第二章 地底と天空 BGM #02 ”dive to freedom”.《017》




 何度も何度も大ジャンプを繰り返す。


 ミントグリーンのクーペと真っ赤な大型バイクが、サイクロンの空を飛び回る。屋上から屋上へ、徐々にその高度を上げながら。


「ああもう、ビルの屋上、また他人の私有地かえ!?」


「急いで飛び移ればPMCに噛み付かれる事もないさ」


「そんな話はしとらん。居心地がわるーい! その辺のビル全部買い占めてしまえ!!」


 これだけの高低差を何度も繰り返していたら、普通のタイヤでは着地の衝撃でパンクしていただろう。スポンジを詰めておいたのは僥倖だった。


 いちいち一つ一つの屋上で立ち止まり、改めて助走を取っていたのでは勢いが死ぬ。宙を舞っている間にはすでに次の踏切板の位置を捕捉し、ハンドブレーキを最低限だけ使ってできるだけ勢いは殺さずにカーブを切り、勢いを残したまま踏切板を目指さなければ墜落する。


 何故、カナメ達は路地裏を去った後も高速移動を繰り返しているのか。


 答えは明白極まる。


 爆発したように鼻の頭で危難の痛みが膨らむ。


 横殴りの雨を抉り取るように、何かが空気を引き裂いた。


 それはミントグリーンのクーペのすぐ近くにあるエアコンの業務室外機に直撃し、直後にボンッッッ!! という破裂音と大量の爆炎を撒き散らす。


 狙撃。


 しかも室外機は鉛弾を当てた程度で、あんなぬめった有害な炎は出さない。徹甲焼夷弾。装甲を貫いて内部の機械や人間を焼き尽くすオーバーキルの特殊弾頭。それも肌に触れただけで炎に巻かれ、煙を吸っただけで肺が爛れるとされる白燐型の燃焼方式だ。


 首を振り、目よりも先に鼻の痛みで危難の出所、狙撃地点を知る。


 共に行くツインテールの少女からもコンタクトがあった。


『ミドリ>ついてきてる!! あのリムジン、私達と平行にビルを飛んでいるよ!!』


「かかっ!! 空飛ぶリムジンに箱乗りのお嬢様。おててで握っているのは特大サイズの対物ライフルか! 今日も常夏市は順調に狂っておるのう!!」


 助手席のツェリカがハイになって洋楽のボリュームを引き上げていた。


 ミドリはミドリで、相手のコーディネートから装備品の補正値を読んでいるようだった。


『ミドリ>スナイパー、長距離タイプ、手ブレの補正に死ぬほど金を突っ込んでる。照準はオートエイム頼みじゃなくて完全手動みたい、でもそこが逆に玄人っぽいかも。この距離でも運頼みなんかにしない、普通にビタリと照準してくるはずよ!! 最悪、先読みもありえるわ!!』


 大きな通りを挟んだ向こう。乱杭歯のように建ち並ぶビル群。一度は地上の直線道路でカナメ達を追い詰めたあの黒いリムジンが、魔法か何かのように屋上から屋上へ跳躍している。


 理論上ならできる。サーカスなどではバイクや自転車の他に、一輪車や車椅子だって踏切板を使って大ジャンプや宙返りを行う。だが実際にこの目で見ると迫力はまるで違う。


 ただし、


「インパクトに惑わされるな。重要なのはそこじゃない!」


 チュン!! とすぐ近くの空気が雨粒ごと引き裂かれ、屋上に設置された物置が爆発して気味の悪い炎に包まれていく。


 いくつかのウィンドウをフロントガラスに表示させ、破壊の様子を比較検討する。


「これも同じ、これも、これも、これも、これも」


「一体何の話をしておる!?」


「エアコンの室外機と物置は壁の厚さが違うはずだ。つまり壊れ方に違いが出ないとおかしい。なのにリリィキスカの対物ライフルにはそれがない! 全部均等に同じ壊れ方をしている!」


「じゃから何じゃ!?」


「ただの狙撃銃でこんなに鼻がチリチリするもんか。世界観全体であらかじめ設定された物理現象を超える攻撃を放つ事ができるのは!?」


 質問に質問で返されると、流石にツェリカも目を白黒させていた。


 チャットの方でもミドリが文章を投げかけてくる。


『ミドリ>ねえあれ、兄の「遺産」なんじゃないかしら!!』


『カナメ>大正解。おそらく射程距離無限大なんて馬鹿げた効力を持った対物ライフルだ!』


 今の今までカナメ達が無事だったのは、お互いに高速移動している他にサイクロンの激しい風雨も手伝ってくれていたはずだ。そうでなければ今頃、カナメかミドリのどちらかがマシンごと丸焼きにされている。


『カナメ>ようは、火薬を使って生み出した運動エネルギーが減衰しない、重力によって弾丸が落下しない、だから永遠に直進を続けるって感じなのかな。それだけでも十分に脅威的だ。地表なら地平線ギリギリ五〇〇〇メートル、高台から見下ろせば一万メートル先からだって標的を狙えるかもしれないんだから!!』


 カナメの短距離狙撃銃は五〇〇メートル、ミドリの護身用の拳銃なら二〇メートル先の的に当たるかどうかも怪しいところだ。そう考えると、リリィキスカの対物ライフルの恐るべきスペックが見て取れる。


『カナメ>あれは標的に当たると初めて「攻撃力」を出力するんだ。痕跡から見て一二・七ミリの対物弾をゼロ距離からぶっ放した程度。さらに有害物質の塊、白燐の焼夷効果付き。まともにやり合ったらまず勝てない。ハエ叩きで潰されるか殺虫剤バーナーで蒸し焼きだ!!』


 全体としては、肩に当てて構えるというよりバズーカのように担ぐ威容。


 一応の分類はブルパップ、で良いのだろうか。グリップよりもはるか後方に、金属製の電話帳のようなマガジンが取りつけられている。


 銃身だけで二メートルを越えるバケモノ。


 おそらく携帯時は二つ折りにでもしているのだろうが、その圧倒的な重量では人力だけでの持ち運びなどほぼ不可能ではないだろうか。


 獅子の嗅覚が震える。


 恐るべき敵、分厚い壁、絶壁のハードル。だが危難を知って立ち去るためのビジョンではない。獅子は打ち倒すために特大の獲物の位置を探るのだ。


 屋上から屋上へ渡っていると、カナメのアカウントにSNS調のチャット申請があった。


『リリィキスカ>「#豪雨.err」をこちらに渡しなさい。「遺産」同士でかち合ったとしても、相性は私の「#火線.err」に味方する。白燐の炎や煙に巻かれるのは苦しいわよ。何でオプションでカットできないんだって後悔するくらいにね』


『カナメ>お断りだ』


『リリィキスカ>サイクロンが味方してくれる? マシンが跳ね回っていれば狙いもブレる? でもね』


 ッッッゴン!! という爆音が風景を貫いた。


 ミントグリーンのクーペや真っ赤な大型バイクではない。


 白燐の爆炎に呑み込まれたのは、これから使う予定だった踏切板だった。


「くそっ!?」


 鉄板の位置はわずかにずれただけだが、命を預ける大ジャンプにはもう使えない。カナメは目線でSNS風のチャットを操り、ミドリに停止の指示を飛ばしながら、自身も必死になってミントグリーンのクーペの制動に移る。大量の雨で滑る路面に心臓を鷲掴みにされつつも、何とかして考えなしに屋上から飛び出すのだけは回避していく。


『リリィキスカ>元から止まっている標的を狙い撃つだけなら、そう難しい事じゃないわ』


 黒塗りのリムジンもまた、ビルの屋上の一つに着地すると、ぐるりと回って位置取りを調整しているようだった。


 距離は八〇〇から九〇〇。


 こちらからは届かないが、向こうからは確実にぶち抜ける間合い。


 じっくり狙うつもりなのか、相手は黒塗りのリムジンをこちらから見て水平に停車させると箱乗りをやめ、屋上へ足をつけていた。後部トランク部分を盾にする格好で、肩に担いだ長大極まる対物狙撃ライフル「#火線.err」をバイポッドで固定させている。


『リリィキスカ>そしてあなた達もまた「止まった」。最後に警告するわ、「#豪雨.err」をこちらに渡しなさい。さもなくば、まずマシンを撃ち抜いて爆破し、次にあなた達当人を射殺してから手に入れる』


「……、」


 屋上にあるのはいくつかの業務用室外機と花壇、物置、午後の一杯を楽しむための椅子やテーブルくらいのものだ。身を隠す事はできても、『#火線.err』と言うらしい対物ライフル型の『遺産』は防げない。一発で撃ち抜かれ、続く白燐の炸裂で肌を焼かれて肺を爛れさせられる。


「どうするのじゃ、旦那様!?」


 まずはチャットからリリィキスカを締め出す。これだけで敵対行動と取られるだろうが気にしない。最低限の指示だけミドリに飛ばすと、


「ツェリカ、溜まり塚って言葉は知ってるか。災害用語だ」


「うん?」


「普通の街にも風の吹き溜まりはある。地形やビルの形をなぞる格好で複数の風が集まる場所。台風やサイクロンの時にはケタ外れの風が大量のゴミを飛ばすからな、こうした場所にはそれこそ山のように、メートル単位、いや場合によっては一〇メートル超えでとてつもない量の堆積物が集まるらしい。街中に捨てられたゴミが一ヵ所に集まる訳だ、すごい話だな」


「ちょっと待て旦那様、先ほどから何をマップにいくつも印をつけて……」


「さて問題だツェリカ、二〇階建てのこのビルから全速力でダイブした場合、無人のクーペはこの溜まり塚に無事突き刺さる事はできるか? 簡単な弾道計算だ、お前ならできるな」


 あまりの言い分に口をパクパクさせる悪魔だったが、少年は気に留めない。


 目が笑っていないのを感じ取り、慌てたようにツェリカは言う。


「ま、マギステルスだってダウンくらいはするぞ。一定以上のダメージが蓄積すれば『固まる』のじゃぞ。しかも衝撃を吸収しきれずに神殿たるマシンだって壊れるかもしれん。それなのにー!!」


「このまま『#火線.err』で丸焼きにされるのを待つか? 後でゴミの山から引っこ抜いてやるから大人しくしていろ!」


「ふっ、ふざっ、ふじゃけりゅ、ふざヴぁるばァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 泣き言は無視してアクセルペダルに細工を施し、カナメは一人でミントグリーンのクーペの運転席から転がり出る。助手席に悪魔を乗せたまま、スポーツカーが遊覧飛行を満喫する。


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