【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《010》


 ミントグリーンのクーペがいよいよ動き出す。


 とはいえ、最初からエンジン全開で最高速度を叩き出す訳ではない。


 最初は後ろからゆっくり近づいてくる大型トレーラーの群れや護衛車を待った。


 相手がこちらを追い抜こうとするタイミングでカナメは運転席の窓を開け、短距離狙撃銃でコンテナ側面に一発。


 獅子の嗅覚。鼻先で急速に痛みを増してくる。


「じゃあ逃げろ」


「もっと他にやりようはないのかのう!?」


 ガォン!! とクーペのエンジンが派手に吼え立てる。


 フロントガラスの端に、追加でウィンドウが一つ出現した。


 タイヤのスリップ音と共にいくつもの黒塗り防弾車が反応したが、拘泥するつもりはない。さっさと最高速度で振り切る事にする。


 基本的に真正面からの撃ち合いを繰り返してもこちらが損をするだけのPMC戦。よって無事に逃げ切ったかどうかを示すメーターを用意したのだが、二〇以上あった数字がみるみる減っていく。前後のドライブレコーダーと連動して顔や目線を識別するプログラムを組み合わせた即席。何人のPMC兵に注目されているかをカウントしているもので、〇になれば逃げ切れるといった寸法だ。


 すぐにその時は訪れた。


 速度で振り切って逃げるにしても、連中が目線を切るまで随分早い。

「……AIどもの追跡限界は五〇〇か、意外とあっさり系だな。護衛が囮を追い回して本隊が手薄になったら意味ないって話なんだろうけど」


「あっぶね……またもやわらわが毎日丁寧にピカピカになるまで磨いておる神殿が蜂の巣にされるトコじゃったぞ」


「それよりGPSは?」


「それよりっつったの忘れねえからな? 旦那様が蜂の巣をつついて注目を集めた隙に、予定通りミドリのヤツが粘着テープで細工した防犯ブザーを投げて貼り付けた。トレーラーの死角、コンテナの真上にな。ここから先は地図の光点で位置を確かめられるようになるぞ」


「PMCの注目度」


「旦那様一択のまま振り切ったから問題ない。ミドリはロックオンされておらんからちょっとはマシンの心配をしろ! わらわの神殿っ!!」


 標的の護衛がしつこく喰らいついてくるようなら排除の必要もあったが、距離を離せば引き返すと言うなら問題なさそうだ。後はそのまま前方でバイクを待って合流すれば良い。


 一方で、紅葉柄の大型バイクで併走するミドリは途中で何度も後ろを振り返っていた。


『ミドリ>それよりこんなに距離取っちゃってほんとに大丈夫なの? いつリヴァイアサンズに襲われるか分かんないんでしょ、急行できなくなるわよ!?』


『カナメ>例の車列はAI企業のものだぞ。企業系のPMC部隊は相当強い。「#竜神err」のゴリ押しだけで倒されるとも思えない。まずは罠だ。こちらで先行して道を塞ぐ罠を叩くのが先』


 もちろん罠と言うだけあるのだから、目に見えて分かるような目立つ仕掛け方はしていないはずだ。今回のケースだと威嚇して足止めではなく、実際に車列を吹き飛ばすのだから。


『カナメ>ミドリ、逆サイドに回れ』


『ミドリ>何で? そっち追い越し車線でしょ???』


『カナメ>何も言わず五秒以内にやらないと爆風に巻き込まれる』


『ミドリ>なら長文bbbバカ!!』


 慌てて赤い紅葉柄の大型バイクがミントグリーンのクーペを盾にした直後、ツェリカがシートベルトを外してリクライニングレバーに手をかけた。開いた助手席側の窓に向けてカナメは短距離狙撃銃の銃口を差し向ける。狙いは道端に並ぶポリタンクの一つ。元は衝突時の衝撃を殺すための水がめだったのだろうが、それにしてはド派手に爆発した。おまけに小さな鉄球やネジまでたっぷり詰まっている。


「トラップ撃破、成果一」


「お、おま……」


「どうしたツェリカ、放送禁止用語はナシで頼む。いいか、頭におをつけて丁寧にするつもりかもしれないその四文字は絶対ダメだ」


「お前このクソ馬鹿旦那様さっきのガリガリ音は一体何じゃわらわの神殿今どんだけひっかき傷つけられたんじゃあ!?」


 助手席の背もたれを起こしながら噛み付くようにツェリカが叫んできたが、生憎と、尻尾大暴走のマギステルスには構っていられない。


『カナメ>ミドリ後ろに回れ』


『ミドリ>またっ?』


『カナメ>今度は右側』


『ミドリ>うわっヤバした!?』


『カナメ>まだある。そのまま車を盾にしろ』


「おおおお、おおぅーい旦那様ッ!? てかミドリついてくる必要なくね? あいつ庇わなくちゃならんからわらわの大事な神殿盾にされっ放しにされておらんかのうー!?」


「あいつもあいつで抱えられるだけのお姫様は嫌なんだろ。自分の身は自分で守れるディーラーになるためには経験を積ませる必要がある。海辺親子? 奪われたスタジアムやクラブチームを取り返す? ははっ、チュートリアルにはちょうど良いミッションだ。『リスト』獲得の道すがらにあるなら手を貸してやっても良いだろう」


「ないすばでーのわらわと比べてこの激甘対応よ……。もしや貧乳の年下好きに転がったんじゃあるまいな旦那様!!」


 もう両手で頭の角を掴んでヘッドバンギングが止まらないツェリカは本当にサービス精神が旺盛だ、さっきから大きな胸の揺れが止まらない。


『ミドリ>何で罠の位置が分かるの?』


『カナメ>射線が開いてる。爆風で倒すにせよ爆発物を投げ込むにせよ、トラップは獲物まで殺傷力を届けなくちゃならない。幸い土の地面と違って地雷を埋める事はできないからな。基本的には上から投げ込むか側面から脇腹を刺すしかない。見つかりにくいよう爆発物の弾道は針の穴を通すようにカムフラされているけど、かえって不自然だ。ほらそこのゴミ袋』


 ビビスビス!! と特殊な銃身で音の消された弾丸が立て続けに飛ぶ。


 この程度なら、獅子の嗅覚に頼るまでもない。


 またもや『安全な処理』で爆炎の花が咲いた。


『カナメ>薄い壁で遮って、派手な爆風でまとめて車両を貫くケースもあるけどね。そういう場合に備えて一応は「トランスミット」をつけてる。……ほんとはこういう、スキルで補助して射撃の底上げするのは嫌いなんだ。今は地雷探知と割り切って我慢しているけど』


『ミドリ>とらんす?』


『カナメ>透視、壁の向こうを透かして見るスキル』


 ぎょぎょり!! という変な音と共にいきなりミドリの大型バイクが蛇行を始めた。何故か自分の細い肩を両腕で抱くようにして平べったい胸を隠している。


 少年は呆れたように、


『カナメ>ミドリ、両手を離してバイク乗り回すな。暇過ぎて変な自転車の乗り方を研究する中学生か』


『ミドリ>わt私wtは普通に女子中学生だわ!! てか、ちょ、待って透視って事は私の水着の奥kもあのそのnう……!!』


 どうやら顔を真っ赤にしている少女は自分の体を抱いて色々ガードしたいお年頃らしい。レア度8のスキルで水着の奥を透かして見る事はできるか。もういちいち律儀に答えるのも馬鹿馬鹿しくなってきたので放っておいた。


 あれは普段は意識していない、壁を反射したりドアの隙間から漏れる微細な光を読み取って正確に像を結ぶ事で、曲がり角の奥やドアの向こうを疑似的に透かして見るスキルだ。つまり本当に密閉された箱の中は覗けない。


「とはいえボディラインの関係で、水着は胸元なり腰回りなり大抵どこかしらわずかな隙間が空いているもんじゃがの。特にビキニは」


「まだこの話する? これ以上追及しても誰も幸せにならないよ」


「疑惑を何とかせんとわらわがモヤモヤするのじゃこの貧乳ぶかぶか好き旦那様!!」


 こっそり設置された爆弾を簡単に撃って簡単に処理できるのは、リヴァイアサンズ自身が不発弾に悩まされたくないからだろう。仕掛けた罠に無関係な別の誰かが引っ掛かると、そこから無用な対立が発生する。信管が作動しなかったら撃って起爆する、くらいの気持ちなのだ。


 ともあれ。


 地雷さえ処理してしまえば、後からなぞってくる車列の安全は確保される。


 それだけで終われば、だが。


「ツェリカ、ドライブレコーダーをチェック。録画と分析やってるか?」


「一応な。ふんっ、一応だぞ! ぷんすかっ!!」


 フロントガラスの中で邪魔にならない位置にいくつかウィンドウが開き、これまで処理した爆発物の設置傾向が網羅される。


 大体はカナメの肌感覚と一致していた。


「罠の精度は大体見切った」


 傾向と対策が分かれば苦労しない。フロントガラスを通して風景に光点を重ねて表示し、茂みに隠されたオフルート地雷へ窓から気軽に鉛弾を撃ち込んで起爆する。


 ハック、狙撃、そして爆破。


 こういった特殊行動は個人のクセが表に出やすい。部屋を見て当人の心理を分析するのと同じ。解けてしまえば、次を予測できる。


「『H.A.S.』辺りのかくれんぼスキルかの?」


「だな。あれは追う側にしても隠れる側にしても、人の意識しない死角がどこかを見極めるスキルだ。わずかな地面の汚れや手すりのすり減り方を判断材料にするんだったか。でも分かっていれば爆弾設置のクセを読みやすい」


 スキルも善し悪しだ。便利な機能ではあるが、バレてしまえば逆手に取られる。


 カナメの獅子の嗅覚やミドリのコーディネート分析能力など『元来の才能』とは勝手が違う。


 有力ディーラーは静かな調子で、


「わざと解除させてから二段階トラップで吹っ飛ばすつもりかとも勘繰ったけど、そういう手の込んだやり口でもなさそうだ。この調子で行こう、あと一五分も走ればマティーニエアコンの大名行列は中心街行きの天津トンネルに入る。そしたらリヴァイアサンズも思った通りに動けなくなるから……」


 言いかけた時だった。


 ルームミラーに何か光が反射した。


 シュガッッッ!!!!!! と。


 はるか後方で、巨大な爆炎が咲いていく。


「おい、何だ、ちょっと待て……」


 ギャギャリ!! とタイヤを滑らせ、慌ててカナメはミントグリーンのクーペを急停止させた。


 黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートのミドリも紅葉柄の大型レーシングバイクを大きくその場でターンを切って車の傍に寄せると、カナメのクーペのドアガラスを黒手袋に包まれた手の甲で軽く叩いた。


 もはや肉声で黒髪ツインテールは言う。


「ちょっとあれ、爆発してない? トレーラーの車列!」


「そんな馬鹿な……」


「現に地図の上からGPSの光点消えとるぞ」


「『#竜神err』、兄の『遺産』の力……? 冗談じゃない、ドームを膨らませる特殊空調を無事に届けないとスタジアムを取り戻せないのに!」


「……、」


 ステータスで考えれば、企業を直接守るAI制御のPMC部隊は一般ディーラーと比べてかなり強い。スキルは何もつけていないが、地力のパラメータがケタ外れなのだ。感覚的には人の形にガワだけ整えた殺人ロボットに近い。分厚い防弾装備に高火力、高度な軍事行動を可能とする兵隊どもはもはや生身の感じがしないほどだ。しかも無尽蔵に増援を呼べるので、基本的に正面からぶつかるのは得策ではない。


 そのため、これまでもリヴァイアサンズは罠を仕掛け、足を止めて、混乱の中でガトリング銃『#竜神.err』のダメ押しまでして、ようやっと大名行列の襲撃を成功に導いていたはずなのだ。パズルのピースが欠けた状態から仕掛けるとは思えなかった。

『#竜神.err』はそこまでゲームバランスを崩してしまうものなのか?


 単純にヒューマンエラーで道路の罠を見過ごしていたのか?


 あるいは……、


「……まさか」


「旦那様?」


 逆走になっても構わない。


 クラクションを短く鳴らして間近にいたミドリへ警告を送ってから、ギャギャギャリ!! とその場で回し蹴りでもするようにミントグリーンのクーペの尻を振り回す。大型バイクにまたがるツインテールの少女を中心点に据えて一八〇度ターンを決めたカナメは、爆発現場に向けてアクセルペダルを強く踏み込んだ。


「ツェリカ、マティーニエアコンの企業情報をネット検索で再収集! 特に保険関係の繋がりだ!!」


「やるがの、流石にオープンなネットに契約書一式がポンと転がってるとは思えんぞ!」


『ミドリ>どうしたの?』


 併走する黒髪ツインテールからの質問に答えられなかった。


 実際に襲撃地点まで辿り着くと、車の中にいても煙の匂いが酷かった。ディーゼル系のものは特有だ。赤と黒で彩られた禍々しい光の渦の中に、トレーラーの骨組みらしきものがいくつも見て取れた。


 これで、屋内競技場に送り届けるはずだった特殊な空調設備も破壊されてしまった。


『ミドリ>リヴァイアサンズは、もういないみたいね。スナイパーとか爆弾の置き土産とかないと良いんだけど』


『カナメ>多分ない』


 ただし、だ。


 何か足りなかった。そう、ここにあるのはトレーラーの残骸だけだ。悪臭もディーゼル燃料の煙だけで、ガソリンのものはない。本来彼らを守るべき黒塗り防弾車は残骸すらない。奇麗さっぱりいなくなっている。


「保険関係についてじゃが、マティーニエアコンはトキメ生命と接近しておるの。流石に具体的な契約内容までは不明じゃが」


「それはもう良い。ならリヴァイアサンズはこれまで何度、大名行列を襲撃してきた? 分かっている範囲で」


「動画サイトやネットニュースを調べる限り八件かの?」


「襲撃後、マティーニエアコンの動きは? 輸送計画は変更されたか」


「……あれ?」


「大量生産の効かない特殊設備ならかなり高額だ。ビヨンデッタドームはリミット付きの建設計画だから、普通は襲撃があったら次は警備体制を強化するなり輸送コースを変更するなり対策を練ってくるはずだろ。何なら大型ヘリでコンテナをぶら下げたって良い。高度四〇〇〇くらい稼げば、地上のミサイルや高射砲か、同レベルの航空機でも調達しない限り攻撃できなくなるからな」


「それが……何もない、じゃと?」


「AIの動きにしても変だ。つまりマティーニエアコンは困らないんだよ、襲撃されても」


 カナメは苛立ったようにハンドルを指先で叩きながら、


「その都度莫大な保険金が下りてくるし、何が何でも球場を完成させたいビヨンデッタドーム側は唯一空調設備を用意できるマティーニエアコンとの契約を切れない。AI企業だからと言って全部が全部一枚岩じゃない。マティーニエアコンはビヨンデッタドームにぶら下がって金儲けができればそれで良いんだ、ドームの完成なんか二の次。それで稼げるなら協力するし、もっと儲かる手があるならそっちが優先」


「……なるほどのうー。輸送計画のタイミングにバラつきがあると思ったら、マティーニエアコンの業績不振と重なっておる。カンフル剤が欲しい時にトレーラーの大名行列を走らせてわざと撃破させ、莫大な保険金で会社の赤字を埋め合わせておったのか」


「明確な密談なんかなくても、これじゃほとんど人間側のリヴァイアサンズとAI企業のマティーニエアコンは裏で繋がっているようなものだ。『AI側』は善悪に関係なく最大収益の選択肢だけ選び続けるし、それを見越して追従すれば器用な『人間側』はそのループの中でぼろ儲けできる。たった一回空調設備を売り込むよりも、何度でも何度でも失敗して保険金で稼いだ方が倍々で儲けが膨らんでいく。それならまともに護衛や迎撃なんかするものか、くそっ!!」


「リヴァイアサンズを揺さぶれんとなると……」


「考え直しだ。どうにかして連中を涙目にしないと、隠し持っている『リスト』を表に出してこない!!」

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