【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《015》
昼も夜もなかった。
リアルの生活だって居場所はない。破算したって『AI企業』が生活を守ってくれる。そんなの嘘っぱちだ。小学校に向かえば嘲弄の眼差しに囲まれるし、父親の友達だった人達はいつ自宅に怒鳴り込んでくるか分からない。
居場所がないから、バーチャルに逃げた。
そんなマネー(ゲーム)マスターでも、自由なんかなかった。
「……、」
錆びついた公衆電話のすぐ横。ラクガキだらけの汚いベンチに腰掛けて、毒々しくライトアップされたリヴァイアサンスタジアムを見上げるしかなかった。清掃係としてぶら下がっても、食い下がろうとしても、結局、汚れを取ってやる事すら叶わない。
そんな時だった。
大型バイクのエンジン音があった。
「海辺トリヒコ君?」
「アンタもよくよく物好きだな。こんな借金漬けで未来のない子供を見てどうする気だ」
霹靂ミドリはビヨンデッタドームではなく、一足先にリヴァイアサンスタジアムの方に回っていた。小細工による支援は終わった。いつまでも郊外のサービスステーションに留まる理由は特にない。
「こっちに来ているって事はマギステルスいるのよね? ダメならスマホでも良いけど」
すっと、今まで風景に溶けるようだった美女がベンチの後ろから近づいてきた。二足歩行とは微妙に動きが違う。
「お呼びになられましたか、ご主人様?」
「別に」
「口頭コマンドの読み取りに失敗しました。簡潔で分かりやすい対話を要求します」
……口振りは丁寧だが、相談を打ち明けられるタイプには見えない。ミドリもルーキーだが、マギステルスにも元の性格や育て方による違いみたいなものが生まれるのだろうか?
彼女が試しにスマホをかざしてみると、画面越しに変なアルファベットが出てきて面食らった。英語の綴りとも思えない。
「ヴィーヴルだよ。知らないのか? 人間に近いけど、一応フランスのドラゴン」
まさかの小学生から教えられてしまった。
ひょっとして、テレビゲームやカードゲームに出てくるのだろうか?
ヴィーヴル? とかいうそのマギステルスは上半身は人間の女性に近く、下半身は鱗に覆われた大蛇、そして背中からコウモリのような翼の生えたマギステルスだった。青ベースのチアリーダーのような格好をしているが、これについてはひょっとしたら『古い』リヴァイアサンズのものだったのかもしれない。
「個体名はシャンデレッタと申します。以後お見知りおきを」
「どうも。私については訳あって匿名さんとでも覚えておいて」
「口頭コマンドの読み取りに失敗しました」
「自分から挨拶しておいて拒絶……! こいつウチの冥鬼よりぶっ壊れてない!?」
ともあれ、この格好で風景に紛れていられるというのだから、やはりマネー(ゲーム)マスターはどこかゲーム的だ。今さらクリーチャー程度では誰も驚かない。
「使いどころなんかない。お金の稼ぎ方なんて分からないから」
「本当に?」
ぴんっ、と軽い電子音があった。
直後にマギステルスの体を包んでいたチア衣装の模様が一斉に変化していく。高速で流れていくのは数字の羅列だ。専門的な話は分からずとも、ネットワークと繋がった彼女の衣服からこんなニュースが表示されるのは読み取れるだろう。
『速報!! サッカークラブチーム・リヴァイアサンズの経営刷新が決定?
かねてより問題視されていた新型ビヨンデッタドームの建設が最終ステップに入ったとの話が複数の情報筋から確認を取れました。逆風を受けるリヴァイアサンズ側は主幹スポンサーAI企業から経営責任を取らせる形で現オーナーのディーラー・ストロベリーガーターを中心とした現体制の更迭を決定。次期体制は不明ですが、海辺タツオ前オーナーの手に戻し、小幅なものの安定性を取り戻す慎重策を取る選択肢も浮上してきました』
しばし、だ。
少年は呆気に取られたまま、現実の全てを忘れているようであった。
「選択肢も浮上、じゃないわ」
真っ赤な紅葉柄の大型バイクにまたがったまま、黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートのミドリは気軽に言った。
すでに確定した情報として。
「必ずそうなる。これについては私が確約する。昔の選手に声をかけなさい、すぐに忙しくなるわよ」
少年は口をぱくぱくさせていた。
降って湧いた幸運を、どう受け取って良いのか分からない。そんな顔だった。本当に追い詰められて、不幸が染みついた人間というのはそういうものだ。霹靂ミドリにもその気持ちは分かる。一人ぼっちで豪華客船に乗り込んで戦っていた頃。追い詰められたミドリを助けに来てくれた少年に、あろう事かミドリは発砲していたくらいなのだから。
「けっ、けど、ビヨンデッタドームができたらリヴァイアサンスタジアムはひとたまりもないんだろう? それじゃあ、チームを返してもらっても……」
「そうならないわ」
即答だった。
あらかじめそう質問されると分かっている速度だ。
「ビヨンデッタドームへ手を貸したのは、悪徳クラブチームを締め上げる口実が欲しかったから。『決定』が下った後ならもう用はない。あれは、二年後のミサカ万博までに完成しないなら意味がないから撤退するんでしょ? 元々足元はトンネルだらけで振動に弱いのよ。何万人の歓声とか、地響きみたいな足踏みとかね。開発に乗っかるふりして地下鉄工事の路線をちょっと曲げたら、すぐにでも破綻するわ。ま、交通インフラはあの連中に踏み込めるレベルのビジネスじゃないみたいだけど、例のガトリング銃さえ取り上げればね」
「手を貸した……? 地下鉄? じゃあ、まさか、これって、アンタが全部……!?」
「違うわよ」
小さく笑って、黒髪ツインテールのミドリはそう否定した。
「私もあなたと同じ『AI落ち』。そんな大それた事をするほどのお金なんかどこにもないもの」
「それなら……」
「本物の人助けは、見せびらかしたりしないんだって」
これ以上は必要ない。
大型バイクのスロットルレバーに力を込めて、ミドリは最後の言葉を放った。
「だけどそれじゃあ納得できない人もいるのよ。だってそいつは兄の理屈であって、私が自分で決めた事じゃないもの。だからたまにはこうして、表に出しちゃうの。あの人達には内緒でね☆」
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