【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《008》


『折り返しの五〇問目はリスクレディさんがゲットしました! 最下位なので一気に一〇点獲得、まとめて五位までごぼう抜きですっ!』


 時刻は夜の八時半。


 司会の女はきっちりペースを守って番組進行しているようだ。


『ミスによる脱落はここまでで二人。今回はかなりの健闘ですね。このまま後半戦行きましょう! ジャンルの方はぁー……ざざん! 「二次元」ですっ!! 出ました、耐えた甲斐があった、ここから先はMスコープさんの独壇場かあー!?』


 基本は早押し、それも問題文を言い終える前に答えてしまうから相当の早回しになりそうなものだが、展開が早過ぎる場合は適宜メガネのバニーがフリートークや参加者いじりを挟み、自然な形で時間調整を施している。視聴者にとっては嬉しいサービスだが、クイズ一本に集中したい参加者からすれば緊張の糸がブレる危険な罠だ。


「列車のダイヤみたいじゃのう」


「車掌さんって需要あるのかな。制服系だけど」


「阿呆、旦那様の事じゃよ。わらわから焚きつけておいてアレじゃが、正確過ぎておっかない」


 カナメとミドリは基本的に追われる身だ。常に続く獅子の嗅覚を持て余しながら、広いコンビナート一帯をレーシングサーキットのようにぐるぐる回りつつ、クイズの山場へ差し掛かるたびに極限動画へ苛烈な攻撃を加えていった。ドライブレコーダーと連動して目線の数をカウントする対PMC用のメーターに目をやっても、フロントガラスの表示を見る限り相変わらず二ケタ単位の兵隊から睨まれたままだった。直接追い回され、射線が開き次第撃ち込まれる状態が続いている。


 完全に追い詰めず、適度に抜け道を作っておくのも忘れない。極限動画については殺しきれないくらいでちょうど良い。


『ミドリ>なんか追っ手のキレが悪くなってない? わざと隙を作ろうとしてるのかしら』


 心理戦で極限動画の連中が急激に疲弊してきたのだろうが、これについてカナメは説明しなかった。意識的か無意識かは関係ない、一発当たればおしまいの実戦の最中にミドリの警戒が解けてしまうのは非常に危うい。


 マザールーズの軽自動車も見えなくなっていた。


 とはいえあの依存とぬくもりの塊がそうそう簡単にグロッキーになるとは思えない。


 むしろ本人は後ろに下がって無線やチャットで甘く囁き続ける事に徹し、チーム全体の精神的な疲弊に対抗するように方針を変えたのかもしれない。


 だけど対症療法。


 どちらが押し切っているかは明白だ。


 極限動画のディーラー達は莫大なストレスに追い詰められ、心は擦り切れ、意識が朦朧となって、判断能力も鈍っている頃だ。


 もちろん具体的な数式やフローチャートがある訳ではないが、カナメは鼻の頭を走るチリチリした肌感覚に命を預けた。


『カナメ>ミドリ、「遺産」に注意。そろそろ連中が迫撃砲の「#落雷.err」を持ち出す頃だ!』


 黒ゴス調のフリルビキニの返事を目で追い駆ける余裕もなかった。




 シュコンッッッ!!!!!! と。




 遠方、工場の群れから響き渡ったその音は、スパークリングワインの栓を抜く音をさらに大きくしたものに似ていた。もはや文章の流れを組み立てる時間はない、必要な事だけぶつ切りで並べていく。


『カナメ>発射されたミドリ地図に印飛び込め!!』


「ツェリカもドライブレコーダーで重点記録頼む!!」


「やるがの、発射元を逆算できる保証などせんぞ!」


 迫撃砲『#落雷.err』。


 爆発物が間近に落ちて、それこそ稲光が太い木の幹を引き裂くような心臓に悪い轟音が鼓膜どころか全身を揺さぶってきた。


 とっさに小道へ逃げ込んだものの、今のはカナメ達を狙った訳ではないらしい。炸裂地点はもっと上だ。一発目は誤差修正用の試し撃ち……も兼ねているのか。どうやら工場の屋根から固定の重機関銃で狙ってくる、邪魔なPMC部隊から排除するつもりらしい。


 PMCからどれだけ追われているかを示すメーターは、次々と数字が減っていき、ウィンドウそのものが消えてしまった。視線を投げるべき人物が残らず消滅したのだ。


 だけど鼻の感覚はますます強くなる。


 難攻不落、倒すなんてもってのほか。無事に逃げ切れればその時点で勝ちとみなすPMCをまとめて力業で殲滅するほどの恐るべき敵が、ついに顔を出した。


 タカマサの。


 友の残滓を我が物顔で振り回して。


「ツェリカ!」


「音源ベースじゃが、射出元の方位は東、距離は概算で六〇〇。とはいえ具体的な座標までは不明、建物や障害物が多過ぎて見通しが悪い!!」


 ドガッ!! とまたもや爆発音があった。


 しかも迫撃砲にだけ注力していられない。こうしている今も後ろから極限動画の車は追ってきている。


 ハンドルを切り、クーペの尻を振って、ひとまず東へ方角を合わせながら、


「『遺産』のエフェクトについては? 弾道、飛距離、装填速度、命中精度、破壊力……。どこかに異様な特殊効果があるはずだ! 普通のスキルじゃ追い着けないほど異常な何かが!!」


「待てよ……待て待て。言われてみればPMCの即死状況が妙じゃ。所によっては土嚢を積んだり防盾で守りを固めておるのに、ああも見事に一発で銃座の四人をセットで全滅させられるものかえ?」


「じゃあ威力か」


「というより土嚢が動いておらん。爆風と破片は障害物をすり抜け、PMCの体を直接叩いておる!」


 黒髪ツインテールにもチャットで情報共有するも、


『ミドリ>どの辺がすごいの?』


『カナメ>障害物を透過って事は、頑丈な屋根の下に逃げても避けられない。こいつは戦艦や核シェルターの中にいる要人でも一撃で殺せる事になる』


「しかも身に着けた防弾ジャケットも障害物扱いで素通りだとすると、豪華な装備で全身固めても意味がなくなるしの。爆風ダメージに強い防御スキル『ボムプルーフ』辺りもおそらく反応せんぞ」


 つまり、こいつがあれば分厚いスキルの重ね掛けで守られたマザールーズを、真正面から一撃で殺せる事になってしまう。


 連中は矛と盾をどちらも隠し持っていた。あるいは自分に向けられるのが怖いから自分で管理するようになったのか。両者をぶつけた場合、攻撃力が勝ってしまう辺りはいかにも不謹慎で破滅的なマネー(ゲーム)マスターらしい。


『ミドリ>でもそれ、地面は?』


『カナメ>すり抜けないよう、打ち上げる前に起爆高度を決めておく必要があるかもしれないな。まず間違いなく、タカマサの野郎が作った取り返しのつかないバケモノ兵器だ!!』


 その程度では弱点とも言えない。狙い撃ちされたらカナメ達も逃げ切れない。


「……、」


「おいっ、旦那様?」


「所詮は六〇〇メートルだ、エンジンを噴かせば十数秒程度。それに大きく弧を描いて打ち上げる迫撃砲は間近まで接近されると死角になるはず……」


「具体的にどこから撃ってきとるかは分からんのじゃぞ! それは地べたかもしれんし、トラックの荷台にでも積んでおるのかもしれん。今から急行したって残っておるかどうか……ッ!!」


「そうじゃないツェリカ。『#落雷.err』の価値を考えろ」


「ああん? 物体透過、核シェルターに閉じこもった相手でも一撃必殺できる、防御不能の迫撃砲じゃろ。半径三キロ以内なら死のイカズチから逃れられん、まさしくチート級の超兵器じゃ!」


「いいや違うな」


 ぐんっ! とミントグリーンのクーペが一気に加速をつけていく。


「アレはそもそも替えの効かない『遺産』だ。最前線で活躍させたいが、万に一つも奪われたり壊されたりしてはならない。だから、極限動画は絶対安全なんていう、存在しないものを追い求める。そこに『#落雷.err』を据え付けようとする」


「そんなけったいな場所どこにある!?」


「けったいだから、分かってしまえば逆に目立つのさ。ツェリカ、一発目の着弾から東に六〇〇だ。その範囲内で指定のフレーズを検索。絶対ヒットする」


 カナメが魔法の言葉を囁くと、フロントガラスにガイドやマーカーが表示され、目の前いっぱいに広がる風景と重ね合わされた。


「ビンゴ」


 ディーラー、蘇芳カナメが笑みを浮かべた直後だった。




 ドガッシャアア!! と。派手な音を立ててクーペが強引に金属シャッターを突き破った。


 より正確には極限動画が実験ラボとして借りている、巨大な倉庫の出入口だ。




 ちょっとしたスーパーくらいの広さがある割に、物は少ない。中央を陣取っていたのは四人の若い男女だった。今さら驚いて『遺産』にしがみついても遅い。ここまで近づいてしまえば迫撃砲は機能しない。


『#落雷.err』を基準に右手側の二人をクーペで撥ね飛ばし、ハンドブレーキを目一杯引く。尻を振ってターンして残党の大型拳銃の銃撃を避けると、残った二人の内片方を窓から伸ばした短距離狙撃銃で始末する。判断基準は、若い男と若い女のどちらを残すか。後は気紛れだった。


 しかし何故だか鼻の痛みが消えない。


「ショックプルーフ! 鈍器や車対策の耐衝撃効果!!」


「っ」


 後から遅れてやってきた大型バイクのミドリが叫び、カナメは改めて短距離狙撃銃で『死体役』を念入りに撃ち直す。


 ヤツらは殺人スタントを生業とする極限動画。


 車に撥ねられたくらいでは死なないようスキルをセットしている、だったか。


「……もうこのマシン、中古屋の連中から呪いの商品扱いされかねんぞ、ドちくしょうが……」


 カナメは助手席からの呻きを適当に流しつつ、へたり込んだ最後の一人、カーゴパンツにビキニトップスの日焼け美人に銃口を向け、開いた窓から直接指示出しした。


「ミドリ! 『#落雷.err』を回収!!」


「分かったけど! なに、ここ? 建物の中!?」


 紅葉柄の大型バイクにまたがったまま停車し、片足を床につけたミドリへカナメは肉声で軽く説明しておく。


「あの迫撃砲は障害物をすり抜けるんだ。真上が塞がっていたって問題ない」


 そして普通に考えれば、建物=私有地に入った人間はAI企業のPMC部隊の手で蜂の巣にされるという図式があるのだ。極限動画の借りた倉庫やコンテナがある、という事前情報がなければ、地雷原で砂金を探すような自殺行為に挑戦しようとは誰も思わないだろう。


『#落雷.err』の回収が終わると、小さく両手を挙げたまま若い女がこちらを睨んでいた。


「……目的は『遺産』?」


「いいや、まだ続ける」


「アンタ……!!」


「いつまでも続けるぞ。お前達が奪ったものを全部返さない限りな。生き残っているみんなで頑張って思い出せ。自分達が何を盗んだのか。ノイローゼだのPTSDだので心が壊れちまう前に。『ストレスケア』のスキルでも値をゼロにはできないぞ。あるいは今こそマザールーズにすがるか? ヤツの手で哺乳瓶を口まで運んでもらえばやり過ごせる程度の重圧じゃ済まないと思うがな」


 ギャギャリ!! とタイヤを鳴らしてターンを決め、カナメは天体望遠鏡のような脚を畳んだ迫撃砲を背負ったミドリと共に倉庫を飛び出していく。


「ツェリカ、ちょっと目を離してた。クイズ番組の方は?」


「現在七〇問目を突破。ここにきて例のスーパーアンサーが暫定トップに浮上じゃ」


「へえ、幸せの絶頂じゃないか。良いタイミングだ、ここで『遺産』を盗まれてどん詰まりだと知れば激しい落差に心がついてこられなくなる」


「やれやれ。この旦那様ときたら、本当に狩る側の人間だのう」


 助手席のツェリカはシートに背中を預け、両手を頭の後ろへやっていた。相対的に大きな胸を張る格好になりながら、


「迫撃砲はミドリで良かったのかえ? 生身剥き出しのバイクに『遺産』じゃぞ」


「逆だろ、絶対壊しちゃまずいお宝を積んでいるんだ。迂闊に撃って転ばせる訳にもいかない。これであいつは安全地帯だよ。少なくとも、極限動画の連中からは」


「……となると」


「『遺産』は手に入った。後は『リスト』を読み解くための乱数表」


 極限動画の動きは止めた。とはいえ、コンビナートの仮想敵はAI企業を守るPMC部隊でもない。カナメは片手でハンドルを操りながら、前を見据えてこう断言した。




「リヴァイアサンズの時と状況が似てきた。妨害が入るならここだ。ようやっとの本番って事」




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