【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《003》



 とんっ、という軽い音があった。


 薄紫のパーティドレスを纏うメガネの美女が転がってきたサッカーボールを足で止め、軽く蹴り上げ、それから持ち主の子供達がいる方へ返した音だった。足回りはドレスに合わせたパーティ用のサンダルだったが、奇麗に放物線を描くボールの軌道に揺らぎはない。


 海辺の展望台だった。


 潮風に嬲られる髪を軽く押さえながらカナメは声を掛ける。


「良くやるもんだ、ラプラシアン。けど足の指まで剥き出しだと痛くない?」


「わたくしは『魔物』を使っているのよ。スピンや弾道計算なんてお手の物だわ」


 フレイ(ア)、ブラッディダンサー、クリミナルAO。


 相手はそういった、ゲーム内でも特にイカれた有名ディーラーの一角だった。


 ディーラー名、ラプラシアン。


 何しろギャンブル専門。銃、車、仕手戦。何でもありのマネー(ゲーム)マスターの中で一つの事に専念し、なおかつ第一線に君臨できるディーラーは強い。カナメとはまた違った方向に伸びた傑物である。


 傍らに侍らせているのは、黒髪を頭の両側でもっさり束ねた小柄なマギステルスだった。着物を派手に着崩した少女は強い陽射しに弱いのか、自分で差した和傘の下でどんよりしている。潮風で錆びついた公衆電話に寄りかかり、額から汗をかいているのに表情は青ざめていた。


 彼女はツェリカと同じ言語タイプに育ったようだ。ようはババア言葉で悪魔が言う。


「……何でも良いが、せめて屋根のある場所に招待するくらいの気遣いはなかったのかの?」


「おい大丈夫か。マギステルスって熱中症になるんだっけ」


「さあ? その子吸血鬼なのよ」


 ラプラシアンから指摘を受けて改めて観察してみれば、確かにマギステルスの犬歯が奇妙に長く伸びている。黒髪に肩出しの和装で意外と大きな胸元にサラシまで巻いているものだから見落としていた。


 メガネの美女は手を振ってきた子供に軽く挨拶を返していた。


 栗色ショートヘアの身長一三〇センチ、特徴的なスクール水着に魔女帽子装備と、あんな子達の中にもこっそり有力ディーラーが混じっているようなので、カナメとしてはあんまりほのぼのもしていられない。


「それにしても、こんなデートスポットまで……。なんかサッカー人口増えたわよね」


「意外と中身は年増なのか? リアルの公園はどこもボール遊びが禁止されているもんだよ。ここは基本無料だ、バーチャルに飛び込んででも遊びたい子が増殖しているんだろ」


「……、」


「歳の話はジョークだよ、そこで睨むと誤解が解けなくなるぞラプラシアン」


 ちなみに、あくまでも彼らは子供の格好を『選択』したディーラーだ。リアルでの年齢や性別がどうなっているかは知りようがないし、興味もない。


 そして大人であってもボールと戯れたいと思う気持ちは変わらないらしい。例のリヴァイアサンスタジアムで走り回っていた選手達だ。お金の稼ぎ方は人それぞれ。現実のプロ選手もいれば、憧れている者、年齢などで引退した者、何かしらの理由でプロにはなれなかった者達も一緒になって夢と大金を追い駆けている訳だ。


 突き抜けるような青空に、白い飛行機雲が流れていた。


 常夏市にも国際空港はある。国内ではなく、だ。3Dで精密にモデリングされているのはこの街一つだが、その外にも『データと数字だけの』簡略化された外部領域があるようなのだ。……もちろん五感でしか世界ゲームを眺める事のできない人間達には、その存在を確かめようもないのだが。


 メガネの美女は肩にかかる髪を払って、


「今日は?」


「あんた賭け事が得意なんだろ。サッカーくじについての話を聞きたい」


「……えと、本気であんなの使って計画的に稼ぎを増やそうとしているの?」


「となると、やっぱりそっちもきな臭い話を知っている訳だ。あんたの情報を買うから値段を言ってくれ。こっちの調査の裏を取るために是非」


「嫌よ。第三工業フロートのカジノの件忘れたの? 例のルーレット、あなたがいたせいでボロ負けしたのよ」


「だからその分を返すと言っているんだが」


「……、」


「済まなかった、実を言うとあの時ルーキーの女の子を連れ回していたんだよ。あの子の前で格好つけたかったんだ。認めるよ、俺が悪かった」


 そっと両手を挙げて白状するカナメに、はあ、とメガネ美人が色っぽいため息をついた。


 だが主義は曲げない。


「楽して施しを受けるほど落ちぶれてないわ」


「狂がつくほどのギャンブル好きだな。ならその勝負事で決めるか」


 カナメはポケットから大きめのコインを取り出した。


「シンプルにやろう。表か裏か、そっちで決めてくれ。あんたが当てられたら黙る、外してしまったら全部しゃべる」


「……わたくしは『魔物』を使っているって言ったわよね? ラプラスの魔物を」


 もちろんラプラスの魔物という名前の便利なスキルが一つある訳ではない。その正体は動体視力を高める『D.V.A.』や強制的に理系思考へ頭を偏らせる『サイエンスコース』など、十数種類のスキルの掛け合わせだろう。この辺りは秘伝のタレやカレースパイスと一緒だ。一つ一つの材料自体は誰でも揃えられるが、正確な配合は企業秘密となる。


 ちなみにこれを一秒で正確に見抜くのがタカマサの妹、霹靂ミドリだ。


「どうするラプラシアン。乗るのか、降りるのか」


「良いわ」


 その言葉にそっと息を吐いたのは、和傘の下で青い顔をしていたマギステルスだった。


 賭け事となれば無視はできないし、始めてしまえば己の命すら出し惜しみしない。主人の悪癖には散々付き合わされてきたのだろう。


 悪魔の視線には気づかず、ラプラシアンはこう続ける。


「ただし単純な運動エネルギーの計算だったら百発百中よ。わたくしの言葉は予言。万に一つもあなたに勝ち目はないけれど、それで良いのよね?」


「言質は取ったぞ」


 にやりと笑って、カナメは親指でコインを真上に弾いた。


 くるくる回るコインの方になど目もくれず、彼は腕時計でも見るように手の甲を上にして、


「そしてどうだかな。前のルーレットの時もそんな風に言っていてどうなったか忘れたのか、ラプラシアン?」


「表よ」


「いいや、裏だ」


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