第二章 地底と天空 BGM #02 ”dive to freedom”.《015》
これが空気よりも重たいプロパンガスだったら、もう一工夫する必要があっただろう。だが水素は軽い。マンホールを通して地下に充填しても、イミテーションの小さな穴から勝手に地上へ這い出てくれる。
だから、カナメはマンホールに向けて一発撃つだけで良かった。
火花一つで着火する。
水素ボンベを使った爆発に巻き込んでも、装甲リムジンは破壊できない。これはカナメがミドリに伝えていた事だ。だから少年の狙いはそこではない。
眼前に迫る装甲リムジン。その右の前輪がマンホールの蓋を踏みつけた直後の着火。
つまりは。
ドッ!! と。
マンホールを中心に、十字路全体が直径一〇メートルほど爆発して噴き上がる。
マシンそのものを吹き飛ばす必要はない。地面が陥没して装甲リムジンが落っこちてしまえば、走行不能になってしまえばそれで良かった。
サイクロンの中でも、それとは別の凄まじい烈風が吹き荒れる。
「っ!?」
だが状況はカナメの予測を超えた。
リムジンは落ちない。車体全体がぶわりと浮かび上がる。爆発が大き過ぎたのだ。足元から車体を持ち上げられ、右の前輪を中心に片輪走行のようになっていた。そのまま直進。カナメ達を食い破るはずだった金属の塊が大きく浮かび上がったため、ちょうど少年少女は開いたその隙間へとすっぽり隠れる形になった。車の底が、ほとんど頭を掠めそうになる位置取りだ。
交差は一瞬。
片輪走行状態のまま、リムジンは十字路を突き抜けていく。
「っ! やったか!?」
ミドリを抱き寄せたまま、カナメは勢い良く振り返る。
特殊なロックのついたマンホールを一つ台無しにした。道路に大穴を空け、封じられた地下への口を開けてしまった。しかも爆発があれば多くのディーラーの目がノーマークだった地下世界そのものへ集中してしまう。質屋の王フレイ(ア)を納得させるためには相応の駆け引きも必要だった。だからそれだけの成果は欲しい。
第一の予想とは違っていても、装甲リムジンの片輪が持ち上げられ、あのままひっくり返ってしまえばリリィキスカは怖くない。どれだけ装甲が分厚くても走れないのでは意味がないのだから。
しかし、
「まずい……」
「えっ、えっ」
腕の中にいるずぶ濡れのミドリは、顔を真っ赤にしたままカナメの顔を見上げている。
だが少年は少女の方ではなく、はるか遠方の敵を睨みつけていた。
鼻の頭のチリチリした感じが消えない。
「持ち直した……! くそっ、あそこまでやって回復するか普通!?」
見ている前で、黒塗りのリムジンが傾く。天井側ではなく、タイヤ側へと。再び地面に四つの車輪を下ろし、しっかりと大地を踏みしめ、そして大型リムジンではありえない挙動で横薙ぎに巨人の剣でも振り回すようにUターンを決めてくる。三日月状に水飛沫が舞う。
「旦那様!!」
ギャリギャリギャリ!! というタイヤの悲鳴があった。
ミントグリーンのクーペと真っ赤な紅葉柄の大型バイクが陥没した十字路とは別の道を回って合流してきた。
慌てたようにミドリはカナメの腕の中から逃れ、後部シートへ移った冥鬼と入れ替えにバイクへと飛び乗っていく。カナメもカナメでミントグリーンのクーペの運転席へ向かう。
もうずぶ濡れでシートが汚れるなどと、ツェリカの方も文句を言わない。
それどころではない。
「あれだけやってもダメだった!」
「鉛弾は通らん、加速でも負けておる。どうするつもりかえ、旦那様!」
「手榴弾は? アルミニウム還元式のヤツ」
「ピン抜いて起爆まで五秒かかるあれを、この速度域できっちり当てられれば良いがのう! 野菜工場吹っ飛ばした関係で向こうも手榴弾の存在は知っておるはずじゃ、警戒くらいしてんじゃろ!!」
舌打ちして、目線を使ってグループSNSに寄せたチャットで指示を飛ばす。
『カナメ>広い直線では自殺行為だ。マップをリンクさせる、路地に入って振り切ろう』
『ミドリ>ねえ、例の「アシッドD」とかいうのは? 金属なら何でも溶かすんでしょ!』
『カナメ>この暴風雨の中であんなもん振り回したらこっちが火傷を負うよ』
ARや戦闘機のHUDのように、カナメの指示通りにフロントガラスが輝き、まるで空間に光でできた架空の標識を立て続けに浮かばせる格好でコースガイドが表示される。マップを同期しているミドリの方も街灯や街路樹のような列を眺めているはずだ。
鼻の頭がチリチリと痛む。
ハンドブレーキと雨に濡れる路面の力を借りてミントグリーンのクーペの尻を振り、突撃してくるリムジンを回避しながら急激にカーブを切る。灰色のコンクリートと赤い煉瓦に挟まれた狭い道へと強引に首を突っ込んでいく。
二台で奥まで進んでみると、カナメは思わず顔をしかめていた。
逃げ込んだはずなのに、チリチリした感覚はますます膨らんでいく。
思わず車を停めて確認した。
マップと違う。
簡易表示ではビルの谷間にぽっかりと開いた小さな広場で、複数の方向に出口が伸びているはずだった。なのに今は建設途中のビルの鉄骨があり、周りには作業機械やセメントの袋がたくさん置いてあった。頼みの綱の『別の出口』も塞がれている。
「私有地か……やな感じじゃのう」
助手席のツェリカが自分の肩を抱いて居心地悪そうな顔をしていた。基本的には契約したディーラーの所持金・所有物しか扱えない彼女からすれば面白い状況ではないのだろう。流石に一歩も足をつけられないといったほどではないが、それでも人間には『見えない』障害物の数は圧倒的に多いはずだ。
『ミドリ>誘い込まれたのかしら?』
『カナメ>かもしれない』
リリィキスカのリムジンのインパクトに魂を持って行かれ過ぎた。『
……何故、カナメ達の位置をリリィキスカは知る事ができたのだ?
同じ疑問を抱いていたのか、助手席のツェリカがアイデア出ししてくる。
「衛星か無人機」
「だとしたら半島金融街へ来るまでに捕捉されてやられている。マングローブ島のログハウスの時点で襲撃されていたはずだ」
「一〇〇〇人の
「あるかもしれないけど、チーム自身の信頼性がぐらついている中、みんながみんな協力してくれると思うか? 『
「なら何だと言うのじゃ?」
チリッ、と鼻の頭が鋭く痛む。
通常の五感よりも先に得体の知れない獅子の嗅覚が倒すべき敵を捉える。カナメは横殴りの雨の中、運転席から建設現場をぐるりと見回して、そして言った。
「……防犯カメラだ」
「ヤツらがセキュリティ会社でも買収したと?」
「いいや、あそこ」
少年が指差した先には、汚れた壁に無骨なカメラが取りつけられていた。
「ビル自体が完成していないのに、どうして先んじてカメラだけ設置されているんだ。この手の配線は一番最後にやるはずだろう」
「おい、まさか……」
「セキュリティ会社なんて乗っ取る必要ない。ヤツらは自前で大量のカメラを購入して、半島金融街のあちこちに勝手に取りつけていた! あんな堂々とされていたら盗撮カメラだなんて誰も思わない、正規の手順を踏んだ防犯カメラだって普通に考える。『
実際には、一〇〇〇人の
サイクロンの勢いも気にせず窓を開け、短距離狙撃銃でカメラを撃ち抜いたが、こんなものは何の役にも立たない。
目線でデジタルなキーボードを操り、チャットでミドリと情報共有すると、何故だか彼女はこんな風に書き込みを返してきた。
『ミドリ>ヴぇっ!? それってつまりさっきのあなたと抱き合っていたところも「
『カナメ>ミドリ! 真面目にするんだ、すぐにでも「
『ミドリ>分かっているけどどうするの!? バリケードでも作る? 出入口は限られているから敵の動向は掴みやすいでしょうけど、それでも多勢に無勢は変わらない!』
少女の言う通りだ。
「ツェリカ、周辺環境を検索。とにかく使える情報をリストアップ!」
「やってるわー、馬鹿者め!!」
パパパパパパパパパッ!! と何かのブラクラのように大量のウィンドウがフロントガラス一面に表示されていく。
高速で目を動かして情報を精査するカナメは、いくつかのウィンドウを赤い線で結んで即興の作戦を組み立てていく。
その手際に、ツェリカは助手席で口笛を吹いていた。
『カナメ>例えば、こんなのはどうだ?』
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