【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《002》



「うい」


 話し合いが終わってスタジアムの地下駐車場まで戻ると、待ちくたびれたのか車の外からツェリカが話しかけてきた。


「ご所望の情報を探してきたわい。『遺産』の一つ、『#龍神.err』。形はガトリング銃のようじゃが、ここのR級サッカークラブチーム、リヴァイアサンズが隠し持っとる」


「根拠の提示」


 カナメは短く言った。


 ミドリから待ち合わせにここを指定された時には驚いたが、あくまでも本題はこちらだ。


 パチンと折り畳み式の観戦用オペラグラスを閉じて、開いた窓から車内に放り込んでおく。


 スタジアムの観戦席から眺めていたのは選手達が走り回っていたフィールドではない。


 分厚い防弾ガラスで囲まれ、スイートルームのように整えられたオーナー席だった。


 ミントグリーンのクーペ、その磨かれたボディ一面に様々なウィンドウが開く。レースクイーン姿のツェリカはボンネットに腰掛け、長い尾を揺らして自分のすぐ隣をぽんぽんと優しく叩きつつ、


「ここ見れば分かると思うが、このチームの戦績がダダ下がりになって一応プロのR級から素人扱いのN級へとリーグ単位での降格処分の話がちらつくたびに上位チームのスポンサー企業が立て続けに襲撃を受けておる。実質的な脅しじゃな。テメェ勝ちを譲らねえと親会社の手を引かせてチームごと破算させるぞっていう」


「……八百長ねえ。ま、アマチュアリーグに降格する場合は抱え込んでいたプロ扱いの選手団も全部手放して一からクラブチームを作り直さなくちゃいけなくなるから、死にもの狂いにはなるだろうが」


 常夏市のルールではNからR級へ昇格する場合は選手全員アマチュアからプロへの道が開くのに、RからN級へ降格すると選手全員レギュレーション違反で出場停止に陥る(つまり実質的に、自分達で必死にかき集めた選手達を二束三文で他のクラブチームへ売り飛ばすしかない)というのだから理不尽だ。まあ、ペナルティをきつくするのも椅子取りゲームを盛り上げる一つの方法かもしれないが。


「それじゃますますサッカーくじなんて買うだけ無駄だな」


「うん? サッカーくじ???」


 膝上までブーツに包まれた長い脚を組む妖しい悪魔は子供みたいに首を傾げていた。


 本人ではなくスポンサーを攻撃する。


 テレビ業界であれスポーツ業界であれ、一番のアキレス腱となるだろう。マネー(ゲーム)マスターの企業は基本的にAI制御のNPC扱いだが、商品を売ってお金を手に入れる経済活動自体は本物だ。妨害次第では倒産に追い込む事もできる。


「リヴァイアサンズの利になる襲撃の際に必ず出てくるのが奇抜なガトリング銃じゃな。元々マネー(ゲーム)マスターは合法非合法など気にせん仕様じゃ。企業襲撃くらい珍しくもないが、株価や資材取引の動きと関係ない事件じゃったから妙に浮いておる」


 ボンネットに形の良いお尻を置いたツェリカはそっと息を吐き、ビキニトップスに包まれた大きな胸をゆっくりと上下させて、


「このガトリング銃、効果は不明だが『ただの』じゃない。動画サイトの目撃情報によれば、小柄なオフロードバイクにまたがったまま片手で乱射した事もあるようじゃ。スーツケースより巨大なボックスマガジンを後部シートに縛りつけてな」


「……反動がゼロか、重さがゼロか」


 親指より太い対物弾を一分間に六〇〇〇発でも七〇〇〇発でもばら撒くガトリング銃は殺傷力の塊だ。この地下駐車場にある全ての車を吹き飛ばすのだって横に一薙ぎ、念を入れても往復ビンタで事足りる。その破壊力で、実際の射程距離は二〇〇〇から三〇〇〇メートル。そんなものを子供の水鉄砲みたいな感覚で振り回されたらたまらない。


「その辺は実際に物を触って調べてみない事には分からんが、とにかく動画で外観を見る限り『#龍神.err』の線が極めて高い。拾い物じゃったの、たまたまわらわのドライブレコーダーに昔の映像、タカマサのガレージの動画があって照合の役に立った。良くできた偽物だとしても、ここまで精巧な仕事ができるなら本物をいじくり回せる立場の者じゃ。挨拶しといて損はあるまい?」


 ふむ、とカナメは息を吐いた。


 その上で、


「これだけなら、ただの『遺産』の使い手だな。ツェリカ、お前がそこまで褒めて褒めてオーラ全開なのは? 尻尾をぱたぱた振るだけのモノがあるんだろ」


「だっ誰も思うとらんわいそんな事!!」


 腕を組んで下から大きな胸を持ち上げ、そっぽを向くツェリカだったが、顔を真っ赤にして頬を膨らませていても聞かれた事にはきちんと応えてくれる辺りはマギステルスか。


「……リヴァイアサンズが『遺産』を入手した経緯が分からん。大金積んで買った訳でも誰か前任者を襲った訳でもなさそうじゃ。的を絞って検索しても、ニュース界隈に痕跡がない」


「だとすると、こっそり盗んだ?」


「『遺産』は一つだけでも国家転覆まで手を伸ばせるチート級サイバー経済兵器じゃ。持ち主は毎日金庫から取り出しては隅々まで眺め回し、それはそれは大変気持ち悪い顔でニヤニヤしておる事じゃろう。普通に考えれば盗まれた事に気づかない、だからニュースにならない、なんて雑な扱いはできないはずじゃがな」


「……、」


 唯一の例外があるとすれば。


 強大な『遺産』が無人の隠れ家に長らく放置されたままで、誰が持ち出しても異変に気づかれない状態はと言えば……、


「クリミナルAO……フォールして行方不明になったタカマサの隠れ家から、直接盗み出した?」


「……さて、では問題。無二の親友じゃった旦那様でも心当たりのないクリミナルAOの隠れ家を、この部外者どもはどうやって突き止めたんじゃ?」


「……、」


「メモ魔だったクリミナルAOの個人的な資料をどこかから手に入れたという線は? タカマサのフォールはソ連の崩壊と同じくらいには衝撃的じゃった、それはそれは色々なモノが流出したからの。だとすれば、その中には『遺産』に関する重大な『リスト』もあるかもしれんのう」


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