【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《006》



 マネー(ゲーム)マスターの世界において、交渉ごとの基本は相手の財布を締め上げる事にある。


「サッカークラブチームを襲うの?」


 霹靂ミドリの顔に驚きはない。


 というか、


「よっしやるやる! 何がリヴァイアサンズよ、あの最弱もやしイレブンどもめ私の夢を奪いやがって……。スタジアム? トレーニングセンター? なんかの記念博物館? どこから粉々に吹っ飛ばすの、何でも言って! 早くッ!!」


「待て待て待て」


 必要以上にやる気な黒髪ツインテール女子中学生をなだめるのが大変だった。リアルでは絶対できない事をポンポン口に出す辺り、変に染まり始めていないと良いのだが。


 夜である。


 半島金融街にあるリゾートマンションの一室だった。言うまでもなく、カナメがあちこちで購入している隠れ家の一つ。率直に言えば住み心地よりも困った時のために私財を分散する意味合いが強い。これに限らず車と距離を置く必要のある高層階はあまり彼の好みではないが、今回に限っては一つだけ抗いがたい利点があった。


 四八階から見下ろせるのだ、例のスタジアムが。


 ……しかしまあそれにしたって親友の妹を夜のマンションに呼びつける事自体相当なアレではあるのだが、こればかりは仕方がない。何しろ初心者のミドリは自分の家をまだ持っていないのだ。ゲームの中で休憩が必要ならネット喫茶に入り浸り、所有マシンの大型バイクもコインパーキングに停めている始末。長い目で見れば自分の土地を持った方が絶対に良いのだが、そういう利率だのドロップ率だの諸々裏側の数値計算ができていない。


「何も真正面から殴り合う必要ないだろ。俺達が欲しいのは、あのクラブチームが抱えていると思しきタカマサのルーズリーフだ。連中が実際に『遺産』を手に入れている以上、俺達が求める『リスト』の線も濃厚。ツェリカにリヴァイアサンズ周辺の事情を調べさせたし、上手にアキレス腱を噛み千切ってスマートに出し抜こう」


「ううー……がるぐる……ばふっ!!」


 よほど残念なのか、何だかミドリは太い鎖に繋がれた大型犬みたいになっていた。まったく女の子の成長は早い、一体いつからそんなバイオレンスになった?


 いったん機嫌が悪くなると何にでも噛みつきたくなるのか、ミドリは開いたままのクローゼットへ目をやって、


「てか同じ服ばっかりね。なんかこだわりでもあるの?」


「ありゃスキル用だよ」


「?」


「同じ工場で作った商品でもくっついているスキルは別物だろ。だから気に入ったデザインの服を見つけると、使えるスキルの組み合わせとぶつかるまで総当たりで買い占める羽目になる。試着用と実際の商品が別々に用意されている場合は特にね。まぁ負け惜しみを言うと、同じデザインの服をいくつか揃えておくのは合理性の話もあるんだけど」


「ふうん。それって『グリップ』、それとも『オートエイム』?」


「……まさかそこまで見えているのか? 全部!?」


「ええと」


 むしろ困ったような顔が待っていた。


 次からは買い物する時は必ずミドリを連れていこうと心に決めるカナメ。これで無駄な総当たりは避けられそうだ。


 黒髪をツインテールにした少女はそっと息を吐いて、


「こんなので珍しがられてもね。スキル関係なら兄の方がすごいんでしょ?」


「あれを比較対象とするのがそもそも間違ってる」


 この辺りはやはり血筋か。


 武器のカスタムにしてもやる事は同じ。工場生産のパーツ一つ一つにスキルがついているものがあるから、それを見つけて自分の武器に組み込めば効果が期待できる。衣服と違ってパーツパーツで個別にスキルがつくから、例えば同じスキルを持つ部品を三つ四つと組み込んでいけば効果倍増、いわゆる重ねがけもやりやすい。


 ……しかし一方で、どうもタカマサの『遺産』はそれだけでは説明がつかないような気がするのだ。総当たりでパーツを見つけて限られたスロットにはめ込むだけではあそこまで伸びない。『最初から、望むスキルのついた部品を自分で作っている』のではあるまいかと邪推するほどだ。


「どうにかしてミドリの才能をバトルに組み込めないものか……」


「それってリヴァイアサンズよね? ねっ!?」


 ちなみに。


 ツェリカの調査内容には別口でラプラシアンから裏を取っているので間違いない。


 あのメガネ美人はまたもや涙目になっていたが、コイントスは世界で最も不公平なギャンブルとも言われている。コインの重さと指先の力を考えれば、練習次第で『回転数』は正確に調整できるし、受け止める手の甲の位置を数センチ上下するだけで表と裏は自由自在に決められる。特に、『表か裏か、先に手を決める』場合は百発百中で結果を曲げて勝ちを獲りに行けるのだ。


 サイコロで狙った目を正確に出すには、トランプの束を二つに分けてきっちり三〇枚目を手に取るにはどうするか。


 世界で最も面倒なイカサマとは、『ただ練習して身につけた』である。


「ぬおーい旦那様、やっぱり普段立ち寄らん部屋はアレじゃな。大雑把な床掃除はロボにやらせるとして、冷蔵庫のおつまみ系そろそろ危ないから全部食べてしまうぞ」


「ツェリカ説明も頼む」


「了解」


 こんなものでも、精密にモデリングされた常夏市の外、簡略化されたデータ領域から空輸してきた高級食品も混ざっている。腐らせてしまうのは確かにもったいない。


 チーズやサラミの載った大皿をガラステーブルに置いたレースクイーンの悪魔は、そのまま自分までごろりと仰向けで食卓に寝転がってしまった。両手を頭の後ろに、片膝を立てたまま、ビキニトップスやミニスカートなど衣装の模様が液晶のように切り替わっていく。


「んふ、それでは始めるぞ。しかと目に焼き付けるがよい」


 すっかりご馳走モードになったツェリカは優雅に片目を瞑り、


「リヴァイアサンスタジアムを中心に活動する例の悪徳チーム。どうも落ち目になっていたクラブチームの旧オーナー陣を蹴落として乗っ取った新参ディーラー達が根城にしておるようじゃの」


「うん? 元々の持ち主じゃなかったって事???」


 何故だか変な所に食いついてくるミドリに、カナメの方が首を傾げ、


「そんなにおかしい話か?」


「だってオーナーって、ええと、一番偉い人なんでしょ。シャチョーとか。そういうのってAIがやっているんじゃないの?」


 全然ピンときていない顔のミドリ。


 ツインテールの女子中学生ならそれで正解かもしれないが、マネー(ゲーム)マスターで生き残るためにはもう少しお勉強してもらう必要がありそうだ。


「オーナーや社長は確かに書類上のてっぺんだけど、中には簡単にすげ替えられる雇われタイプも存在する。ミドリの言った通りゲームの中じゃ普通の企業はAIがまとめているけど、スポーツチームの場合は人間が雇われてオーナーになる線は十分ありえるんだ。これもまた、主幹スポンサーのAI企業の査定に頭を押さえ付けられる形ではあるけれど」


「主幹スポンサー?」


「そのクラブチームを直接支える一番大きなスポンサー。クラブチームっていうのは、実際にはこのAI企業の子会社やスポーツ部門みたいなものと考えた方が良いかもしれないな」


「ま、野球チームほどはっきり企業と結びついとる訳ではないが、リヴァイアサンズの場合はチームの運営会社の株式込みでスポンサー一社が発言権の過半数を独占しておる構造だからの。実際には親会社に近い扱いと見た方が分かりやすい」


 カナメとツェリカはそんな風にまとめておく。


 ……真っ当な中学生のミドリがテレビのCM以外にスポンサーという言葉をきちんと実感できるかどうかはちょっと怪しいところもあるが。


「親会社に近いって事は、AI企業はスポーツの成績についても機械的に評価する。成績不振によって契約期間内に設定していた広告効果が見込めなければ、『人間の社長やオーナーがクビ』は普通にありえるんだよ。この場合、ジャッジするのは主幹スポンサー、つまりAIの役員会だから、そこを突いてやれば乗っ取りにも手が届く。マネー(ゲーム)マスターはお金があれば大抵のものは手に入る。まあいい、疑問は全部潰していこう。ツェリカ」


「はいよ。元々の持ち主は海辺タツオ、三八歳男性。リアル世界での会社仲間と脱サラして仮想通貨ビジネスに乗り出したらしい。前からの趣味だったサッカー絡みでの。……まあもっとも、これは本人が公開しているプロフィールを参照した程度じゃが」


「海辺? けど、三八歳……」


「趣味としてのネットゲームではなく、金融ビジネスとしてなら珍しい歳でもないよ」


 カナメの言葉を耳にしながら、ツインテールのミドリは首を傾げていた。


 サッカーというより、脱サラやクラブチーム運営という言葉が聞き慣れないのだろう。


「けど、その、会社仲間? てっぺんにいるのってオーナーだっけ、ああいうのって一人で舵取りするんじゃないの?」


「ものにもよるが、オーナーに海辺タツオを立てた上で、周りの仲間達は自分のやりたいポジションを選んだようじゃの。選手や監督も若いアバターを着ているだけで、中身はおじさんだらけじゃ。サッカーファンにも色々おるが、頭でっかちデータ人間の場合は強靭なカラダさえ手に入れれば一気に化けるケースもありえるしの」


 ツェリカはけらけらと笑い、二股の尻尾の先でボディラインに浮かぶ表示を示しつつ、、


「マスコットキャラクターのシャーク君はそいつの息子が描いたらしいのう。今年で一〇歳になるかの。こちらのディーラー名は……」


「海辺トリヒコ」


「あん?」


 レースクイーン衣装のツェリカが疑問を形にする前に、ミドリはミドリで自分の額に手をやっていた。


 黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートの少女はカナメ達の見ていない情景を思い出しているのか、


「……あの子だ。悪徳ディーラーの手で乗っ取られたスタジアムの清掃係なんてやってた。それでも自分のホームを捨てられなかったのね。どうしよう、それは怒る訳よ。AIがお金のために作ったクラブチームじゃなかった。ちゃんと人の想いが乗っかってた。シャーク君って、あのサッカーくじのチケットにもプリントされていたじゃない。知らなかったじゃ済まされない、私、目の前で破いて捨ててた……」


「旧オーナーは妙に潔癖でサッカーくじなんかのギャンブルも断り続けてきた関係で経営状態はお世辞にも良くなかったが、決定打となったのは広告収入だ。常夏市のサッカーリーグの場合、看板、グッズ、ネット放映まで含めて、こいつが収益のほとんどを司る。ちょっと気を緩めた隙にスポンサー枠を独占したんだ。例のガトリング銃でよそのAI企業やディーラーを脅して無理矢理買わせてから、一ヶ所にまとめてな」


 ミドリが慌てたように待ったをかけてきた。

 彼女はわたわた両手を振って、


「だ、だけどっ、主幹スポンサー? とにかくサッカーチームは大手のAI企業が面倒見ているんじゃなかったの!?」


「発言権の都合で過半数さえ確保できれば問題ないんだ。一社で五・〇一対他の企業の合計で四・九九みたいな割合でもね。むしろ八割九割独占したって第一位の発言権は変わらないんだ。多く支払ってもAI企業に得する事はないんだから、ギリギリで設定しようとするはずだ」


「でもってクラブチームとしては五・〇一では経営が成り立たん。総数で七割なり八割なりの広告収入をキープできなければ倒れてしまう訳じゃな」


「じゃあ、それで……?」


「狙った時を境にして、ビタッと支払いを停止すればクラブチームの首が絞まるだろ。特に、四年とか五年とか長期契約を結んでいたらね。スタジアムにある全ての看板が白紙のまんま独占されたって訳だ。さっきもツェリカが言った通り、主幹スポンサー一社のサポートだけじゃクラブチームは資金繰りできない。そこでジ・エンドだ」


「ま、ドタキャンで支払拒否されたからって新しいスポンサーを見つけてポンとすげ替えられる訳でもないからの。糾弾しようにも中身を狙っていたのは銃で脅されて広告枠を手放した連中だしの」


 ミドリはついに黙り込んでしまった。


 金融の勝負は下世話な野次の飛び交うプロスポーツよりも嫌がらせや精神攻撃がものを言う世界なのだが、彼女にとっては慣れない話なのだろう。マネー(ゲーム)マスターとは相性の悪い性格だが、それで良いともカナメは思ってしまう。


「蛇口を締められた旧リヴァイアサンズは脆いものだった。買収工作と分かっていても、親会社に近い立ち位置の主幹スポンサーは冷酷だった。AI企業から責任を取らされて海辺タツオは更迭、そして今の悪徳クラブチームが経営陣にやってきた。選手もトレーナーも、昔ながらの人間は軒並み追い出された」


「つまり、置き忘れていた子供の頃の夢を再び追い駆け始めたアットホームな脱サラチームも、今や殺し屋みたいな目をしたプロ集団の集まりにすげ替えられたのじゃ。チーム名以外は全くの別物になった訳じゃな。羊頭狗肉とはこの事じゃのうー」


 歴史の概要についてはそんなものだ。


 当事者は色々あったのだろうが、マネー(ゲーム)マスターでは良くある話でしかない。


 それでは現在の話に戻そう。


「リヴァイアサンスタジアムを中心に活動する例の悪徳ディーラーどもじゃが、今の関心ごとはチーム順位ではなくよそにあるようじゃの。湾岸沿いで建設予定地の買収が終わった、新手の屋内競技場、ビヨンデッタドームの話じゃ」


「……、」


「ミドリ」


「……ごめんごめん、切り替える。なんかお金持ちの街だからか、あっちこっちに四つも五つも競技場ってなかったっけ? 今さら珍しいものなの???」


 呆れたように言いながら、黒ゴス調のフリルビキニにミニスカートのミドリはカットチーズを一口。


「今までは人口分布とかの均衡が取れていたんだ。でも今回はそうじゃない。思いっきり、リヴァイアサンスタジアムのテリトリーを踏んづけているんだよ」


 カナメは親指で窓を示した。


 実際に見下ろしてみれば分かるが、二つの競技場の土地はかなり近くに隣接している印象がある。十字路挟んで向かいにあるコンビニ同士くらいの共食い感が見て取れた。


 そしてビヨンデッタドーム側、銀色の仮設壁に囲まれた工事現場はなかなかの緊張感だ。


「あれ……工事の作業員じゃなくてPMCよね? うわあ、対物ライフルなんて当たり前、そこらじゅうに砲塔のっけた装甲車が停まっているじゃない……」


「辺りのヘリポートには攻撃ヘリも待機してる。あそこに石を投げるのは自殺行為だな」


 カナメはそれだけ呟いた。


 絶対にできないとは言わない辺りがこの男か。


 それよりも、だ。


「昼間の熱気と直射日光を覚えているだろ、リヴァイアサンスタジアムは旧式の野外競技場だ。年中真夏で排ガスだらけの常夏市の環境にも合っていない。テリトリーの話もある。ここで完全密閉冷暖房完備のビヨンデッタドームが完成したら、客足をみんな持っていかれるからな」


「ま、一リーグごとに収めるチーム数は数年ごとに変動するからの。そもそもビヨンデッタは追加となる新クラブチームの事じゃよ」


「ドームの開発経緯の資料を見ると、当時は事前通達もなくいきなり建設計画が発表され、自分のテリトリーへ重ねるように他人のホームを置かれたリヴァイアサンスタジアム側にとっては寝耳に水だったようだな」


「ああ、一つの県にチームが二つあるとファンの取り合いになるって話があったっけ?」


 ミドリがいまいちピンときてないままぶつぶつ言っていた。


 カナメはひとまず先を話す。


「で、旧式のリヴァイアサンスタジアムも慌てて屋外冷房のスポットクーラーを大量導入しようとしているけど、全然間に合いそうにない。ビヨンデッタに対しては、個人的な恨みもたっぷりありそうだ」


「うん? 昔はどうあれ、今のリヴァイアサンズって悪徳なんて冠ついてんでしょ、クラブチームってそんなトコまで気にするの? リヴァイアサンズの選手や監督は人間でも、施設の保守点検ってAI制御のNPCよね。……簡単な清掃くらいは人間のアルバイトを入れているようだったけど。何だったら別のNPCが管理している向こうのドームまで出かけて試合すれば良いじゃない」


「ホームとアウェイじゃ使用料が全然違う。そもそもスポーツ試合の収益って、直接のスポンサー契約にテレビ、ラジオ、ネットの放映を含む広告料が七割を占めるんだ。そいつはホームの球技場を基準に支払先が決まるから、アウェイで試合するだけじゃ食いっぱぐれる」


「……なるほどねえ。一つの街にやたらと球技場があると思ったら」


「それにスタジアムを使うのは自前の試合だけじゃない。第三者が行う各種のイベントだってある。主催者側に嫌われたらそれこそ閑古鳥だ、客を集めるどころかそもそも月のスケジュールをイベントで埋める事さえ難しくなる」


 スタジアムと連結したクラブチームの場合、運営母体は同じだから施設の赤字は馬鹿にできない。スタジアムが倒れる時はクラブチームも倒れる時だ。


 何でもできるオープンワールドとは言っても街の大きさは限られている。そんな中での大きなハコモノはそこに存在するだけで莫大な維持費がかかる。冗談抜きに、月に億単位で。従って、それ以上の客足や収益を永遠に求められ、月のスケジュールをイベントで埋めていかなくてはならない訳だ。常に大量の燃料を使って速度を出していないと落ちてしまう、飛行機みたいなものかもしれない。


「つまり、リヴァイアサンスタジアムを盛り上げたいクラブチーム側は阻止したいのじゃ。同じテリトリーで競合するであろう、この新型ビヨンデッタドームの完成を」


「……どんなに汚い事をやっても? あの子達から取り上げたリヴァイアサンズの看板を背負って?」


「それがマネー(ゲーム)マスターだよ。文句があるなら金か武力で解決するしかない」


 ガラステーブルの上で寝そべってボディラインに各種の資料を浮かべたまま、ツェリカはくねりと腰をひねって二股の尻尾のポジションを調整しながら、


「実際、資材調達部門を中心に結構な混乱が見て取れるの。際立っておるのは特殊な空調設備。業務用エアコンメーカーに横槍を入れて、この機材を締め上げる事で建設をストップさせておる。そもそもドーム施設は空気の力で膨らませて屋根を支える奇抜な構造をしておるからの。これがなくては建設も電装も始まらん」


「えと、七並べで6とか8とか根っこ辺りのカード止めてるようなもの?」


「そういう事」


「……それってきちんと工場で図面とにらめっこしながら金属部品を組み合わせて完成品を用意しなくちゃいけないの? 大きなお鍋に材料をポンと突っ込んで合成成功で良いのに」


「マネー(ゲーム)マスターはどこまでもリアルなバーチャルだぞ。現実世界で原子配列合成を自在に取り扱う技術があればこっちにも導入されるかもしれないがな」


「ゲームなのに回りくどい」


「それを言ったらオープンワールドの醍醐味が全部なくなる」


 必要があればAI企業の動きを妨害する側としては、工場内部に忍び込んで爆薬を仕掛けたりする余地が残っている分だけ、『確率で合成成功』よりはありがたかったりもするのだが。


 カナメはカナメで呆れたように息を吐きながら、銀色のフォークの先でツェリカの腋の辺りにある資料をつんつんしながら、


「ビヨンデッタドーム自体は新クラブチームのホームになる予定だけど、それだけじゃ出資が足りていない。二年後に開催するミサカ万博に合わせて計画されている。逆に言えば、それまでに間に合わないようなら資金が足りなくなってそこで中断、撤退の運びとなる」


 普通のゲームにしてはあまりに長い期間だが、全てをお金で解決するマネー(ゲーム)マスターの場合は、建設途中であっても利用価値はある。例えば作業員の弁当一つを取ってもお金は動くのだから。


「本気で完成させるつもりがあるなら一年半はかかるから、リヴァイアサンズ側はあと半年ほど引っ張れば良い。旧式オンボロのスタジアム側はそうなって欲しいだろうな、何があっても」


「なら……」


「妨害をさらに妨害する」


「きゅっくふ、旦那様くすぐったい。ECMに対するECCMの理屈じゃな。警備厳重なクラブチームの金庫から必要な資料一式持ってきて欲しいわらわ達としては、ここを突けばよい。徹底的にぐらつかせるぞ」


 仰向けに寝そべるツェリカはそう言って大皿のおつまみからオリーブを口に含むと、次の資料を過激な衣装に映し出した。


「建設現場では七並べで根っこのカードが止められている状態に近いがの、トランプと違うところが一つある。実際の戦いじゃいったん止めた程度で状況が永遠に動かないとは限らない、力業なり搦め手なりでいくらでも盤面はひっくり返せるという点じゃな」


 カナメも頷いた。


 全体の絵図を眺めて少年はこう結論づけた。


「リヴァイアサンズが止めている、特殊な空調設備。こいつをそっくりそのまま調達してビヨンデッタドーム側に渡す段取りを作ろう。それで旧式スタジアム側を揺さぶれる」


「あっはは! 連中の方から泣きながら秘蔵の『リスト』を差し出してくるようにかえ?」


「敵対的買収なんか引き合いに出すまでもなく、欲しいものを手に入れるために嫌がらせするのは金融の基本だろ。試合結果に納得いかないとガトリング銃振り回すような悪徳チームと仲良くなるために、ひとまず無視のできない存在になるところから始めようか」


「サインは?」


「連中への具体的な要求は後回しで良い、まずは内圧を高めまくって何でも言う事を聞くリモコンオモチャに作り替えよう。そうだな、ツェリカ、配合の計算を頼む。適当に何か新しいカクテルを作ってそこらじゅうの酒場で流行らせよう。名前は『リスト・ザ・ターゲット』」


「顔は出さずに害意だけ街中に拡散させる、か。露骨じゃのうー」


 そこから先は口には出さなかった。


 あのルーズリーフは単なる宝の地図なんかじゃない。今はどこにいるかも分からないタカマサの残した、大切な想いの欠片でもある。金目当ての連中が好き放題開いて眺め回して良いようなものではないはずだ。


 見せびらかしても仕方がない。


 人助けなど、ただ黙って実行に移せばそれで良い。


 と、その時だった。


 何やら別次元で考え事をしていたツインテールのミドリがぽつりと呟いたのだ。


「……ねえ。それさえ成功すればリヴァイアサンズに何でも言う事聞かせられるのよね? 秘蔵、虎の子になっている兄の『リスト』すら差し出すっていうくらいなんだから」


「ああ。それが?」


「私が見てきた事はこれから全部話す。でも、私は金融だの銃撃戦だのには詳しくない。だからあなた達の力を貸して」


 何か言おうとしたツェリカをカナメは片手で制した。


 タカマサの妹が、この少女がやると言ったら、力を貸す。


 それは蘇芳カナメにとって第一のルールだ。


「何をすれば?」


「間違いを正したい。この街に横たわっている理不尽を、全部よ」


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