【Second Season】第四章 場外乱闘はここにあり BGM#04”Team Play”.《001》


◆◆◆


 サーバー名、アルファスカーレット。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。


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 ようこそ蘇芳カナメ様、マネー(ゲーム)マスターへ。



◆◆◆



「兄の『遺産』がいる、それも全部」


 わあッ!! という二万人の大歓声に紛れるようにして、黒ゴスビキニにミニスカートの霹靂ミドリが低い声で呟いていた。ビキニと言ってもフリルをたくさんあしらっているため胸元の起伏が目立たないようにしてある特別仕様である。もちろんお子様向けと言ってはならない。不機嫌な猫みたいに両手の爪で顔を引っ掻かれたくなければだ。


 目の前で繰り広げられているサッカーの試合は前半最初の盛り上がりを見せていた。ディフェンダーがボールを保持する選手の足を引っ掛けたように見えたが審判は笛を吹かず、あっけなく攻守が逆転していく。


 マネー(ゲーム)マスターでのサッカーリーグはS級、R級、後はアマチュア専門のN級に分かれていたが、ここは確か二番手のR級だったか。


「……何でこれABCじゃないんだっけ? ややこしい」


「センスがおじさんね。スーパーレア、レア、ノーマルの方が分かりやすいのよ。今の子には」


 今日の天気や深夜の眠気覚ましに何飲んでいます? くらい誰でも答えられる話題をカナメが振ってもこの塩対応。ピリピリした女子中学生の扱いは時限爆弾の解体よりも繊細だ。


 隣の席に腰掛ける有力ディーラーはそっと息を吐いていた。密談場所はミドリが指定してきたが、ネットゲームでスタジアム入りして試合観戦というのも妙な気分だった。テレビゲームの中でゲームセンターに入り浸るような感じが近いか。マネー(ゲーム)マスターでの稼ぎ方はそれぞれだが、リアル世界ではできない事を追求している場合は、肉体的に衰えて引退したプロ選手なんかが『若いアバター』を作って暴れ回っているなんて事情があるかもしれない。


 そして遺産と言ってもこの場合、少女の行方不明の家族が貯め込んでいた現金ではない。


 マネー(ゲーム)マスターの中でカスタムし過ぎて設定上限を超え、『終の魔法オーバートリック』とまで呼ばれた別格の銃器群がある。それが『遺産』。一つ一つの威力も絶大だが、全て集めればマネー(ゲーム)マスターで使われている特殊なプログラム言語を解析できるようになる、と予測をつけていた。


 とりあえず、だ。


 カナメは観戦用のオペラグラスから目を離しつつ、


「……それからあまり大っぴらに言うなよな、あの話は。誰が聞いているか分からないんだぞ」


「うぐ」


 ようやっと息を呑んだミドリの前で彼は指を二本立てる。


 言うまでもなく『#豪雨.err』と『#火線.err』の話だ。


 ガイドライトの光を浴びせた場所へ二〇〇〇発の散弾を叩き込むショットガンに、射程距離無限大の対物ライフル。使い方次第ではリアルの国さえ滅ぼすサイバー経済兵器、いずれもタカマサが遺した超ド級の『終の魔法(オーバートリック)』である。


「(こんなに持っている事がバレたら、そこらじゅうのディーラー達が押し寄せてくる。『遺産』は怖がるだけじゃない。あれは、一個あるだけでリアルの国でも巨大ITでも吹っ飛ばすほどの力があるんだから。人を殺してでも手に入れたい輩もいるって事を忘れるな)」


「わ、分かってる! 分かってるから、近い近いっ!!」


 何だかツインテールがわたわたしていた。


 カチューシャにあしらった青い薔薇の飾りも揺れる揺れる。なんか音に反応するオモチャを連想させる動きだ。


 喉を潤すよりも血管から全身を冷やしたいのか、やや慌てたような格好でミドリは黒いニーソックスよりもさらに根元、眩い太股で氷がいっぱい入った透明なドリンク容器を挟みながら、


「あなただってそういう話だったはずでしょ。マネー(ゲーム)マスターは単なるネトゲじゃない。ゲームのお金一スノウがそのまま現実のお金一円に換金できるこのゲームは、AIが仮想通貨を使って効率良く人間を支配するための枠組みで、早いトコ私達人間側で手綱を握らないと大変な事になるって」


 ……実際には『それどころではない』のだが、受け取り方はそれぞれだ。マギステルスは人の手でデザインされた存在ではなく、元々いた。しかも、リアルの世界で。カナメとて、もたらされた情報を全て冷静に呑み込めている訳ではない。


 完全に人智を超えた、悪魔達の創ったゲーム。


 追い詰められて事件を起こしたツェリカさえ、『総意』とやらには騙されていた。タカマサの『遺産』を全て集めるとプログラム言語を掌握できるかもしれない、という可能性を思いつかないよう誘導されていたのだ。


 底など見えなくて当然だ。


「『リスト』がいるわ……」


 フライドポテトにフランクフルト、それから冷たい飲み物。紐みたいな水着にサンバイザーだけ被った売り子のお姉さん(動きを見るに多分人間)が目の前を横切ったタイミングでミドリはいったん言葉を区切ってから、


「『遺産』が全部いるって言っても、全部でいくつあるか知っているのは消えたお兄ちゃ……げふんっ、兄だけ。まず探し物の正確な『リスト』がいる」


「それなんだけど、リアルのタカマサの部屋にはなかったのか? 手帳とかカードサイズのストレージとか」


「……見つかったのはエロサイトの履歴くらいのものよ。ううー、グロッキー。必要に迫られてとはいえ、勝手にガサ入れした天罰かしら」


 これについてはかける言葉がなかった。家族の性の話は何気にキツい、というのは良く分かる。カナメだって妹や両親のそういう側面を見たいとは思えなかった。


「本当にあるのよね……?」


「ほぼ間違いなく」


 もの自体を見た事はないが、必ずあるという確信はあった。


『遺産』の、というより紙飛行機からスポーツカーまで、タカマサは自分の手を動かした工作については全てメモを取ってルーズリーフの束としていた。何がどんな悩みを解決する突破口になるか分からないから、とあの男はよく笑っていたものだ。アナログな手紙を好む妹のミドリとは似ているようでどこか違う性質。文系ではなく、理系のメモ魔。タカマサのフォールと失踪で多くの『遺産』がゲーム内にばら撒かれたが、消えたのはそれだけではない。どこを探しても、あの男が残したはずの記録の山が見当たらない。


 プラスチックの座席に座ったまま未成熟な上体を前へ倒したミドリは額に片手をやって、横目でカナメの方を見てきた。


「そういうそっちは? それこそネトゲの中じゃ背中を預け合ってたんでしょ」


「思いつく限りの隠れ家は全部調べたけど、ルーズリーフの束は見つからなかった。……まあ、タカマサが俺の知らない倉庫や家を持っていた可能性はゼロじゃないが」


「……結局そこよね」


「ああ」


 クリミナルAO、元の持ち主から『遺産』についての情報を得られないのなら、別口を探すしかない。


『遺産』に関する正確な『リスト』。


 そもそもアレは一つだけでも十分なチートだ。国家や企業が資金繰りするのにもマネー(ゲーム)マスターの仮想通貨が利用されているのを考えれば、使い方次第では国を破算させるほどの影響力を持つ。壊すだけではなく、奪える。はっきり言って下手な核兵器よりも便利で恐ろしい『兵器』であった。


 それを、全部独占できるかもしれない可能性。


 オリジナルの『リスト』はもちろん、中途半端な写本やコピーの形で複数ばら撒かれている可能性も高い。切り売りするだけでも十分な稀少価値があるのだから。


 そいつを手に入れていながら、大掛かりな回収作戦にまで乗り出せない何者か。


 正確な情報を持て余しているとしたら、一体誰だ?


「……、」


 確かに、欲しい。


 カナメ達だって『遺産』を全て回収するためには、まず正確な個数を知る必要がある。それは事実だ。オリジナルでもコピーでも、完全な形で『リスト』が一つあれば問題ない。


 しかし……。


 人によっては、宝の地図と思えるかもしれない。


 だけどそれ以前に、『リスト』を含むあのルーズリーフの束はタカマサがそっと残した想いの欠片だ。常人にはUFOやタイムマシンの図面にしか見えないとしても、当人にとっては表に出す事なく静かにしまっておくべきだった文字の連なり。まるで学者の資料館で、新しく発見された恋文をガラスケースに収めて誰彼構わず公開してしまうような有り様だった。即物的な金のために見せびらかして良いものではない。


 もう嬲り物にはさせない。


 見知らぬ者どもの衆目になどさらせない。


 タカマサは消えたが、ヤツの尊厳までなくなった訳ではないのだから。


「さてどうするかね。ミドリ、熱中症に気をつけろよ。このゲームの中なら普通にかかる。いつの間にかドリンク空になってるし」


「うるさいな」


「……ところでさっきからやたらと熱心だな。ミドリってそんなにスポーツ好きだったっけ?」


「気が散る。現実で兄がこさえた借金については、あなたの手は借りない。私は一人で全部返して一人前になるんだ。だからこのくじに命張ってんの」


「サッカー、くじ……???」


 ミドリの黒い手袋に包まれた小さな手がぎゅっと握っているチケットを横から覗き見る限り、向こう一〇試合の勝ち負けを点数含めて全部当てられたら億万長者、という仕組みの買い方らしい。今はキャリーオーバー込みでざっと七億スノウ程度か。


 本気だ。


 本当に予想を超えていた。


 ……よりにもよって、自分の行動いかんで結末を変える事のできない方法にお金と運命を預けてしまうとは! 正確な点数込みで向こう一〇試合という事は、急ピッチで試合を進めても二週間近くかかる。どれだけデータと睨み合って自分で勝ち負けの印をつけていったところで、チケットを買った時点でどちらのチームが勝つかなど分かる訳もない。というかその時点では当日誰がスタメンとして試合に出てくるのかさえ知りようがないだろう。出走直前まで馬の体調や芝の具合を確かめられる一試合限りの競馬だってあんなに外れるのに、二週間前から一〇試合の結末全部なんぞ当てられるはずもないのだ。開いた口が塞がらないとはこの事であった。


「ミドリ」


「何よ?」


「……明るい未来のためにお勉強だ。投資と報酬の平均値、いわゆる回収率の話から始めようか。ギャンブルは基本的に胴元が必ず儲かるようにできていて、中でも常夏市で出回っているスポーツ系の振興くじは競馬や競輪より概算で二〇%以上しょっぱ……」


「あーうるさい! 何であいつら揃いも揃っておんなじユニフォーム着てるのよ、スキルもみんな統一しててつまんない!! 選手ごとに衣服やアクセサリーでステータスに個性をつけてくれたら秒で性能見抜けるっていうのに……。あーあー、あああーっ!? なーんーでーそこでフリーキック一発でゴール決められてんのよお!? 予兆がなかったでしょ何の予兆もお!!」


 ぎゅぎゅーう!! と少女の手の中で扇のように広げられたチケットが強く握り潰されていた。


 ギャンブルに大負けした時のリアクションは競馬場に入り浸る酔っ払いのおっさんも黒髪ツインテールの女子中学生も大して変わらないものらしい。


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