【Second Season】第五章 夜のテレビは脱皮する BGM#05”Killer Stunt”.《004》


 そして蘇芳カナメはあろう事かズボンのお尻に金属ファスナー付きの財布を突っ込んだままボンネットへ雑に腰掛け、その辺で買ってきたハンバーガーセット(プラスチックのストロー拒否で五%offフェア対象品)を広げていた。バーガーの横からはみ出る油やマヨネーズはもちろん、ミニサラダのドレッシング、ポテト用のケチャップやマスタードに、仕上げは紙のカップのバニラシェイクときた。まさに危険物のカタマリである。


「どうしたツェリカ、両手で顔を覆ってそんな震えて?」


「……もう何も言うなクソ馬鹿旦那様……」


 バーガーショップ近くの市民公園、そのパーキングだった。どこかの奥様ディーラーやマギステルスがテニスウェアに着替えてボールを追い駆けているのか、パカパカという軽快な音がここまで響いてくる。釣りにレースにゴルフにダーツに……。何でもできるマネー(ゲーム)マスターはありとあらゆるミニゲームの集合体でもある。このネットゲーム単品でそこらのアプリストア全体に匹敵するほどの、自由自在の詰め合わせと化しているのだ。


 だから何でも儲け話に繋げられるし、どこにでも落とし穴がある。


 スマホとリンクした手首のモバイルウォッチへカナメが目をやれば、常夏市は本日も快晴。湿度は低く南南西からの風が吹いているため、炎天下でも息苦しくはない。……ちなみにこれらは何気にスナイパーに必要なデータの詰め合わせでもある。便利な時代になったものだ。


「フレイ(ア)の動きが怪し過ぎて向こうじゃ何も口にできなかったんだ。それに、せっかく物好きなお前のためにフィッシュバーガーも買ってきたのに。年中カンカン照りの常夏市じゃ食べ物関係のアシは早いんだ、いらないなら食べちゃうぞ」


「それはいただくけども!!」


 もはやヤケクソであった。


 カナメの隣へどかりと形の良いお尻を乗せると、ツェリカもバーガーの紙包みを乱暴に手に取る。


「あと物好きって言うな、どう考えたって白身魚のフライとタルタルソースの組み合わせが最強じゃろ」


「ツェリカー……」


「その残念そうな目っ!! かくいう旦那様は何食っとんじゃ?」


「ビーフブラックペッパーをダブルで」


「塩と胡椒。冒険心がないのう、せめてサルサソースくらい頼めなかったのか。どれ、そんなに正しさを説くならわらわに一口食わせてみろ」


 などなど、横からツェリカが小さな口でカナメのバーガーにかぶりついたり、ポテトをケチャップではなくバーガーのタルタルソースにつけて口に放り込んだり。


「タカマサのヤツはデザートバーガー一択だったな。こう、白い蒸しパンでできたバンズでカットフルーツと生クリームで目一杯挟んで……」


「あやつは女の手で食わせてもらえば何でも良かったんじゃろ。生クリームついた指先を舐めたりな! フルーツ盛り合わせのつもりで頼んでいたのではないか?」


 ともあれ、バーチャルの中なら塩も油も炭水化物もノープロブレムだ。このゲームはダイエットに効くというウワサもあながち嘘ではないかもしれない。


「やっぱり基本って良いよな。ハンバーガー美味しい」


「こっちのスノウはリアルの円になるんじゃろ。旦那様なら贅沢なんぞやりたい放題ではないのかえ?」


「そういう事やってるとカロリー計算の鬼に長めの定規片手に追い回されるんだよ。つまり妹に。これだけ稼いでいるのにあんな目に遭うなんて悲惨過ぎる」


「……いちいち付き合ってやるとは過保護じゃのう」


 ちなみにマネー(ゲーム)マスターにも餓えや渇きの概念はあるが、一日数時間程度の健全なプレイスタイルなら空腹を感じる暇もなく、そのままログアウトしてしまうだろう。食事については徹夜プレイのお供か、強制的なダイエットか、あるいは精神的なコンディション調整の意味合いが強い。将棋の対局では、小休止の間に食べる軽食すらとことんまで気を配るのと変わらない。人間とは不思議な生き物で、同じ成分だとしてもブドウ糖の錠剤では勝てない大一番もあるのだ。まして、衣服やアクセサリーについたスキルを使って空腹感を誤魔化せば済む話でもない。


 だとすると、


「……『遺産』の『リスト』は手に入れたが、見事に取り逃がしたのう」


「ああ」


 矛盾したツェリカの言い回しだったが、カナメも特に指摘せずそのまま頷いた。


 バインダーで留めたルーズリーフの束なら確かにリヴァイアサンスタジアムの事務所にある金庫の中から出てきた。というより、権限引き継ぎのどさくさに紛れて潜り込んだというのが正確だ。


「徹底しとるのう」


「恩の押し売りはしないの」


 ただし、


「手書きのメモのはずだろう……。何であいつ全部暗号化しているんだ。タカマサのヤツ、素で暗算していたっていうのか」


「わらわの方でも解析は進めておるが、きちんとした『リスト』を取り出すまでに何百年かかるか分からんぞ。やはり乱数表が必要じゃな」


 その乱数表は、同じ金庫には入っていなかった。


 ストロベリーガーターが別の場所に隠していたのか、あるいは自分の頭に叩き込んだ上で乱数表を燃やして捨ててしまったのかもしれない。自分だけは特別。そんな優越感に浸って、他のメンバーに対する保険を確保するために。


 ともあれ、悪徳クラブチームを束ねていたストロベリーガーターは実際にあの英数字の山を『読み解いて』、タカマサの『遺産』を一つ獲得していたはずだ。聞き出す前に闇討ちで狙撃されてしまったのが本当に惜しい。


 この線で追い駆けていくのはもう無理だ。


「『リスト』があっても解読できんのでは話が先に進まん。あれだけ派手にドンパチやったのじゃ、『#竜神.err』一つでは割に合わん」


「そうだな」


「策を練る時間ならリアル世界でも山ほどあったろうに、旦那様はこうしてログインしてきた。しかもコンディション調整用の軽食まで平らげて。……次の一手を思いつき、行動に出る時間がやってきたか。わらわは何をすれば良い?」


 そうなると、だ。


 望んだ結果が手に入らなくても、引きずられては逆転のチャンスを失う。切り替えるようにディーラーの少年はこう告げた。


「他に乱数表を持っているディーラーやチームを当たるしかない」


「ふむ」


「今の俺達じゃページ番号も分からない。ルーズリーフ形式の『リスト』がこれで抜け落ちがなく一式全部揃っているかどうかは確かめようがないし、スキャンされた写本を持っている者がいる可能性はゼロじゃない。そしてどんな不完全な形にせよ『リスト』を読んで『遺産』を手に入れたヤツがいれば、そいつは対応した乱数表も持っている事になる」


 本来なら、タカマサにとって乱数表を形に残す必要はないはずだった。何しろ彼は手書きで暗号の読み書きをして『リスト』を作っているのだから、変換ルールは頭の中に叩き込んであるはずだ。


 にも拘らず乱数表が物質として存在するのは、やはりタカマサも人間だったからか。


 絶対に洩れてはいけない秘密と分かっていても、誰かと共有する可能性を残したかった。


 それは同じコールドゲームのカナメ達か、あるいは同じ家族のミドリ達か。


 ……どちらにせよ、全くの他人がニヤニヤ笑いで眺めて良いようなものではない。そんなの、他人のラブレターを取り上げてみんなの前で読み上げるのと変わらないゲス行為だ。


 ツェリカはそっと息を吐いて、


「『まだある』という前提に基づいた楽観的な予測に基づいておるのが気になるが、まあ、妥当な線か。具体的には?」


 カナメが視線を振ると、バーガーセットを広げたボンネット全体の表示が切り替わっていく。


「クイズプラチナビリオン。ネット動画放送局・タップTVの花形番組だな。月一放送。民間から参加者を募集して予選でふるいにかけた後、本選をライブ配信で進めて番組の形を作っている。優勝賞金は一〇億スノウ。どうにもマネー(ゲーム)マスターってのは本当に不況知らずらしい」


 前はサッカーのクラブチームとやり合ったが、そういう意味ではクイズ王もまた『リアルではできない憧れ』の一つかもしれない。


 マネー(ゲーム)マスターの中なら、記憶力に関わる『メモリー』や発想力を強化する『インスピレーション』など、思考を強化するスキルもゴロゴロあるのだ。もっと言えば、番組スタッフ相手に裏から手を回して銃撃戦や敵対的買収を組み合わせた『必勝法』を突き付けてやっても構わない。


「なかなか豪気な話じゃが、『遺産』や『リスト』とどう関わっておるのかえ? まさか景品として飾られとる訳でもあるまいし」


「まあ聞け」


 カナメはシェイクの紙カップを掴むと、隣からぐぐっと身を乗り出してくるツェリカの額へ軽く押し付け、相棒にクールダウンを促しておく。


 ボンネットには番組に関するデータが網羅されていく。


「実際、一〇億スノウのインパクトは絶大だが、月一であればそこらのスクラッチくじやサッカーくじと大して変わらない。優勝者に賞金が必ず出るから、キャリーオーバーはないけどな。主な収入源はネット放送の中で表示されるバナー広告の閲覧カウント式収入。クリックしなくても報酬が発生する方式だ。つまり、広告収入に対する個人の好みはどうあれ、番組自体に不審な点は見られない。『普通のテレビ局』の予算規模なら、特に問題なく回していけるはずだ」


「ゆっても月ごとに一〇億スノウ以上も広告で稼がねば番組側は立ち行かんのじゃろ? 放送業界は摩訶不思議じゃのう、何でそんな膨大な視聴者数を稼げるんじゃ」


「マネー(ゲーム)マスターは全世界に開かれているのを忘れているのか? テレビだって一国のゴールデンなんて次元じゃない、全世界のお茶の間へ同時に影響を放つと考えれば良い」


「……世界に繋がるインターネットの動画サイトで、みんながみんなそこまで注目を集めるとも思えんがの」


「そんなのやり方次第さ」


 カナメはそっけない調子で、


「具体的に言えば、過去問を調べて次回の対策を練るため。賞金で釣っているんだ、番組を楽しむ目的以外でのリピーターを集めるくらい普通にやるだろ。月に一回分しか番組を作らないのに、三一日フル稼働で儲けが出る。見方によってはお得だよ」


「健全健全また健全、と。なら銃の出番がないではないか」


「問題なのは優勝者だ」


 カナメは目線を振って、今までとは違った資料をボンネットに表示していく。


「ディーラー名、ブラッド9、サバトティーチャー、エナドリ太郎。いずれもクイズ大会の優勝者だ」


「それが?」


「全員に共通項がある。スタント系動画職人集団・極限動画。元はビルからビルへ車で飛び移る空追い人と並ぶ人気番組を持っていたが、クイズプラチナビリオンに喰われてランクを落とした、下り坂のチームだ」


「何事もクイズの時代か……。マネー(ゲーム)マスターの中まで雑学と教養がバラエティを席巻しとる訳じゃな。なんかこう、脱衣要素とか罰ゲームでぬるぬるまみれになるとかエキサイティングな味付けはできんのか」


「スタント番組を観る総数が減ったところで、どっちか片方しか選べないならその枠は空追い人で良いんじゃね? って流れになった。極限動画は傾き始めたスタント枠の中でもさらに蹴落とされてあぶれつつある訳だ」


「……で、全ての元凶たるクイズ番組に顔出して荒らし回っとるって訳かえ? これまたけったいな」


「敵の財布から賞金もらって番組まで潰せるんだ。一石二鳥だろ」


 カナメも呆れたような口振りだった。


 そのまま円に換金できる一〇億スノウの賞金を立て続けにもらっておいて、ヤツらには引退して遊んで暮らすという選択肢はないらしい。マネー(ゲーム)マスターはもらえる時はガンガンもらえるが、失う時もガンガン失う。結局、味を占めてしまった者は二億だか三億だかの生涯平均収入とやらでは安心を買えなくなってしまうのか。


 少年は自分の細い顎に触れて、


「特定のグループしか優勝できないって話になれば一般の参加者はやる気なくして辞退するし、そうなったら過去問対策みたいなリピーターもがくんと減る。じわじわと確実に。クイズ番組の首を絞めるには良い手だよ」


「しかし、極限動画? こいつらどうやって連チャンで優勝かっさらっとるんじゃ。猛勉強すりゃ済む話でもあるまい」


「もちろん受験勉強ばりの詰め込みはしているんだろうが、それとは別に復活チャンスがあるのがデカいんだ」


「?」


 カナメがボンネットに映したのは、例のクイズ番組の再放送枠だ。端の方で邪魔な広告がパカパカ光っている。これでまた、番組制作陣に広告収入が入ったのか。


『正解はー……ハズレ! 惜しい、Bの時速八〇〇キロでしたー』


『いやちょっと待ってくださいよ。情報古いんじゃないかな、今の世界記録はそうじゃないって』


 ツェリカはますます首を傾げていた。


 ブブー! のハズレ音の後も参加者が延々と食い下がっている。


『これナマ? ライブっしょ。なら視聴者の皆さんもこっちの動画観てくださいって。ほら世界新はこれだって!』


「……何じゃこりゃ?」


「クイズで不正解になったら難癖つけて無効試合にする。これで命を食い繋ぐんだ」


 ツェリカの質問に、カナメは細長いポテトを咥えながら、


「極限動画は元々命知らずの殺人スタントで有名だった。だから世界一のナニナニとか、世界最速のああだこうだなんてのはお手の物だ。つまりクイズでしくじった場合、番組側が用意した答えをリアルタイムで覆してしまえば良い。それこそ一〇億のために、死ぬ気でな」


「あらかじめ用意されていたクイズの答えを、部外者の側から後出しで差し替える……?」


「他の参加者に勝ち目がないって分かるだろ。これじゃ裏から手を回してスタッフから正解一覧を確保したって無理だ」


「……悪魔のわらわが言うのも何じゃが、人間の悪知恵ってヤツは……」


「もちろん、全部が全部の問題で復活チャンスを使える訳じゃない、歴史クイズにカースタントで対抗したって結果は変えられないからな。そもそも一回の放送で何度も繰り返せる手でもない。それでも、だ。他の参加者がしくじったら一発アウトの中で条件さえ整えば一人だけ復活チャンスがあるっていうのは、やっぱり強いよ。そりゃ何度も優勝者を輩出するはずだ」


「そんなもん悪質なクレーマーとして締め出せんのかのう……」


「毎回同じディーラーならブラックリストを作れるかもな。だけど参加者自体はその都度変わってる。生配信が始まってから気づかされるんだ、いつもの難癖つけてきたって事はあいつも極限動画の関係者かってな」


「で、『遺産』というのも?」


「死ぬ気で世界記録を塗り替えるって言っても限度があるんだろ。そもそも殺人スタントだってタダでできる訳じゃない。場所、モノ、そして金。何を確保するにも莫大な火力ってのが必要になってくる」


「……、」


「極限動画の連中がクイズ番組を荒らし始めたのはおよそ半年前から。でもって、いくつかの記録更新動画に顔を出しているんだ、厄介なのが。おそらくこいつを拾ったから、諸々の余裕ができたんだろ。一流の道具を欲しいだけ集めて、安全性を高める形で。暴力を使って『潤沢』な状況を作れれば、殺人スタントは殺人級じゃなくなるって訳だ」


 もちろん、そのために奪われて泣いている人達もいる。タカマサが残したモノを使って。ライバルを排除し、貴重なアイテムを強奪して、安全にスタントの準備を進める。どれだけの横暴を振るっても、凶悪な『遺産』の力を振りかざせばみんな泣き寝入りをするしかない。報復を考える必要がないのだから、ますます極限動画は増長していく。


 その先の答えはもう決まっていた。


 サッカークラブチーム・リヴァイアサンズの時はしくじった。だけどもう、あんな尻切れトンボでは終わらせない。目的は『リスト』の断章や写本、それから読み解くために必要な乱数表。


 タカマサが記した想いの欠片はここで取り戻す。


『遺産』で苦しめられている人も助けて、結集した『終の魔法オーバートリック』で人類を解放する。ミドリも、妹も、タカマサも、そしてマギステルスの側から抵抗しているツェリカも、みんなを助け出す。


 その上でそっと封印すれば良い。


「迫撃砲『#落雷.err』。ヤツらがこいつを手に入れた経緯とやらを、きっちり説明してもらおうじゃないか。ひょっとしたら、『リスト』を読み取るための最後の鍵……乱数表が顔を出すかもな」


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