【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《012》




 つまり、カナメ達が取った行動はシンプルだった。




「マティーニエアコンは業績不振に陥るたびに、自分で作った赤字を埋め合わせるため莫大な保険金を活用している。それなら話は簡単だ。……こっちからマティーニエアコンを襲って会社を傾けてやれば良い。何度でも護衛クエストをやり直せる」


 動きを止めた赤い紅葉柄の大型レーシングバイクにまたがったまま、ミドリが呆れたような顔で言ってきた。


「悪趣味。気が狂ってる」


「他に手があれば」


「ないけど。はあ。人助けのためとはいえ、これまた大掛かりになってきたわね……」


 すでにミドリの頭の中では、『遺産』やその『リスト』はいったん脇に置いているようだった。最優先は理不尽に苦しめられている海辺親子。彼女はそれで構わないともカナメは思う。


 とは言っても、マティーニエアコン自体は街の外、3D構築されていない、データだけの存在だ。本社に殴り込みを仕掛ける訳にもいかない。あくまでモデリングされている、常夏市のフィールド内部でアクションできる事を探さなくてはならないのだ。


「ツェリカ、半島金融街、特に中心部の今夜の気温と湿度は?」


「……自分のモバイルウォッチで確かめろ旦那様。摂氏三四度、湿度七〇%。ヒートアイランドと夕方辺りにスコールが降った影響じゃな、うだうだの熱帯夜じゃのうー……」


「何でそんな気分オチてんの?」


「見ろよこのボロッボロのマシンをッ! わらわが毎日ワックス掛けてピカピカになるまで磨き上げとる自慢の神殿がっ、この体たらく!! もはや夢に出てきそうじゃ!!」


「マティーニエアコンのサポセンは?」


「距離五センチから全力で叫んでも旦那様ったら一ミリも魂に響かんのな? 二四時間対応。AI企業でもなければ不可能だがの」


「なら小細工一つで事足りる」


 言って。


 カナメはミントグリーンのクーペのドアに寄りかかったまま、短距離狙撃銃を真上に向けた。かけっこの合図のように、後はそのまま引き金を引けば良い。




 頭上を走るのは複数の鉄塔に支えられた高圧電線だ。




 鋭い火花の音と共に、半島金融街の夜景が半分ほど潰されていく。


 学校の廊下にある火災報知機のボタン押してみる? どころの騒ぎではない。リアルでこんなのやったらネットニュースで大炎上間違いなしのオオゴトである。


 まさにゲームの中の暴挙。


 もちろん、流石にこれ一本で街の電力を全て賄っている訳ではないし、金融取引に強いディーラー達は自前の非常電源を確保しているケースも多い。取引所も停止はしないだろう。


 ただし、だ。


「停電の原因なんて、いいやエアコンが止まった理由なんていきなりパッと分かるものじゃない。ブレーカーが壊れたのか、配線のせいか、それとも機材の不調か。冷房なんて情報関係と比べれば二の次とはいえこの熱帯夜だ、兎にも角にもエアコンメーカーに電話して復旧してほしいディーラーは山ほどいるだろう」


「停電しているのにどうやって? ケータイも基地局ダウンで止まらなかったっけ?」


「こんな時代になっても街のあちこちに錆びた公衆電話があるの見かけなかったか? 災害対応モデルなら普通の電線に頼らない。電話線からの電力だけで通話はできるんだ」


 言われてもピンとこないらしく、ミドリは首をひねっていた。まあ、昔懐かしい黒いダイヤル式の電話を使った事がなければそんな感じかもしれない。


「で、サポートセンターがパンクしたら不満が爆発して企業価値が下がるですって?」


「リアルじゃそこまで極端化しないけど、ここにいるのはディーラーばっかりだからな。腹いせに株を売り買いするくらい珍しくない。ちなみにミドリ、電話注文でも株の売買はできるって話くらいは知っているよな?」


 そしてどんな形であれ、業績不振の警告マーカーが出ればマティーニエアコンは機械的にトレーラーの大名行列を走らせてしまう。


「でも、また護衛クエストに再挑戦する訳? ある程度トラップは破壊済みだから前よりやりやすいんだろうけど、二の舞にならないかしら」


「やる気のない連中になんか預けておけるか」


 カナメは吐き捨てて、


「……こっちからトレーラー襲って、空調設備一式を丸ごと奪う。そいつをビヨンデッタドームまで直接持っていけば煩わしい問題は全部片付くんだ」


「え、AI企業を守るガチのPMC勢なんじゃよな……? リヴァイアサンズ以外の襲撃で手を抜くとも限らんのじゃろ。てかGPS付きの防犯ブザー投げつけのサポートした時はフツーに黒塗り防弾車で追い回されたしの!」


「ツェリカ。多分今以上に車ボロボロになるけど良いよな? どうせもうここまでやっちゃったんだし」


「ぎごぶりかっ!? だ、だ、そもっそも旦那様が自分でこうしたんじゃろうが……!! 手塩にかけて面倒見てきたわらわのカワイイ神殿じゃぞ。言うに事欠いて、何じゃそのっ、処女じゃないから別に良いでしょ的な雑っぽい扱いはあーっ!?」


 さておきだ。


 大型バイクにまたがったまま、ミドリは首を傾げていた。


「悪徳クラブチームと持ちつ持たれつになってるAI連中を何とかしないといけないのは分かったけど……。実際、殺人ロボット軍団みたいなPMCに勝てるの?」


「普通なら無理。ミドリ、マギステルスの冥鬼を呼び出してくれ。バイクだと両手が塞がるから、この先一人きりだと厳しい。後ろにアシスタントをつけるべきだ」


「ええっ、だから具体的に何すんの?」


 質問に、カナメはクーペの後ろに回ってトランクの扉へ手を掛けた。


 がぱりと真上に大きく跳ね上げて、


「……ならこっちも裏技を使わせてもらおうか。ショットガンの『#豪雨.err』に対物ライフルの『#火線.err』。タカマサの『遺産』二つでゴリ押しするぞ」




 ギャリギャリギャリ!! というタイヤの悲鳴がしばらく鳴り響いた。




 安全を確保したからか、獅子の嗅覚のチリチリした痛みがゆっくりと引いていく。


 フロントガラスに表示した対AI兵力用のメーターも三〇辺りから数字が減っていき、やがてウィンドウそのものが勝手に消えてしまった。注目数、〇人。つまりは全滅。何でもありのマネー(ゲーム)マスターの中でもなかなか珍しい状況だが、PMC部隊を丸ごと排除してしまえば次の増援がやってくるまでは安心という訳だ。


「ほら。火傷するから銃身には触るなよ」


 カナメはクーペの運転席のドアを開け放つと、車内のレースクイーンへリボルビング式グレネード砲に似たショットガン『#豪雨.err』を軽く放り投げ、振り返らずに言い放つ。


「ツェリカ、そのまま『遺産』を預かっててくれ。あとマシンの運転はしばらく任せる」


「ふん、浮気者のクソ馬鹿旦那様め、わらわというものがありながら、ぶつぶつ……。まったく、まったくもう! そうやってどんなシートでも尻を乗せてハンドル握っていればよいわ!! 旦那様が儲けようとしてる例の地下鉄工事の投資メッチャクチャにしてくれようかッ!!」


「ツェリカ?」


「うるせえわ次からわらわが神殿たるマシンのハンドル独占すんぞ危険運転旦那様めーっ!!」


 ツェリカは尻尾をピンと立てていた。いまいち意図が見えない泣き言を聞きながらカナメはすぐ近くで動きを止めていた大型トレーラーに向かう。これは撃ち合いゲームの基本だが、安全を確保したとは分かっていてもやっぱり車を降りて生身剥き出しで現場を歩くのは緊張する。納豆のネバネバを使った吸水素材だったか、くさむらがウォーターベッドを踏むような感触を靴底に返してきた。そうして、カナメは運転席のドアも開け放つ。ごろりと転がり出てきたAI制御の運転手を道端に放り捨てて鍵を手に入れてから、車体の後部に。連結されたコンテナの両開きの扉を大きく開放していく。


 エアコンというより、大型旅客機のエンジンを剥き出しにしたような、巨大な銀色のタービンの塊といった方が近いかもしれない。一〇〇メートル規模のドーム施設を丸ごと膨らますとなると、やはり並のエアポンプでは済まないようだ。


「よし」


「だいじょぶそう?」


 ドルゥンドルゥン太いエンジン音を鳴らし、赤い紅葉柄の大型レーシングバイクが徐行で近づいてきた。ハンドルを握っているのは黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートのミドリだが、彼女とは別に後部シートに赤いミニチャイナの美女がまたがっていた。肩まで伸びた艶やかな黒髪は額から伸びた二本角が割り裂き、その真ん中にお札が貼ってあった。マギステルス・冥鬼。無表情な美女は巨大過ぎて肩で担ぐスタイルになった対物ライフル『#火線.err』の狙撃担当だ。マギステルスに射撃を任せられると聞いたミドリが早速試した形となる。


 カナメは両手で鉄の扉を閉めながら、


「ミドリ、俺はこのトレーラーを直接引きずり回してビヨンデッタドーム建設予定地を目指す。巻き込まれるなよ」


「ちょっと! 私の仕事は……」


「横殴りの銃弾の嵐がやってくるぞ。正直に言えば装甲のないバイクでウロチョロされても守り切れない。正義の心に燃えているのは分かったが、ここであんたがフォールしたら元も子もないだろう」


「だから! そのAI制御のPMC部隊が躍起になって奪還作戦に挑んでくるんじゃない? パワフルですばしっこい防弾車がわんさか飛んでくるわよ。下手したら攻撃ヘリとか無人機まで」


「分かってる、蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは確実だから、始まったら絶対に近づくなよ。安全なパーキングやサービスステーションを拠点にして、そこから支援してくれれば良い。狙うのはあくまでも人間のディーラーが集まったリヴァイアサンズ。無限増殖するPMC側を撃っても意味ないから無視するんだぞ」


「それ、あの子達の未来を買い戻す事に繋がるのよね?」


「確実に」


 即答であった。


 それを耳にして、ミドリはそっと胸を撫で下ろそうとしたが、直後に気づいたようだ。


「なら良いけど、あなたの方は大丈夫な訳!? リヴァイアサンズとAI企業PMC、両方から板挟みになるじゃない。文字通り蜂の巣にされるわよ!」


「その二つが勝手に共倒れしてくれる展開がベストだ、だから釣竿からニンジンぶら下げてヤツらの鼻先で振り回す。なぁに、元々大型トレーラーの耐久値は例外扱いの戦車や装甲車を除けばピカイチだ。多少被弾した程度でクラッシュするものじゃない」


「……、」


 小さなお尻でバイクにまたがったままの霹靂ミドリが何か言いたそうなのは、実際にカナメが難攻不落の大型トレーラーをコースアウトさせて手中に収めているからだろう。『遺産』を使ったゴリ押しとはいえ、それを言ったらリヴァイアサンズにもガトリング銃の『#竜神.err』がある。当たり前の話だが、マネー(ゲーム)マスターに絶対はないのだ。


 あのタカマサだってフォールした。


 凶暴な敵対ディーラーの鉛弾からカナメの妹を庇って、だ。


「ミドリ」


「分かってる! ……分かってんのよ、本当は。どこまで行っても私はルーキーで、このゲームの中じゃどんな言い争いをしたって絶対あなたが正しいんだってくらいはさ。そもそもあの親子にスタジアムやクラブチームを返したいって駄々こねたのは私自身。だからあなたに戦うなって言うのは的外れにもほどがある。そんな事くらい」


 だけど、だ。


 カナメだって馬鹿じゃない。ミドリの心境くらいは汲み取ってやれる。正しいとか正しくないとか、経験の違いとか効率の計算とか、そんなものとは別の次元で、人はやっぱり不安になる生き物なのだ。いいや、霹靂ミドリはここで人の心配をしてしまう少女だったのだ。リーダーに自殺志願の素振りがあったらここまでついてきた自分が心細くなる。そんな風に罵倒する事だってできたはずなのに。


 カナメは優しく目を細めた。


 やはり霹靂ミドリはあの男と同じ血を引く人間だ。こういう根っこの部分だけは、どれだけ訓練しても場数を踏んでも後付けでは手に入らない。天性の才能とは、やろうと思えば衣服のスキルやパラメータで底上げできる記憶力や反射神経を指すのではない。全てを理想の自分に書き換える事のできる究極のバーチャルに身を浸しても、どうしても捨てる事のできない本音の部分。ミドリやタカマサのそれは、どうしようもなく美しく繊細で、でもだからこそ金と欲望のマネー(ゲーム)マスターに置いておくにはあまりに危ういのだと、カナメはそう思う。


 守らなくては、と少年は静かに覚悟を固める。


 タカマサの『遺産』を好き放題使う輩をそのままにはしておけないし、そんな兄の『遺産』を追って、自由度が高過ぎてモラルの崩壊したマネー(ゲーム)マスターの中に飛び込んだミドリをアリジゴクに呑み込ませる訳にはいかない。


 あの兄妹が何かを我慢して涙を堪え、唇を噛むような話はもう終わりにする。


 少女に押し付ける必要はない。


 一人でそっと決めて、見せびらかす事なく実行すればそれで良い。


「始めるぞ」


「……、」


「こいつをビヨンデッタドームに送り届けてリヴァイアサンズを揺さぶる。俺は連中が大事に抱えているタカマサの個人的な資料を返してもらうため、あんたは例のスタジアムとクラブチームを元の持ち主へ返すために。……タカマサのルーズリーフの中に『遺産』に関する『リスト』があれば、『遺産』を全部集めて混乱を治めるのにぐっと近づく。あれはただの宝の地図じゃない、タカマサがゲームの中に残した想いの欠片だ。見知らぬ人間になんか弄ばせない。それに苦しみ続ける人達を減らせられる。今回みたいな悪徳ディーラーに苦しめられる人を、少しでも」


「少しじゃダメよ」


 ここだけは、きっぱりとミドリは言った。


 経験の有無とか実力の大小とか、そんな話ではない。


「全員きっちり救いましょう。兄の『遺産』の餌食になんか誰もさせない」


「そう言ってくれて何よりだ」


 小さく笑って、蘇芳カナメは呟いた。


 タカマサに恩を返して少女を守るために戦う側としては、ミドリのこういう所は立派な救いになってくれる。


 いよいよカナメ達が本格的に動き出す。


「サポート頼む。下手にトレーラーへ近づくなよ、欲しいのはあくまでも支援だ」


「だから、もう、分かってるってば!」


「そいつがリヴァイアサンズに最大のダメージを与える事に繋がる。スタジアムとクラブチームを元の持ち主に返すんだろ、協力してくれ」


「頭を下げるのはこっち。あなたこそ無茶はしちゃダメだからね!!」


 少年は開け放ったドアから大型トレーラーの運転席に乗り込み、ミントグリーンのクーペと赤い紅葉柄の大型レーシングバイクはいったん距離を取っていく。


(……さて)


 カナメの方は小細工抜きだ。ツーシータのスポーツカーと比べるとやたらと高い視点に大きなハンドル。慣れるのにやや苦労させられそうだが、とにかくサーカスの火の輪潜りみたいなハンドルを両手で掴んで回す。真っ直ぐ半島金融街中心部へ向かう幹線道路へと、そっとレコードの針を乗せるように合流していく。


 やたらと硬いクラッチペダルやシフトレバーと格闘して速度を稼いでいくと、早速反応があった。後ろにコンテナを引きずるトレーラーではルームミラーは役に立たない。代わりにフロントガラスの一部を切り取った小さなウィンドウに後方カメラの映像が表示されていた。そちらで複数のヘッドライトの閃光がチラついているのだ。光の目はいずれも隻眼。車ではなくバイクのものだ。


(ここまでくれば隠す気もなし、か)


 鼻先にチリチリした特有の感覚が走る。


 獅子の嗅覚。


 獲物の気配を捉えて、ディーラーが笑う。


 巨大なハンドルを操るカナメの正面、フロントガラスの隅にSNS系のメッセージチャットの申請が来る。バッテリー頼みで車同士を直接結んでいるからか、停電下でもお構いなしだ。幅広なトレーラーなので、視界の端に収めるのにやや手間取った。


『ストロベリーガーター>誰にケンカを仕掛けているか、きちんとリスクとリターンは勘定できてる?』


『PMCトレーラー01>おいおい、AI企業と直接の密談は避けてきたんだろう。こんな所に痕跡を残してしまって良かったのか?』


 送信してからカナメは眉をひそめた。それから、今は奪った車からメッセージを返しているのだと遅れて思い出す。どうせこの一夜限りの関係だし、いちいち設定を変えて認証し直すのも面倒だ。


『ストロベリーガーター>やはりあなた、人間のディーラーね』


『PMCトレーラー01>まあ、隠す気もなかったけど』


『ストロベリーガーター>リヴァイアサンズが五分で殺すわ。構わないわね』


『PMCトレーラー01>やれるものなら。……それからふざけんなよ女狐、その看板を背負っても良いのはあんたじゃない』


『ストロベリーガーター>頑丈なトレーラーに閉じこもっていれば無敵だと? デコイの同型車もなければ防弾の護衛もいない。うちの精鋭は悪路用のスキルで強化されている。オフロードを自在に走るこちらは一本道に沿って進むしかないあなたへ近づく必要さえないわ。最短でも六○○、最大で二〇〇〇以上のロングレンジから掃射するだけで蜂の巣にできる。アサルトライフルとガトリング銃の組み合わせでね。フォールして存分に借金生活を満喫なさい』


『PMCトレーラー01>ゲームを楽しんでいるんだ、ネタバレなんかしないよ。さっさと来い、驚かせてやる』


 ぶわり! と。


 真後ろから追ってきたはずのオフロードバイクのヘッドライトが、各々左右へ大きく分かれていく。女王の号令で展開される殺人バチの包囲網。宣言通り、道順を無視して草原を突っ走り、安全な遠距離から掃射でトレーラーを吹き飛ばす腹だ。


『ストロベリーガーター>無意味なフォールね。AI企業の足の裏まで舐める借金地獄へようこそ』


『PMCトレーラー01>さてどうかな』


 直後であった。




 ゴゴンッ!! と。




 その大地を揺さぶる震動は、大型トレーラーのアクセルペダルを強く踏み込んだからでも、オフロードバイクの連中がアサルトライフルの引き金を引いたからでもない。


『ストロベリーガーター>なに?』


『PMCトレーラー01>自分で調べなよ』


『ストロベリーガーター>対物弾じゃない、グレネードやロケットとも違う。そもそもかなりくぐもっていた、地中で対壕航空爆弾でも起爆したっていうの!?』


『PMCトレーラー01>マギステルスいるんだろ。隠している訳じゃないんだ、正しい場所を再検索させれば分かるよ』


 沈黙は五秒もなかった。


 それだけあればマギステルスに何万回複雑極まりない自律計算をさせられた事か。


 ひゅん、と。


 トレーラーのすぐ横を、巨人のシーソーみたいなポンプジャックの影が流れていく。


『ストロベリーガーター>石油採掘施設の増産命令? 大口の買いが殺到しているですって』


『PMCトレーラー01>あらもうバレた』


『ストロベリーガーター>狙いは液状化現象で一帯の地盤をガタガタにする事かッ!!』


 ボロボロで耐久度を失ったクーペに、元から生身剥き出しのバイク。ツェリカやミドリに過酷な銃撃戦は頼めない。よって一足先に郊外の幹線道路の途中にある、ガソリンスタンドとレストランを合体させたような安全なサービスステーションまで離れてもらい、錆びた電話から仕手戦に集中してもらっていたのだ。実際の取引はツェリカ主導だろうが、ミドリにとっても傍で見ているだけで勉強になるだろう。


『PMCトレーラー01>中心部は今もこうして停電している訳だしな。電気が不安定になるとガスなりガソリンなり、予備電力関係の銘柄はただでさえ跳ね上がるもんだよ。つまり、AI連中はこういう事が起きれば何もしなくても「慣例」で勝手に採掘準備を進めて待機する。後はそこに、投資で刺激を与えてやれば良い。これから大量に売れると思い込ませるパターン分布でな』


 地中の震動によって地下水が刺激され、柔らかい地盤をぐにゃぐにゃに歪めてしまう液状化を使えば、確かに単車を走行困難に見舞えるかもしれない。特に、アスファルト舗装されていない土や草の地面なら。


 ごぼごぼという音と共に、湧水にさらされた土の大地が不自然な揺らぎにさらされる。


 ただし、


『ストロベリーガーター>甘いわよ』


 相手はまだ崩れない。


 混乱で時間は稼いだが、それでも天津トンネルまでまだ数キロ。ここを凌げなければ、アサルトライフルの山に『遺産』のガトリング銃まで襲いかかってくる。開けた郊外でロングレンジから一方的に掃射された場合、真っ直ぐな道を走るしかないカナメ側は反撃も回避もできそうにない。


『ストロベリーガーター>こちらは元々オフロード仕様。サーカス紛いの曲芸も仕込んであるし、複数のスキルで悪路に対応しているわ。多少大地が波打った程度でブレーキをかけるような猟犬達じゃない!』


『PMCトレーラー01>誰もそんなの期待しちゃいない。汚れた金を掴んで、ラフプレイくらいしかやる事のない悪徳クラブチームをぶっ潰すのにはもっと他の手を使うさ』


 カナメもまた、揺るがなかった。


 二人乗りの殺人バチどもから攻撃態勢に着かれても。むしろ距離があればあるほど、言い換えれば、アスファルトの一本道から遠ざかってもらった方が助かるのだ。


『PMCトレーラー01>忘れたのか。マティーニエアコンを締め上げる時、こっちは鉄塔の高圧電線を切断しているんだ。そして金融街の停電は驚くほど短い。そろそろ回復する頃じゃないか?』


 沈黙があった。


 いや、別のチャンネルで慌てて指示出しでもしているのかもしれない。


 先ほどこう言った。


 ミドリとツェリカには、『安全』なサービスステーションに向かってもらったと。

『PMCトレーラー01>なあ、そこらじゅう湧水でぐしゃぐしゃになった地面と鉄塔から垂れ下がった高圧電線の組み合わせだ。無理矢理電力を回復した場合、何が起きると思う? 生身剥き出しのバイクは大変な事になりそうだけど』




 ズバヂィッッッ!!!??? と。




 青白いスパークが夜の草原を埋め尽くすのと、大型トレーラーが天津トンネルに突っ込んだのはほぼ同時だった。大きな混乱があったためだろう、魔の数キロでも掃射はなかった。特徴的なオレンジ色の照明の連なりがカナメの世界を埋め尽くしていく。


『PMCトレーラー01>この辺りは荒地だったのを人工的に農地開発しているからな。納豆のネバネバみたいな吸水素材だっけか? 湧水と混ざり合って液体の性質を変えてしまっているから、一度放たれた高圧電流はアースみたいに地面の奥には流れていかないぞ。地中に潜れないなら、後は表面をどこまでも広がっていくだけだ』


 半円形のトンネル。片側のみだが、それでも三車線。追いつ追われつのカーチェイスには十分な広さだ。


『PMCトレーラー01>今ので半分くらい減ったかな。精鋭なのにもったいない』


『ストロベリーガーター>殺す』


『PMCトレーラー01>むしろ今までは何のつもりだったんだ。フォールしたダチの想いの欠片をニヤニヤ笑いで覗き見して、あいつのオモチャ勝手に持ち出した上、好き放題振り回しやがって。しかもやっているのは何の落ち度もない親子の人生奪って私欲のためにスタジアムを乗っ取っただと? こっちは最初から殺し合いのつもりだよ、本気のな』


 鼻先の、静電気みたいな感覚が強まった。


 オオゥン!! というエンジンの叫びがトンネル内を反響する。カナメのトレーラーより随分音色が高い。いよいよ二人乗りのオフロードバイク達が接近戦の構えを取ってきたのだ。苦手なインファイトであっても、このまま天津トンネルを抜けて中心街に入られるよりはマシだと英断したのだろう。


 当然ながら、二〇トンに届くトレーラーと軽量のオフロードバイクでは体格差がありすぎる。こちらが何もしなくても、向こうから軽くコンテナの角に接触してきただけで撃破扱いとなるだろう。


 カナメが注目したのは、バイクそのものではなく後部シートのマギステルス達が掴んでいる銃器の方だった。


(ただのアサルトライフルで大型トレーラーを蜂の巣にできるなんて思っちゃいないはずだ。人間とマギステルスのスキルは共有。何か底上げしているな……)


 しかしその重さはカナメにとっても仇となる。バランスを崩さずに蛇行してオフロードバイクにぶつけるのはかなりの難易度だ。しかも相手は複数。片方を囮にしている間にもう片方が反対側の脇をすり抜けて……とやられてしまったら、細かなハンドルの切り返しなど到底間に合わない。トレーラーは強大だが、基本的に一回の体当たりで一つの標的しか狙えないのだ。


 そして、相手の得物は最低でもアサルトライフル。最悪で『遺産』クラスのガトリング銃となる。運転席の前か横につけて連射された場合、ドアやガラスは保たない。そのまま蜂の巣にされてしまう。


 短距離狙撃銃『ショートスピア』で迎え撃つ線もなし。トレーラーのハンドルは巨大過ぎて、とてもではないが片手で捌くのは不可能だ。よって、運転席に回り込まれたらおしまいと考えて良い。


 全部織り込み済みだった。


 リスクを承知で勝負を仕掛けたのだから。


「……ここからが本番だ」


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