第二章 地底と天空 BGM #02 ”dive to freedom”.《013》
潜水艦で地下に広がる無数の川、暗渠を渡る。所定のマンホールの真上まで到着すると、カナメは半透明で粘液状のマギステルスに礼を言った。
「色々済まなかった。俺達が上に登ったら、すぐにここを離れてもらえると助かる」
「いえ、こちらもあんなに楽しそうな主様は久しぶりに拝見いたしました。これは礼節の他に個人的にも、またのお越しをお待ちしております、蘇芳カナメ様、霹靂ミドリ様」
特殊なロックを外し、炊飯器のように軽い蓋をガパリと開けると、再びサイクロンの猛威がカナメの顔を叩く。
場所は先ほどの大通りから少し離れた、巨大な十字路の真ん中にあるマンホールだった。
後から出てきたミドリは横殴りの雨の中、自分のスマホを眺めて絶句している。
「嘘でしょ、あれからまだ一〇分しか経ってない。あそこは時空が歪んだ竜宮城なの……?」
「財宝ヤドカリよりは素敵な言い回しだ。あいつは色恋沙汰なら何でも目がないから、メールで伝えてやれば改名するかもしれないな」
さて、想像以上にスムーズに会話が進んだのか、ミドリのスマホに何かしらの干渉があったのか。
適当に言い合いながら、暴風雨の中でカナメ達は動き出す。と言っても主役はカナメで、ミドリはその背中を追い駆けていくようなものだが。
目指したのは交差点の角にある商業ビルの一階、喫茶店の裏手だ。
より正確には、女の子の背丈よりやや小さいくらいの金属ボンベだった。
ミドリは眉をひそめて、
「プロパンガス……?」
「いいや、水素ボンベだ。流行りのスマート発電の一種だろう」
カナメは手早くホースや固定具を取り外していく。
「爆発に巻き込んでリムジンを吹き飛ばすっていうの?」
「それじゃあの塊は倒せない」
言いながら、カナメは強引にボンベを担いでしまう。米俵みたいな扱いだが、やはりこの暴風雨の中では無理があったらしい。ふらふらと揺れる少年を、横からミドリが支えていく。ぎゅむと柔らかい体全体で抱き着くような格好に頬を熱くしながら、ミドリはこう呟いていた。
(ばかばかばかばか! でもこれは必要な事っ、兄の『遺産』を全部壊して気持ち良くお手紙を書くために必要な事なのっ!!)
「あ、あなたもあなたで、不思議なコーディネートをしているよね」
「何だって?」
「短距離狙撃銃っていうのもそう。狙撃のくせに接近戦を挑むし、今だって。普通、ガスのボンベって専用の台車を使って運ぶものでしょ。でもそこまでの怪力を実戦で活かす場が思いつかない。どういうコンセプトで組み立てているのかがいまいち見えてこないっていうか……」
狙いは十字路の中心にあるマンホールの一つ。
その表面にはいくつかの小さな穴があった。専用工具のオープナーを挿すためのものだが、財宝ヤドカリのロックがついた蓋には本来なら不要。つまりカムフラのためのイミテーションだ。そこにカナメはホースを突き入れ、バルブをひねる。しゅうしゅうという音が鳴り、大量の水素が注ぎ込まれていく。
この作業をするために、事前に地下世界の主に話を通しておく必要があったのだ。
その内に変化があった。
ギャリギャリギャリ!! と遠くの方からタイヤの悲鳴のようなものが聞こえてくる。
鼻の頭に電気とも痺れとも違う感覚が激しく襲いかかる。
「っ! もうやってきた!!」
「隠れろミドリ! ああくそ、間に合わないか!!」
カナメは横倒しのボンベを足の裏で軽く蹴飛ばし、転がるに任せて道路脇の茂みに送り出しながら、腰に提げていた短距離狙撃銃を掴み直す。ミドリを引きずって逃げようとするが、十字路から少し離れるのが精一杯だった。折り畳んでいたストックを開いて固定させる。
勢い良く角を曲がって、まずミントグリーンのクーペが交差点に突っ込んできた。
続けて真っ赤な紅葉柄の大型バイク。
「ひゃっ!!」
思わず身を小さくしようとしたずぶ濡れのミドリを抱き寄せ、その左右を鋼の塊が突き抜けていく。
胸板越しに、少女の鼓動を感じる。
彼女の緊張が伝播し、引きずられそうになる。
わずかな間を開けて、ついに黒塗りの装甲リムジンが顔を出す。
こちらに向けて一直線に突っ込んでくる!!
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