【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《011》



 人の背丈よりも巨大なタイヤで荒地を直接乗り越える怪物級の四駆だった。大型バギーだったか。この大きさでまさかのツーシータ。実用無視、ほとんどサーカスじみた曲芸でしか使われないような四駆だったが、中に乗っているのはあまりに不釣り合いだ。運転をマギステルスの少女に任せ、助手席で長い足を組んでいるのは白とピンクで彩られたタイトスカートのスーツを纏う妙齢の美女だったのだ。一万分の一秒単位で高度な仕手戦を任せられるマギステルスを常に侍らせているため、マネー(ゲーム)マスターの中ではあまり活躍の機会がないスマートフォン。彼女はそれを片手で掴んだまま腕を伸ばし、様々な角度から自分の顔を映している。


 ストロベリーガーター。


 R級サッカークラブチーム・リヴァイアサンズの現オーナーとなる。


「……これもまた広告効果、ね」


 監督やトレーナーについても、同種の美女で固めてあった。実力が同じなら、目立つ方を選ぶ。テレビCMと同じだ。カメラの前に立てる時間が限られているなら、最大限に活用できる人間を立たせる。こういう接待やら客寄せパンダやらはマギステルスに任せてしまえば良さそうなものだが、やはり生身の人間の方がウケが良いのは事実だ。


(ボディを丸ごとCGで作れるこんな時代になっても未だに整形アイドルを忌避する世の中ですものね)


 と言っても、見境なしにスマホを振り回して裏の仕事をしているところまでSNSに載せるつもりもない。


 光度、彩度、明度。


 そういった値を目に見える数字の形で表示してくれるテスターアプリである。同じ人物であっても、場所や時間帯、着ている服や化粧によって最適の一枚は変わる。とりあえず上を見上げてあひる口、強い光で毛穴や小皺を飛ばしておけば万人の注目を集められる訳ではない。


 肉体労働も頭脳労働も、何事も反復練習だ。


 撮る撮らない、載せる載せないはさておいて、いついかなる場面でも『最適の一枚』を想定できるようにしておく意識作りが重要なのだ。


 ストロベリーガーターにとって、全ては発言力だった。


 注目を集めるならやはりスポーツだ。


 胡散臭い笑顔で慈善活動を続けるよりも、無数に乱立する動画放送局を開設するよりも、自分の城を作るならまずここをベースにする。やはり既存のジャンル―――つまりすでに独立したテレビゲームとして作られているモノ―――は取っ掛かりが多くてやりやすい。有り体に言えば、リアル生活での部屋の隅に転がっていた、よそのサッカーゲーム攻略本がそのまま参考になった。主幹スポンサー以外の広告枠を利用して弱小チームを乗っ取り、選手の強化や引き抜き、スポンサー企業との連携、放映権の駆け引きなど、ゲーム内ゲームを攻略する感覚で経営を続けてきた。マネー(ゲーム)マスターの中でなら、リアル世界では不可能なくらいの大胆な策くらいでちょうど良い。


 グラウンドや観客席に並べる看板一枚に最低でも何百万スノウという価値がつく世界、そこでの一挙手一投足は瞬く間にメディアを埋め尽くしていく。様々なAI企業と繋がりができ、人間のディーラーが利権に群がり、ゲーム内での動画放送局との太いパイプも形成されていく。


 ストロベリーガーターは丁寧にマニキュアを塗られた指先にスマホのレンズを向け、掌専門のモデルのように様々な指の組み方を試して反復練習を続けながら、

(それでいて、このゲームの中で単純に発信力を得るだけなら、何もてっぺんのS級リーグに入る意義はないのよね。向こうは向こうでそれこそ世界最高峰レベルを求められるから、選手の管理維持に莫大な金がかかる。上がったら上がったで収入と支出のバランスが崩れて赤字に転落する。……この位置が最適、R級で十分。努力は適量であれば良いのよ。体の良いスピーカーのために破算したら意味がないもの。やっぱり身の丈、コスパの計算って大切だわ)


 彼女が求めているのは『クラブチームとしての知名度』ではなく『名物オーナーという個人としての知名度』だ。それなら二軍扱いのR級でも構わない。欲しいのは古臭いテレビ中継の独占ではなく、誰でも登録できるSNSの地力を底上げする事なのだから。


 マネー(ゲーム)マスターはいかにしてお金を稼ぐかに焦点を当てたネットゲームだが、その稼ぎ方も様々だ。数学だ経済学だで流行を先読みして波に乗るのは疲れた。こちらから流行を作り、自分にとって都合の良い世界で固めた方が簡単だ。


 情報は金を生み、金は情報を生む。


 この循環を自分で作って独り占めできる者だけが、今の時代で勝っていける。


「ふん」


 スマホのテスターアプリで一定の数値を叩き出すと、ストロベリーガーターはスマホから視線を外して窓の外を眺め、形の良い鼻から息を洩らす。いや、本当はガラスに映る自分の顔と向き合っていたのかもしれない。


 美女は創るものだ。


 少なくともストロベリーガーターは心の底からそう信じている。


 目と耳が二つに鼻と口が一つ。人間なんてそんなもの。素のままでは誰だって真正面から写したパスポートの顔写真よりのっぺりしている。しかし、だからこそ怠らないのだ。努力を。万人に自分を美しく見せたいという気持ちを失った時、人は輝きを失って単なる『目と耳が二つに鼻と口が一つ』に転落する。


「……、」


 タイトスーツの美女にとってその典型がリアル世界のマスメディアだった。あれはもうダメだ。化石となっているのが分かっているのに頭の上をしがらみだらけの新聞やテレビが押さえ付けているため、結局情報の広がりには限界がある。新しい映し方は色々あるのに、何の工夫もなく正面からのっぺり顔を撮影するだけ。あれでは同じ素材を使っても刺激が生まれず、拡散するものも拡散しない。


 その点ではマネー(ゲーム)マスターが最適。


 発言するならここだ。


 何しろ一石を投じてからの波紋の広がり方が違う。情報を拡散すれば、それは仮想通貨スノウを自在に振り回し世界をまとめて動かすディーラー達へ一斉に広まっていく。


(ゲームの中でスマホをいじっているというのも不思議な話だけど)


 とはいえ、最初からこんな情報漬けの生活を送ってきた訳ではない。


 リアル世界での彼女は下町で弁当屋を営んでいた。両親から譲り受けた、小さいけれど代々伝わる老舗だった。朝早くから起きて、頑張って手作業で大きな鍋をかき回して、値段設定もギリギリで、時代遅れなんて言われて、背伸びしてホームページも作って、月の閲覧者は二〇人もいなかったけど……。




 道の向かいにハンバーガーショップができて秒で潰れた。

 真っ当に汗水流して働く努力など諦めた。




(……ミミズの肉のハンバーガーや食材偽装ももう飽きたわね)


 店を畳む事になった日。鼻につくような高級スーツを着て揉み手で残念がり、それでも耳元で情報は正義だと嘯いたのは、どこの誰だったか。


 ならばこちらも同じ剣を用意するだけだ。


 一度覚悟を決めてしまえば、ほのぼの健全経営なんてしているクラブチームは見ているだけでイライラした。目と耳が二つに鼻と口が一つ、何の努力もしていない。主幹スポンサーのAI企業が見ている前であの親子を叩き潰してチームの経営権をもぎ取った時、自分は何かの歯車が外れてしまったのだと自覚した。罪悪感どころかスカッとしたのだ。ゲームを使って現実の家庭をメチャクチャにしたのに。


 今さら退かない。


 自分は奪い取り、享楽に溺れる側に回る。


(今度は敵意をもって突っぱねるだけじゃ振り切れないような……そうね、適当に金をばら撒いてダイエットブームでも煽ろうかな。あるいはSNS映えする自炊メニューでも紹介しまくってバーガー離れを加速させるとか。別に流す情報は何でも良いのよね。それでリアルの店舗が潰れて企業グループ全体が逼迫さえしてくれれば。ゲームの世界もおぞましいわ、ここでの情報発信力はもはやリアル世界でめっきり衰退したテレビや新聞を超えているんだもの)


『しすたー>お疲れス』


『パイプレンチ>しっかしたまらんなあ。やっぱ大手の銃砲店と握手して月額いくらの撃ち放題で契約すべきかね?』


『カミング>まあまあ、あと何ヶ月かの辛抱なんですから。あれ、二年以内に契約切ると罰則アリとか言ってませんでしたっけ、ちょっと様子見た方が良くないですか?』


『服部>……ちょっと待て、何かリクエスト来てないか。ガーター、マティーニエアコンに確認を』


「?」


 古いレコードが針飛びするような、おかしな引っかかりがあった。ストロベリーガーターは情報を制する。そのためテレビ局やSNSサイトなど他人が作った枠組みではなく、クラブチームという形で広告塔・発信局を作り上げた女王だ。だからこそ、そのわずかな引っかかりが気にかかる。リヴァイアサンズのテリトリーの中の話なのに、自分の知らない情報があるというのが許せない。


「マロン、情報確認を」


「りっ、了解しました、ストロベリーガーター様」


 巨大なハンドルを握るエムプーサ―――ぺたりと垂れた大きな犬の耳や尻尾のついた小柄な少女―――が無意味におどおどしながら応答してきた。


 結果、


「マティーニエアコンから通達。えとですね、本日0219より、『ハリケーンⅢ』をビヨンデッタドーム建設予定地へ運搬する事を決定すると。例の特殊空調設備、みたいです」


「0219!? だって、もう七分もないじゃない!? ついさっきカーゴは破壊したばかりのに!!」


「ひっ!? しかし確かにそうあります! 文面を端から端まで確認しましたが、特に暗号や符丁らしきものが織り交ぜられている様子もありませんっ!!」


「……、」


「えと、フォントを数字に分解して特別な意味が隠されていないか再度確認しますね? いえいっそインプラントが埋め込まれていないか縦読みとかタを抜いてみるとか……」


「余計な事に演算リソースを割り振らないで、マロンちょっと黙って!!」


 無駄に高性能なのも善し悪しだ。一瞬で全文確認する上、文章解析では聞いた事もない不思議な読み方まで徹底的に網羅していくので、おどおど子犬系が不安や疑念に囚われると延々ループを繰り返してしまう。自分のコンピュータに向けてわざわざDDoS攻撃でもしているようだ。


(それにしても、一体何が……?)


 これまでは、だ。


 マティーニエアコンが特殊空調設備を持ち込むのは、せいぜい月に一、二回の頻度だった。だからこうしてその都度万全の体制で襲撃計画を練られたのだ。持ちつ持たれつとはいえ、正式に書面で約束を取り付けた訳ではないし、現場で飛び交うのも実弾。何かの間違いで一発当たってフォールの可能性だってもちろんある。準備に時間が必要だった。


「何がどうなって……」


 呟きかけて、ふと気づいた。


 トレーラーの車列よりかなり先でトラップが立て続けに誤爆していたところから察するに、おそらく襲撃計画を止めようとした敵対ディーラーがいる。どんな儲けの設計図を書いているかは知らないが、ヤツの目的はビヨンデッタドームを無事完成に漕ぎ着ける事にあるだろう。そうなった場合、襲撃計画を止められなかった敵対ディーラーにとっての次善の策とは何だ? 一体どうすれば状況を巻き戻し、リカバリーできる?


 手の中でスマートフォンをくるくる回し、ストロベリーガーターは思案する。


 そのまま腕を伸ばして自撮りすると、その表情から輝きがくすんでいるのが分かった。仕手戦における大きな損失の前触れのような、流れの傾きを感じる。このわずかな翳りを払拭するためには、最大の努力を払うべきだ。


「マロン、マティーニエアコン周辺を再検索」


「ぐっ、具体的に何を、ですう?」


「株価でも業績でも企業価値でも何でも良い! とにかくマティーニエアコンのアキレス腱に噛み付いているディーラーがいないかどうかよ!!」


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