【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《016》



 横転したクレーン車の中だった。


「まだ……」


 視界が眩むほどの痛みにまみれながら、カナメは短距離狙撃銃の『ショートスピア』を掴み直した。


「……まだだ。こいつで決着をつける……」


 目の前のフロントガラスは白い亀裂でびっしり埋まっていたが、この期に及んでまだ原形を残していた。流石は工事用。この分だと小さな弾丸を撃った程度では人の潜れる大穴は空けられないだろう。


 少年は無駄な努力を諦めて、何とかして真上でぱかぱか開閉している運転席側のドアから表に身を乗り出す。複数の黒塗り防弾車が走り去っていくところだった。彼らAIの目的は積荷を運ぶトレーラーの奪還。成功失敗はさておいて、目標が消えた時点でお役御免となったのだ。目の前に下手人がいたとしても、目標設定されていなければこの通り、素通りである。


 しかし、まだ鼻先のチリチリした感覚はなくならない。獅子の嗅覚は危険を訴えている。


 これまで以上に、強く。


 そして。


 だから。


「……、」


 最後の最後、複数の爆発車両が織り成す炎を背に立ち塞がったのは、やはり同じ人間のディーラーだった。


 白とピンクのスーツを纏うインテリな美女だが、カナメと同じく重心や体の軸がどこかおかしい。そして自分の体重を支えられないような状態でも、複数の銃身を束ねたガトリング銃を軽々と片手でかざす。逆の手には、ベルト状のホースで繋がった巨大なボックスマガジン。いずれもウレタンで作ったオモチャのようだ。


 クリミナルAO、タカマサの『遺産』、その一つ。


『#竜王.err』。


 どれだけ大金を積んで大量のスキルで全身を固めても、それでも追い着く事のできない正真正銘の『終の魔法オーバートリック』。


 カナメも応じるように、短距離狙撃銃『ショートスピア』を突き付けた。この距離で生身なら、銃の種類や口径などもはや関係ない。先に一発当てた方が相手を殺せる。


「……マティーニエアコンの特殊空調設備は無事にビヨンデッタドームの建設予定地に到着した。もう、あんたのやり方じゃ新型ドームの完成は阻止できない」


「そうね」


「親会社に近い主幹スポンサーのAI企業はどう考えているだろうな。ほら、壁の大画面に映ったネットニュースを見てみろよ。これ以上戦う理由はないんじゃないか? あんたの城、スタジアムは守れないし、精鋭達も軒並みフォールした。あれは選手か? トレーナーか? いずれにしても、あんたが殺し屋みたいな目をした連中ばっかり集めてきたチームも維持できない。あんたはもう、リヴァイアサンズを元の持ち主へ返すしかない」


「そんなのは、もう、気にしてない」


 呪いのような声だった。


 彼女はスーツケースより巨大なボックスマガジンを一度地面に放り出すと、画面の砕けたスマートフォンを取り出し、鏡のように自分の顔を見て、それから使い物にならなくなったモバイルを脇へ放り捨てた。何かしらの『儀式』を諦めた。自分の主義を捨ててでもカナメを睨みつける方を優先したのだ。


 しかしカナメは小さく笑った。


「……初めて見るけど、イイ顔をするじゃあないか」


「あなた『達』は、いつも、私から奪っていく。絶対に壊れるはずがないって無邪気に信じてきたものを、お金の力で……!!」


 それが具体的に誰と誰を指して、いつといつの事を話しているのかはカナメには分からなかった。だけどマネー(ゲーム)マスターにのめり込む者の多くは、何でも自由にできるこの世の中で理不尽とぶつかっている。海辺親子がクラブチームを失って、カナメが無二の親友を失ったのと同じように。


「言い訳はしないよ」


「……、」


「そうやって正義を語るあんたも、平気な顔して奪ってる。……その汚れた手からクラブチームはもぎ取ったぞ、あれは海辺親子のものだ。だけどそんな所じゃ終わらせない。全部返せよ。タカマサの『遺産』だって返してもらうぞ。それから、『遺産』を手に入れるために使っていたであろう、あいつの個人的な資料も、全部。勝手に過去の人にしやがって、あれはあんたが持っていて良いものじゃない!!」


 一触即発。


 どちらかがどちらかを殺す。フォールする。


 あるいは両方共倒れになる確率の方が高いかもしれない。


 それでもカナメもストロベリーガーターも止まらなかった。


 人助けは、見せびらかすようなものじゃない。


 ひょっとしたら、この女にも。悪徳チームを率いてスタジアムという城を守るだけの『何か』を、一人で静かに抱えていたのかもしれない。


 今さら想いを巡らせても、もう遅いが。


「……、」


「……。」


 潮風が、流れる。


 辺りで燃え盛る炎が軽く爆ぜただけで致命的な撃ち合いとなる、極限の緊張。


 不謹慎かもしれない。


 だけど鼻先にチリチリとまとわりつく痛みに似た感覚は、どこか心地いい。


 カナメは息を吸って、吐く。


 ストロベリーガーターは先ほどから瞬きすらしていない。


 その時だった。




 すう……と。

 ストロベリーガーターの胸の真ん中で、青い小さな光点が躍ったのだ。




 これまでとは、感覚が違う。


 獅子の嗅覚が、不自然にねじれていく。


 最初。


 ストロベリーガーターは何が起きているか、理解できなかったようだった。真っ白なブラウスにミートソースが跳ねているのを見つけたような動きをした後、やがて、ゆっくりと、正面のカナメに目をやった。


「そう」


「……、」


「スナイパー、か。どうやってもあなたが一枚上手なのね。憎たらしいくらい。一体どこまで事前に予測していたのかしら」


「違う、俺じゃない。あんな所に仲間は置いてない!」


「どうでも良いのよ」


 一切構わず、であった。


 ストロベリーガーターは右手のガトリング銃をそのまま跳ね上げた。


 ジリジリジリジリ!! と焼きつくような危険信号がカナメの鼻の頭を刺激してくる。


 今度こそ。


 今度の今度こそ。




 タァン!! という乾いた音が炸裂した。




「っ」


 カナメはとっさに転がったままのクレーン車の陰へ飛び込む。ストロベリーガーターは……、


(ダメか)


 鼻の危険信号が、静かに引いていく。


 ストロベリーガーターの高級スーツ。その胸の真ん中に、無残な傷が広がっていた。潰れた弾頭を拾って確かめた訳ではないが、おそらく相当重たい。普通の七・六二ミリとは思えなかった。おそらくタングステン鋼か、下手するとそれ以上。最悪、劣化ウランなどに手を伸ばしているかもしれない。防弾のジャケットやスキルで身を固めていても、迷わず急所を貫くために、だ。


 投げ出された体は死の痙攣すら途切れていた。そして路面に広がる無慈悲な血の量。胸が破れているから心肺蘇生も試せない。死体の傍にはオモチャのようにガトリング銃の『#竜神.err』が転がっていた。後で、あれだけでも回収する必要がある。


(それにしても……)


 今のはミドリでもツェリカでもなかった。狙撃の体裁は整えているが、実際に使われたのはアサルトライフル辺りからの派生だろう。それこそ『#火線.err』などに代表される、専用の狙撃装備にしては弾速が鈍い。だから重い弾に頼ったのかもしれないが。


 方位西北西、距離二五〇、高度三〇メートルからの撃ち下ろし。


 こちらも、狙撃にしてはかなりの近距離だ。


 一応はレーザーポインターに頼っていたようだが、だとするとスコープの十字線と組み合わせているとは思えない。機能がバッティングしているし、レーザーポインターは便利だが狙われている事を相手に知らせてしまうため、緊急回避もされやすい。そこまで勇ましい話でなくとも、単純にパニックに陥った標的が転んだだけでも狙撃失敗の要因になりかねないのだ。どちらかを使うならスコープの方がこっそりやれるのに、相手はわざわざレーザーポインターを選択している。ここまで来ると、合理的な判断とも思えなかった。この程度の距離で大仰なスコープや専用の狙撃銃を使うのは、スナイパーとしての主義や矜持に反するのかもしれない。


 しかし実際に物陰から見てみれば、そちらにあるのは一つきりの屋上ではなく無数に並ぶ窓ばかり。常夏市ならどこにでもあるリゾートマンション。そしてリヴァイアサンスタジアムとビヨンデッタドームの両方を見下ろせる場所と言えば、


(よりにもよって、俺が隠れ家に使っているのと同じ棟か……!?)


 どこの誰だか知らないが、意外なほど狙撃手は『近く』にまで迫っていた。


 それでいて、短距離狙撃銃のスコープで大雑把に覗いても正確にどの窓から狙われたのかは把握できない。今から命懸けで建物に走っても、狙撃手は夜通しやかましいホームパーティの客でも装い、何食わぬ顔でカナメの横をすり抜けていくだろう。


 すでに獅子の嗅覚は沈黙していた。


 相手は立ち去った、のか?


 それともこちらの鼻すら誤魔化すほどの隠蔽技術の持ち主か。だとすると、一周回ってむしろ単なるスキル頼みとも思えない。基本となる技術を磨かなければ無理だ。


 確信が持てず、しばらくカナメは動けなかった。


(誰だ……?)


 リヴァイアサンズを率いるストロベリーガーターは、揺さぶるのが目的だった。死なせてしまっては交渉も恫喝もできない。どっちみち、あのまま早撃ち勝負にもつれ込んでも相手を殺してしまっていただろうが、それでもこう思ってしまう。


 クラブチームを取り戻した海辺親子とやらにオフィスの金庫を開けさせれば、『リスト』は手に入るかもしれない。いいや、見返りありきでは考えられない。ここは押し入ってでも取り出す必要がある。


 新たな脅威が顔を出したからだ。


『リスト』の持ち主が次々と死ぬ、という形の。


 このリスクについては、助けたはずの海辺親子には押し付けられない。


 だからカナメ達で背負わせてもらう。


(あのチグハグな狙撃手、一体どこの誰だ!?)


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