【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《005》



「……あの。『遺産』以前の話として、そもそも迫撃砲ってナニ?」




 艶やかな黒の長いツインテールに眩い肌。黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートの小柄な少女、霹靂ミドリはカチューシャの青薔薇を揺らすようにして首を傾げていた。


 女子中学生としては真っ当な質問だとカナメも思う。とてもではないが、リアルでお目にかかれるような代物ではない。


 半島金融街から離れた小島、マングローブ島にあるログハウス風の隠れ家だった。ミドリは人様のガレージから焼けるような砂の上に引っ張り出した、子供用のビニールプールにカラダを投げている。が、やはり小さすぎたのだろう。風船状の縁の所へソファみたいに背中を預け、それでも細い脚は丸いプールの反対側から飛び出してしまっていた。大きめの浮き輪にお尻をはめるよりはマシ、程度のものか。


 ちょっと一泳ぎしてきた、との事。


 海水浴場にあるような屋外シャワーの代わりとして、海水や砂を落とす真水が欲しかったようだ。同じ水着でも濡れると雰囲気が変わるらしく、耐水の布地はいつもよりも強く、きゅっと少女の肌に張り付いている印象がある。


 ……ちなみにすぐ傍の砂に防弾スキルの『バレットプルーフ』のついた暴徒鎮圧用の分厚い盾が突き刺してあるのは、実用というよりほとんどお守りのような感覚だった。いつ何時襲撃されるか分からないディーラー達としては、開けた場所でくつろぐためにはまず遮蔽物を欲しがる。マネー(ゲーム)マスターに限らず、銃を扱うゲーム全般にとって盾や物陰とは安全地帯、リラックスの象徴だった。小便器の底に投げ込まれた球体を溶かして形だけ整え直したような変なアロマに包まれるよりはよっぽど効果が見込める。


「平たく言えば、爆発物を手軽に遠くへ飛ばす兵器だ。ゲーム内のスタンダードは手榴弾くらいのサイズかな。映画とかで天体望遠鏡みたいな脚で斜めに立てた鉄パイプを地べたに置いて、先っぽから丸い砲弾を滑らせて入れるシーンは観た事はないか? 野球の遠投みたいな、大きく弧を描く曲射になるヤツ」


「うーん……」


 裸足の両足をぱたぱた、そのまま腕組みされてしまった。映画の趣味は合わないのか、言われてもあんまりピンとこないようだ。


 カナメが試しにビニールプールの水に手を入れてぱしゃぱしゃ揺らしてみると、少女の柔肌から直接体温が染み出たようなぬるま湯状態だった。手首のモバイルウォッチに目をやると、水温はお風呂よりやや低い程度。湿度が低いので日本の夏ほど実感は追い着かないが、やはり常夏市は基本的に水着の似合う炎天下だ。


「イメージできないなら素直に動画サイトで検索した方が良いな。こういうのは、分かったつもりが一番怖い」


「そうする」


 こういう所は素直なミドリだった。変なプライドに囚われて知ったかぶりの付け焼刃にならないだけ、彼女には生き残る素質がある。


「有効射程は普通なら四〇〇メートルくらいだが、追加の火薬をつけると三〇〇〇以上飛ぶ。しかもいったん上空に打ち上げてから落ちてくるから、間にビルやコンクリ塀があってもお構いなしだ。頭の上から爆発物が襲ってくるぞ」


「えっ、三キロ。狙い撃ちになるのそれ!?」


「風向きや重力、気温や湿度なんかの諸々で着弾がズレるのはそこらの狙撃と一緒。ただし一発目は試し撃ちに徹して、そのズレを基に誤差修正すると二発目からはかなり精密になってくる。大体数十センチまで詰めてくるかもな。ちなみに直径一五メートルは爆風に呑み込まれる。普通の防弾くらいじゃ即死かな。相当分厚い専用の耐爆……そうだな、『ボムプルーフ』辺りのスキルがあれば話は別だろうけど」


「……相手の狙いは正確、壁の裏に回ってもダメ、三キロ先じゃ普通の狙撃じゃ撃ち返せない。それって無敵じゃないの?」


「確かにヤバい武器だが、そんなに優れていたらマネー(ゲーム)マスターから普通の銃が消滅してるよ。ちゃんといくつか弱点がある」


「無敵っぽいのに?」


 ビニールプールの傍で身を屈めたまま、カナメは肩をすくめた。


 上っ面の利点を並べられただけで圧倒されて思考停止に陥るのは良くない癖だ。これについては早い段階で直しておかないと、契約書や利用規約の読み方などでも苦労させられるだろう。


 行間を読んで裏をかく。


 俺ならこうする、という思考を会得しなければこのゲームでは勝てない。


「野球の遠投って言ったろ、真っ直ぐ飛んでくる訳じゃないから時間がかかる。発射音が聞こえてから頑丈な屋根の下へ逃げ込んでも十分間に合ってしまうんだ」


「あ」


「同じ理由で、固定目標には強くても移動目標には弱い。こっちについては砲手の腕次第かな。時間差を考えて、獲物が逃げるであろう場所を先読みして撃てればピンポイントでドカンだけど、実際にはかなり難しい」


 挙げればキリがないのだ。


 メリットに勝る扱いにくさはゴロゴロある。


 こうした問題を無理矢理カバーするため、迫撃砲は単発で使うのではなく複数同時に撃ち出し、点ではなく面で大雑把にエリア一帯を制圧する使い方をされる事も多い。この辺は大昔の命中精度の甘い弓と似たり寄ったりだ。


 なので、未だに銃の時代は終わらない。


「そもそもゲームのスタンダードだと手榴弾程度の破壊力だ。爆風そのものよりも破片の雨で傷つける感じ。大仰な耐爆スキルを用意しなくても、普通のコンビニやファミレスの屋根でも受け止められる。だだっ広い草原とかならともかく、建物や障害物で溢れた大都市向きじゃない」


 ふーむ、とミドリは腕組みしたままビニールプールの柔らかい縁に後頭部を預け、青空を見上げてしまった。


 裸足の両足を親指の先までぴーんと伸ばして、彼女は言う。


「……でも、兄の『遺産』なのよね?」


「ああ。極限動画の連中が残した映像だといまいちはっきりしないけど、おそらく『#落雷.err』にはその辺の扱いにくさ、デメリットを埋める特殊効果がついてる」


 ただの迫撃砲で終われば、それは『遺産』に数えられなかっただろう。カスタムを極めた結果、ゲームバランスを完全に崩壊させる危険性を持った火器。爆風の大きさか、着弾までの速度か、命中率か……。少なくともただでは済みそうにない。そこらの武器や衣服についているスキルとはケタが違う『何か』を抱えているはずだ。


 タカマサの手にあれば、それはただの悪ふざけだった。


 だけど実際に盗み出して、無実の人を泣かせている悪党がいる。


『予選を勝ち抜いた猛者はこの一〇名。月に一度のバブリーなお祭り騒ぎ、クイズプラチナビリオン本選では誰が一番乗りで札束のバスタブへ飛び込むのか! 最速生配信は今夜七時から、リピート開始は五時間後の日付変更と同時に……』


 ビニールプールと水着少女の隙間へはまるようにして、ぷかぷか浮かぶ小型の防水テレビからそんなアナウンスが流れていた。


 総括して、ミドリは言った。


 こういうのは素人やルーキーの方が深く切り込む事もある。


「厄介そうな相手ね」


「ああ。メンドクサイが極まってる」


 カナメが頷いたのは、単にクリミナルAO、タカマサの『遺産』だけの話に留まらなかった。彼はミドリが小さなお尻をはめているビニールプールの水を掌でぱしゃぱしゃ掻き回しながらこんな風に続けたのだ。


「……どんな手を使うにせよ、金に汚いって事は、マネー(ゲーム)マスターの中では褒め言葉にしかならない。今現在、そんな極限動画の連中を束ねているのはマザールーズ。タカマサとは違った意味で色んな『伝説』を持っているディーラーだよ」


「有名人なの?」


「ブラッディダンサー、クリミナルAO、そして財宝ヤドカリのフレイ(ア)。あのラインと同じくらいには」


「……、」


 ビニールプールの少女が微妙な顔で沈黙してしまった。


 単純に性欲の塊みたいなディーラーの名前が出てきたためか、あるいは自分の兄がそこに肩を並べる格好で紹介されたためか。


 マギステルスのツェリカが近くにいないからだろう、ゲーム内ではいまいち型落ち感を拭えないカナメのスマートフォンにマザールーズの顔写真が表示されていた。しかし自撮りや記念撮影といった感じでもない。目線がこちらに振られていないのだ。全体から漂うそのピリピリした印象は、どちらかと言うと『夜の港で撮影された手配犯の目撃情報』とかの方が近い。


 とはいえ。


 写っている当人自身は第一線のディーラーとは思えない、柔和な顔立ちの女性だった。


 大人しめのシャツとジーンズの上から鮮やかなパステルカラーのエプロンをつけた、ふんわりした栗色の髪の女性。高度な仕手戦や銃撃戦よりもフライパンとフライ返しをセットで持っていた方が似合いそうな印象がある。比較的常識人なミドリさえ黒ゴス調のフリルビキニにミニスカート状のパレオという出で立ちで街を歩き、そのスカートの中に護身用拳銃を突っ込んでいるのを考えれば、シャツにエプロンにジーンズなんて銃と車の常夏市においては『フル装備の完全ガード』に見えなくもない。全体的にミドリやカナメの知る世界より『上』の人で、おっとり若奥様感が半端じゃなかった。


 しかし、だ。


 忘れてはならない。そもそもここはマネー(ゲーム)マスターである。


 そのスナップショット一枚見ただけで、ビニールプールに小さなお尻をはめたままミドリは軽く固まっていた。


「……何これ。全身防御系スキルのカタマリじゃない。こんなに重ね掛けしたらほとんどシェルターよ」


「そいつについては後で詳しく書き出してもらうとして、まずは基本的な性質のところから説明しようか」


 そして彼は事前に言った。フレイ(ア)と同じくらいの『伝説』の保有者だと。


「これまでにもいくつかのチームを渡り歩いている、というか、関わったチームを片っ端から内部崩壊させているな。所属メンバーをとことん甘やかすが、そのせいで蜘蛛の巣みたいに張り巡らされていた対人関係の距離感がメチャクチャになるらしい。お前誰にでもそう言うのな、って感じか?」


「うええ……」


「どんな家の子でも笑顔で胸に抱いてしまうだらしない母親、だからマザールーズ。依存というか融合というか、とにかく孤独には耐えられない人格なんだろ。癒しだの安らぎだのが、必ずしも人の役に立つとは限らないって典型だな。ヤツのぬくもりは、致死量を超えてる。寂しさを埋めたいだけの本人に悪気がない分余計にメンド臭いがね」


 元の素性に興味はないが、リアル世界では存外厳しい家の出身だったり、長らく独り身だったりするのかもしれない。マネー(ゲーム)マスターには様々な人がログインしてくる。何を抱えていて、どう解消しようとするかは人それぞれだ。


「備考だけど、スマッシュドーターって有力ディーラーとは犬猿の仲でも知られている。ヤツが首を突っ込んでこない事を祈るしかないが……仮にこいつが同じ現場に顔を出した時は迷わず逃げるぞ。マザールーズとスマッシュドーターのバトルはほとんど災害だ。ほとぼりが冷めるまで安全な場所へ避難してから仕切り直した方が良い」


「えと」


 母に娘。


 好きなようにハンドルを記入できるこのゲームの中で、本当にただその通りの関係性とも思えないが……何しろ『あの』カナメが警戒しているほどだ。笑って流せるようなレベルの被害では済まないのだろう。


「でも、極限動画って自分から進んで殺人スタントやらかすような連中なんでしょ? そんなコワモテクレイジー集団が、得体の知れない『お母さん』なんかにすがるもんなの???」


「だからこそ、とは考えられないか。ヤツらは動画を作るプロだ。でも全員が全員スリルに慣れていると、平均点が見えなくなってしまう。案外、限界までスリルを極めた連中が重宝しているのは当たり前に驚いて心配してくれる、普通の感性を持った身近なギャラリーだったって可能性は?」


「……、」


「現実なんてそんなもんだよ。人間は、目的と手段を正反対の場所に置ける奇妙な生き物だ。ミドリだって徹夜してテスト勉強するのは効率的に答案用紙を埋めていくためじゃなくて、重荷になってる期末試験からさっさと解放されたいからじゃないか?」


「う」


「心配するな、ヤツのずぶずぶ具合にはタカマサもいったん転びかけた。思い切りぶん殴ったら目を覚ましたけど」


 癒し量産装置と化しているマザールーズは極限動画にとっての聖母だろう。過去の戦歴からのプロファイリングでは、ヤツ個人はさほど陰謀や汚れた金に興味を持つ人種ではなかったはずだが、一方で、同じチームの連中のやる事を無責任に甘やかして後押しする傾向がある。それこそ、彼女のぬくもりにのめり込んだ連中が破滅するまで。これに『遺産』という武力まで合流したとなれば怖いモノ知らずの心境に陥りかねない。


 ミドリは鼻から息を吐いて、


「……にしても、ゲーム世界まで来てお母さん大暴走とかメンド臭すぎる」


「(妹っていう単語の爆発力もなかなか周りを振り回すものだけどな)」


「何か言った?」


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