て、そいつは退会したはずの旦那様の妹、アヤメのマギステルスじゃろう? わらわ達は旦那様達の銀行口座に似た枠に収まるのじゃ。つまりゲーム内で撃たれて一時的にダウンしたり、ディーラーがログインをやめて延々放置されるのとは扱いが違う。何故ここに、その姿で立っていられる!?」
息も絶え絶えといった感じだった。
それでも仰向けに倒れたまま、潰れたステーションワゴンの屋根の上でシンディは囁いた。
「……おひさしぶりです、かなめさま」
「一人でこんな事をしていた? マギステルスの『総意』とやらに操られて? いいや違う、絶対にペアで動いていた人間のディーラーがいるはずだ。どうして妹のマギステルスをそのまま使える? そいつは一体どこにいる!?」
起き上がる事もできないまま、ゆっくりと彼女の目はこちらを見た。
いいや違う。
妖しい唇が、動く。
声はないが、その連なりから類推すると。
そ・こ・に・い・ま・す。
ガチリ、という小さな金属音があった。
拳銃のハンマーか。カナメの後ろから、彼の背中を狙うように。絶対に外さないが、かと言って振り返っても手が届かない程度の距離。つまりチェックメイトだ、手の打ちようがない。
明確に命を握られ、しかしカナメにはまだ信じられなかった。単純に背後を取られるのもそうだが、すぐ近くにミントグリーンのクーペがあり、助手席にはツェリカがいるのだ。カナメの背後から近づいたとしたら、ツェリカが見ていないはずがない。
ジャカジャカジャカジャカ、と。
今さらのように派手なハードロックが響く。イヤホンから漏れているよりも、強い。おそらく首回りにでも装着するウェアラブルスピーカーか何かだろう。だが、あの派手な音。ますます現実味が遠のいた。本当にあれを鳴らしながら、カナメの背後を取ったとでも言うのか!?
獅子の嗅覚すら、効かない。
しかし、これはスキルではない。そんなものは一つも使っていない。
そうだ。
かつてコールドゲームと呼ばれた伝説のチームを率いていたカナメやツェリカの目すら欺く存在と言えば。
「……よおカナメ、お久しぶりだぜ」
ざらりと錆びついた男の声だった。
それを耳にしただけで、蘇芳カナメの背筋が不気味な震えを発した。
知っている。
少年はこの声を知っている。
コールドゲームの伝説をなぞるとすれば、そのチームの終わりも考えなくてはならない。人為的に引き起こされそうになったスイス恐慌を食い止めるため、カナメ達は必死になって抵抗した。計画そのものは阻止できたが、その報復としてカナメと妹は廃墟に追い詰められ、フォール寸前まで陥ったはずだった。
「知ってるぜ、無辜の管理者。あのメスガキ、せっかく面白い性質を持ってんのに退会なんぞして逃げ切ったつもりなのかよ。一番近くでその言動を見聞きしてきたマギステルスだって、色んな情報を共有しているはずだ。黙って常夏市の外へ弾き出すのは惜しい。いらないなら使ってやっても構わねえだろ?」
とっさにタカマサが助けに来てくれなければ。
彼が、身を挺して妹を守ってくれなければ。
でも。
そもそも、それを起こしたのは誰だったのか?
「このマギステルスをちょいと搾ってやったら、出るわ出るわ。面白れえよな、あいつの話。どうやらほんとにイカレまくっているらしい、この世界ってのはさ」
くつくつと、だ。
同じ人間とも思いたくない声が、ゆるゆると続く。
「『遺産』を全て集めりゃ人間がAIに反抗できる? んなもん知ったこっちゃねえ。俺は、全部分かった上で、向こうにつくぜ。『遺産』、『リスト』、乱数表? そんな面倒臭せえもんは集めてマギステルスどもに放り投げる。人間の勝利なんかいらねえ、ハッハ! 俺は俺がハッピーになれりゃあそれで良いんだからよ!!」
ディーラー名、ブラッディダンサー。
仕手戦もカーチェイスも興味がない。純粋な銃撃戦専門の戦争屋。
「寄越せ、邪魔臭せえもん全部! 抱え込んでんじゃあねえよ。ゲームの楽しみを阻害してんじゃあねえよ、なあおい!!」
だけどたったそれだけで、その一点突破で、カナメ達のコールドゲームをも上回る超一流の座をほしいままにする、頂点の中の頂点。
そもそも『遺産』に頼らない。
そんなものなくとも、ヤツは凶悪にして凶暴。悪い意味での最強の座を独占している。
だから気兼ねなく捨てられるのか。
「……さ、ま」
頭が灼熱で埋まる。
平素の彼ではありえないほどの激情に支配されてしまう。
こいつさえ。
ブラッディダンサーさえいなければ。
今だって、みんな揃って笑っていたはずなのに。
「貴様……!!」
クレバーに立ち回ってチャンスを待つ、なんて事は考えなかった。
腐っても超一流。コールドゲームを処刑した本物の戦闘狂。そんなチャンスがあるとも思えなかったし、何よりカナメ自身が許せなかった。
「きひ。ききひ、テメェじゃ勝てねえよ」
しかし。
しかし、だ。
現実は無情だった。
「だから前の時も全部失ったんだろうが。なあカナメ」
容赦なく、であった。
ズドンという銃声と共に、背中に重たい衝撃があった。
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