第二章 地底と天空 BGM #02 ”dive to freedom”.《011》




 実際の大統領専用車は、全高だけで二メートル以上あり、人間は立ったまま後部ドアをくぐれる。タイヤのサイズもダンプより大きい。写真だと周りに物差しや煙草の箱みたいな比較対象物がないため細長いシルエットに見えるが、とてつもないモンスターマシンなのだ。


 どうしてそこまで大きくしなければならないのかというと、壁の厚みの問題がある。


 大統領専用車のドアは、それこそ大金庫の扉のように分厚い訳だ。それで外装をすっぽり覆うと、どうしてもサイズがかさんでしまう。


 リリィキスカの黒塗りリムジンは、そこまでではなかった。


 だが防弾ガラスの厚みが一〇センチもある怪物。アサルトライフルの連射をものともせず、時速四九〇キロで直線道路をぶっ飛ばす大型車両は、それだけで十分な脅威だ。ハイブリッド仕様で電気駆動時は無害を装っているが、ひとたびスイッチを切り替えればドラッグレースにも使われるジェットエンジンに火が入る。よく、車は走る凶器という表現が使われるが、こちらの場合は自由に走り回るクレーン鉄球とでも言った方が良いのかもしれない。そのダメージは自動車よりも貨物列車の先頭車両で吹き飛ばされるようなレベルだ。


 直線の加速力では、水たまりを天使の羽のように左右へ割る改造リムジンに勝てない。


 リリィキスカの耳や首回りにはいくつかのアクセサリがあり、今も高級車の中で爪にマニキュアを塗っていた。全てスキル調整のため。それも元来の利点を最大限に生かす超長距離戦を軸に据えたものだ。近づけば超重量の防弾車で撥ね飛ばし、離れれば狙撃で確実に撃ち抜いていく。よって死角などない。


 冷徹に彼女は告げた。


「ソフィア、叩き潰して」


『あいさー、キスカ様』


 ギリギリまで引きつけて、カナメはハンドルを切り返したようだ。獲物を食いそびれたリムジンが直前までミントグリーンのクーペのいた場所を突き抜け、車道と歩道を分ける金属製の手すりを濡れた紙切れのように引き裂いていく。そこで動きを止めず、もう一度車道へ。途中で街灯の柱を丸々一本へし折り、とばっちりだけで真っ赤な大型バイクにまたがるミドリの頭を吹き飛ばしそうになる。ギリギリで首を縮め、暴れ回る柱の残骸を真上に流してやり過ごしたようだ。


 そちらはどうでも良い。


 最初にカナメさえ潰してしまえば、いつでも自由に料理できる。


「……?」


 と思っていたリリィキスカだが、ふと違和感を覚えて目線でガラステーブルを操作する。いくつものウィンドウが開き、先ほどの紅葉柄の大型バイクを改めて検分する。


 映像は粗いが、明らかにハンドルを握る女性の背丈が違う。服装も本来は水着だったはずだが、こちらではチャイナドレスになっている。


「ディーラー本人じゃない……? マギステルスが代わりに運転している……」


 たとえ鍵が挿さりっ放しでも、マギステルス単体では他人の車やバイクを盗む事はできない。基本的にディーラーの所有物・所持金しか扱えないからだ。


 だが逆に言えば、元からディーラーの所有物であれば、一人でマシンを乗り回す事もできる。


 リリィキスカは呟いてから、


「だとすると、向こうのクーペも? くそっ、蘇芳カナメはどこへ行ったの!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る