【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《005》
常夏市半島金融街でも一番大きなロイヤルシアターホテル。
……の根っこ、正確には陽当たりの悪い裏手の業者搬入口の辺りであった。
「あなた……ひょっとして、Mスコープ?」
繊細な金細工のカチューシャで長い黒髪をオールバックにしたメガネの少女、リリィキスカの意外そうなその言葉に、びくりと肩を震わせる影があった。
元々は罠や地雷など『待ち』の達人のはずだった。
アニメのキャラクターグッズやロボット模型の厚紙製業務用運搬容器を切り貼りして組み立てたと思しき、最小単位の『家』があった。つまり世に言う段ボールハウスである。そんな中で、猫背にリュックの少年が薄い青の着物のマギステルスと一緒に肩を寄せ合って体育座りしていたのだ。尋常なビジュアルではない。これでもかつては有力チーム『
段ボールの中にはあからさまに外国語のものもあった。このゲームでは精密にモデリングされているのは常夏市だけだが、データや数字だけで簡略化された『外の領域』で製造された商品を梱包していたのだろう。
……この上なく重厚な貨物船や飛行機が、街の境を越えた途端にほどけてしまうと言われても、いまいち実感は湧かないが。
猫背の少年の隣に座り込んでいる雪女型のマギステルスも、快適なエアコン空間を奪われて暑さにやられたせいか、以前見たものより大分小さくなっている。
「……きゅううー……。せ、せめて冷蔵庫が欲しいお年頃なのです……」
「ちょっと! この子びちょびちょになってない!? 雪女なのよね!?」
「大丈夫ですよ、リリィキスカ。暇さえあれば海水浴場にあるフリーのシャワーを浴びているだけです。
「……冷たい方の蛇口をひねってぬるま湯が出てくるとか、やっぱり常夏市って狂ってるのです……」
スマホと連動したモバイルグラスよりも、生の眼光の方が怖いのだろう。少年は前にも増しておどおどした様子でかつてのリーダーの視線を嫌がるように目を泳がせて、
「そ、そちらはお元気そうですね。チタンもザウルスも、所属ディーラーは軒並み蘇芳カナメに喰い散らかされて、もうチームも空中分解してしまったというのに」
「……、」
「恨んでいる訳ではありませんよ。純粋に、これは、ちょっと嬉しい。いったんフォールして地の底に落ちた後は、女性のディーラーの方が危険な目に遭うという話を耳にした事もありますし。どんな裏技を使ったのかは知りませんけど、あなたが相変わらず君臨してくれて良かった……」
「今、何をしているの?」
雪女の着物に資材系の価格が並ぶ。
「空き缶や古雑誌を拾ってお金に換えている感じですかね。コツコツとですが、スノウを貯めています。はは、そのモバイルグラス一つ買うのにいつまでかかるか分かりませんけど。投資はダメですね。最低でも銃か車のどちらかがないと大それた真似はできません。下手に大金を稼いでしまうと悪目立ちして追い回される。今はとにかくデンジャラスドーターとか、あの辺りがおっかないですね。そんな状況でして……」
「えと、そういう意味じゃなくて」
ウェイトレス服のサスペンダーのように革のホルスターで胸元を外側から絞り上げているリリィキスカがわずかに言い淀むと、Mスコープは体育座りのままうっすらと笑う。
そして言った。
「『AI落ち』です。リアルでの生活については、データアイドルの芸能事務所に養ってもらっていますよ。はは、これでも先月まではレインちゃんのプラチナ会員だったからですかね」
「あなた……」
「マネー(ゲーム)マスターにログインし直しても、『力』を取り戻す前に恨みを持っているライバルディーラー達に囲まれるのがオチです。そんなの分かっています」
『前の事件』では、『#豪雨.err』という『遺産』を強奪するため、パビリオンなる有力ディーラーと正面切って激突していた。あの時は自分達が借金地獄に陥るとは思っていなかったため、かなりの恨みもそのままにしていた。金の力、セキュリティが切れてしまえばこの通りだ。
ゲームの中と言っても、撃たれる痛みは本物。
それでもMスコープはまだこの世界にしがみついている。
「……でもここには、ぼくの手放せないものが山ほど取り残されているんです。大量の借金を抱えた時に差し押さえられてしまったコレクションもそう。何とかしてアレを質屋から取り返さないと……。リリィキスカ、あなた達にとっては取るに足らない、ひょっとしたら薄気味悪くすら思えるかもしれないキャラクター商品だって、ぼくにとっては大事な宝物なんです。他には替えられない、諦められない」
馬鹿になどできるはずもなかった。
あの事件ではリリィキスカは背中を預けた仲間に伝えていない事があった。蘇芳カナメに対する個人的な過去や想い。それさえなければもっと冷静に引き際を見据えて仲間達をフォールさせずに済んだかもしれなかった。
きっと、その敗因は他のメンバーからすれば理解し難いもので、でも、リリィキスカにとっては絶対に無視できない最優先事項だった。
Mスコープには、彼女とは違う理由があった。それだけだ。だからリリィキスカは絶対に眉なんかひそめない。
代わりに腰からサイドアームの護身用拳銃を取り出して、段ボールハウスへ軽く放り投げた。
スキルはない。
敢えてのプレーン。
これは、おでことメガネの少女がスナイパー向きのディーラーだからだろう。ある程度まで極めると『オートエイム』などの補助スキルがかえって邪魔する場合もある。
「リリィキスカ?」
「銃か車があれば大それた事に手を伸ばせるんでしょう」
もちろん、だ。
上から目線で言えた義理ではなかった。
地の底を這ってでも元の居場所を守りたいと願ったMスコープと、即物的な力のためにそれを捨てたリリィキスカ。どちらの魂が純粋かなど、問うまでもないだろう。
だから、目を合わせられなくなったのは彼女の方だった。
「今の私はもう『
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