【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《008》



 サーバー名、プサイインディゴ。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。

 

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 ようこそ霹靂ミドリ様、マネー(ゲーム)マスターへ。


◆◆◆


 相手とアドレス交換をした訳ではない。


 心当たりと言えば一ヵ所しかなかった。赤い紅葉柄の大型バイクにまたがった黒髪ツインテールの少女は、適当にリヴァイアサンスタジアムの周りをゆっくりと流す。夜の景色。ライトアップされた競技場とその近辺はデートスポットとしても機能しているようだが、純粋にスポーツを楽しみたい人間からすれば自分達の作った料理に毒々しい添加物や着色料をぶちまけられているように映るかもしれない。


 ロータリーのように目的もなく円形のルートをぐるっと回っていると、見知った顔を見つけた。黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートのミドリはバイクを減速させて路肩へ寄せながら、


「良かった良かった。なに、いっつもここからスタジアムを見上げている訳?」


「……うるさいな」


 小さな少年だった。


 今ではすっかり忘れ去られた公衆電話のすぐ横。


 ラクガキだらけのベンチに腰掛けて、すっかり色落ちしたぬいぐるみの頭を撫でている。ミドリの目には分かる。スキルらしいスキルなんて何もついていない、サメを模したキャラクターだ。毒々しくライトアップされた欲望の城。悪徳チームに乗っ取られたスタジアム。それでも、たった一〇歳の少年にとっては思い出の場所なのだろう。


「お金が全てだって、そんなの分かってるよ。父さん達が退職金を集めて元手にしてクラブチームのオーナー登録を申し出たのだって、クレバーにやったって事なんだろ。あれで苦しめられた人だっていたかもしれなかった。マネー(ゲーム)マスターはお金がものを言うんだ。だから分かってるよ……」


 退職金を集めて元手に。


 脱サラ仲間と仮想通貨ビジネスに乗り出した。


 海辺タツオはオーナーとして、他の仲間達は選手やトレーナーとして。ファンとして追い駆け続けたサッカーを、ファンの目線や理論でどこまで昇り詰められるか確かめるために。


 ……その結果が『こう』なら、リアルの人間関係はどうなっているだろう。ミドリとはまた違った地獄が待っていたかもしれない。


「そうね」


 しかし、だ。


 長い黒髪をツインテールにしたミドリは、否定はしなかった。


 その上で、


「……お金がものを言うって話なら、連中だって酷い目に遭っても文句は言えないわよね」


「?」


「何でもないわ」


 ミドリはバイクのハンドルにあるスロットルレバーを意識しながら、


「顔だけ見られて安心したわ。色々悩んでいるでしょうけど無茶はしないように。『待ち』だって立派な選択肢よ。そうやっていれば運が回ってくる事もある」


「何が……。こんなどん底から何が変わるって言うんだ!? 父さんは全部失った。お金も、自信も、仲間の信頼も! 何も悪い事なんかしていなかったのに、あんなヤツらが出張ってきたから!! それが分かっていても、俺だって何もしてやれないっ、何にもだ!!」


 ジジッ、とノイズのような音が遮った。


 いつの間にか後部シートに腰掛けていたのは、両サイドを大きく開き、首の後ろを柔らかなファーで飾ったミニチャイナを纏うマギステルスだ。黒のショートヘアに額の二本角とお札。長身の割に胸の薄い美女は、表情のない顔つきで手にしたものへ視線を落としている。


 小さなキーホルダーだった。


 サメのマスコットのついたもの。しかも現リヴァイアサンズよりも前、旧経営陣がクラブチームを回していた頃のグッズだ。


「冥鬼、勝手に出てこないで。あと、それは今見せびらかさなくても良い」


「アンタ、それ……」


 財宝ヤドカリなるチームが管理している質屋で手に入れた中古品だが、当然ながらあらゆるコーディネートを一瞬で暴くミドリは理解している。スキルらしいスキル、そんな付加価値はどこにもない。それ以外の魅力があるから手に入れたのだ。


「こんなどん底から何が変わるか。そんな風に言っていたわね」


 スロットルを開放し、その場から走り去る寸前だった。


 ツインテールの少女は確かに言ったのだ。


「待ってなさい。このゲームで何がどこまでできるのか、そいつはすぐ分かるから」


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