【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《009》
ガチリという小さな金属音があった。
その狙撃手はコンビナート一帯を見渡せる高所を陣取っていた。
海沿い、港湾ブロックにある鉄塔のようなガントリークレーンの一つだ。
第二コンビナートではAI企業の工場は私有地だが、道路などは複数企業が平等に使えるよう公道扱いされていた。そのロジックで考えれば、港の施設もまた共用の交通機関だ。身を乗り上げても、特定AI企業のPMC部隊が押し寄せる事はないと推測できる。
「……ふう」
小分けされたハシゴを何段階かよじ上り、その少女はそっと息を吐いた。
都合、四階か五階分は上がっただろうか。
一通り組み立てた自前の狙撃銃に、万が一接近を許した時のために支給されたアサルトライフル。メイン級の得物を二つも背負ったままだと、こんなのでも重労働だ。
長い黒髪に、メガネ。
少女は元々スナイパー方向に尖っていた。ストロベリーガーターの時は準備に手間取ってアサルトライフルベースの曲芸に頼る羽目になったが、本来得意とするボルトアクションの狙撃銃を手に取れば九〇〇メートルの距離からでも移動目標を正確に射抜く腕を持つ。地べたの連中が目の前の敵だけを追い駆けている状況なら確実だ。狙った標的だけを確実に仕留められる。
相棒たるスポッターはいらない。
スキルも不要。
金属製の手すりを使って銃身を固定する。音もなく、シーソーのように、下界へ向けて銃口を向けていく。
(……『遺産』単品よりも、まず『リスト』。あれを正しく使える者に渡してはならない、と)
ミントグリーンのクーペに赤い紅葉柄の大型レーシングバイク。同じトレードマークで飾った極限動画の車やバイクの群れ。AI企業施設を守るPMC部隊の黒塗り防弾車。
様々な勢力がコンビナートを走っているが、少女の狙いは主に極限動画だった。リヴァイアサンズの時より残党の数は多いが、掃討は難しくない。一発一発コッキングレバーを引いて次弾を装填しなくてはならないボルトアクションでも、彼女の腕なら二秒に一人の間隔で順番に撃ってガントリークレーンから立ち去る事は十分に可能だろう。マザールーズの防御力は驚異的だが、正面以外から撃てばチャンスはある。最初に狙うか、仲間を撃って右往左往させるかは迷いどころではあるが。
しかし、だ。
束の間、長い黒髪にメガネの少女はいつでも殺せる七面鳥の群れからよそへ銃口を向けた。
「……、」
ミントグリーンのクーペ。
蘇芳カナメ。
意味のある行為ではなかった。なのに重大な情報がもたらされた。
ビタリと。
少年の瞳が、真っ直ぐこちらを見据えていたのだ。
「っ!?」
思わずメガネの少女は大仰なスコープから目を離し、ガントリークレーンの上で呻き声を上げていた。
「なに、が……気取られているですって……?」
唖然とするが、高所を陣取る少女の優位性は揺るがないはずだ。カナメの持つ短距離狙撃銃ではここまで届かない。彼の見ている前で極限動画の関係者を一人一人撃ち抜いてから、悠々と立ち去っても普通に間に合う。
しかし。
そこで、だ。
シュコンッッッ!! という、スパークリングワインのコルクを抜くのに似た音がメガネの少女の鼓膜を打った。
迫撃砲。
それなら三〇〇〇メートル先の標的でも吹き飛ばせる。
ここまで、届く。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
思考が空白に染まる。
そんな場合ではなかった。
一発一発正確に狙い撃つため、ブレを防止する意味でも銃全体をわざと重たく調整した狙撃銃ではダメだ。今は軽い弾幕が欲しい。脇に放り捨て、音もなく刺客に接近された場合に備えていた別の武器に持ち替える。
つまり、支給されたアサルトライフルを。
銃口を真上に跳ね上げる。幸い、爆発物の弾道はシンプルで速度も遅い。大きく放物線を描く野球の遠投くらいの感覚なので、鳥を撃つ腕があれば対処できる。己の指先と神経に任せてアサルトライフルをフルに使えば、空中を飛ぶ異物を撃ち落とす事にも手が届くはず。
生き残るために必要な行動は一つ。
互いの攻撃が真っ向からぶつかり、そして空中で爆風と破片の雨が撒き散らされた。
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