第二章 地底と天空 BGM #02 ”dive to freedom”.《010》
そして横殴りの嵐の中でミントグリーンのクーペを停車させ、運転席側の窓を開けて短距離狙撃銃『ショートスピア』を突き出したまま、カナメは無感動に舌打ちしていた。
「チッ、やり過ぎて殺したか。これじゃ必要な情報は手に入らない」
このサイクロンの中では肉声の会話はまともに通らない。すぐ近くで大型バイクにまたがっているミドリからは、相変わらずチャットで文章が飛んでくる。
『ミドリ>どうしてダストボックスだと分かったの?』
『カナメ>逆に考えれば良い。マネー(ゲーム)マスターは金が全てだ。換金できそうなものは片っ端から争奪戦になる。先物取引の価格変動に介入できるほどの、トン単位の野菜を作れる工場。そんなのを一ヵ所にまとめておいたら、余計な火種になるよ。壁を厚くして守りを固めるほど、高級品が詰まっているんだろうってディーラー達を刺激するだけだし』
『ミドリ>それで……』
『カナメ>逆に、全く金にならないものには誰も見向きもしない。この街じゃ空き缶一つだって換金できるけど、流石に生ゴミ用のダストボックスなんて誰も覗かない。街中に数十数百ってばら撒いておけば、いくつか破壊されても一挙に全滅はしない。そして何より』
カナメは窓から出した銃口でダストボックスを指し示した。
正確には、建物の壁沿いに置かれた金属の箱からひっそりと伸びた、電源ケーブルに。電飾用に用意された壁のコンセントに刺さっている。
『カナメ>生ゴミ用のゴミ箱は近くのビルから盗電なんかしない。二四時間紫外線ライト点けっ放しの野菜工場はバッテリーじゃ保たないし、路地裏に設置する場合はソーラー発電も役に立たない。苦肉の策だろうけど、これで本物偽物の区別はつく』
文章を書き込みながら、カナメは短距離狙撃銃を引っ込め、代わりに口でピンを抜いたアルミニウム還元式焼夷手榴弾を窓の外へ放り投げた。スプレー缶のような爆発物はダストボックスの下にあるわずかな隙間に転がり込むと、溶接のように眩い白色の閃光を撒き散らす。金属すら溶かす数千度の炎が野菜工場を焼き尽くしていく。
素っ気なくカナメは目線で書き込む。
『カナメ>次に行こう。首を絞めれば絞めるほど、ヤツらは慌てて尻尾を出してくる』
『ミドリ>そうね』
やや呆気に取られながらも、ミドリはそう返してきたようだった。
『ミドリ>でも大丈夫なの? ヤツらは一〇〇人、一〇〇〇人って後方支援の出資者がついているかもしれないって話があったじゃない』
『カナメ>だから「
『ミドリ>?』
『カナメ>金は貸しているだけだ、あげた訳じゃない。そして確実に儲かると謳っていたのに元本を割ってしまったら? 恨みの矛先が向くのは俺達だけとは限らない』
少年は軽く息を吐いてから、
『カナメ>「
『ミドリ>強力な味方が、いつまでも味方でいてくれるとは限らないのね……』
『カナメ>そもそも、先物取引は難しいビジネスだ。一〇〇%儲かっていた方がおかしい』
黒焦げのフレームしか残さない野菜工場も、電柱に激突したまま動かないチタンのコンバーチブルも放り捨てて、彼らは次の標的へ向かっていく。
と、助手席で暇そうにカーステレオのチャンネルをいじくり回していたツェリカが、何かを発見したようだった。
ニュース番組はこう言っている。
『懸賞金情報です。先頃、公式に受理されました案件が一つ。ディーラー名、蘇芳カナメ、霹靂ミドリの二人へそれぞれ五〇〇〇万スノウの賞金が懸けられました。支払い主は「
情報を共有すると、並走する紅葉柄のバイクから慌てたような文章が飛んでくる。
『ミドリ>どうするのよ、これ!? 街中のディーラーが敵に回ったって事!?』
『カナメ>問題ない。まともなディーラーなら襲撃計画を練るために時間をかけるだろうからしばらくフリーなのは変わらないし、マネー(ゲーム)マスターの中で首に懸けられた賞金を解除する方法は簡単だ。ここは何でもビジネスだから、先方に支払い能力がない事を証明すれば良い』
『ミドリ>えと?』
『カナメ>つまり相手をぶっ殺せば自然と解除される。やる事は何も変わらない』
『ミドリ>……落ち着いているのね』
『カナメ>使い捨ての対艦ミサイル一発で二億もしたんだ。こんな所で出し惜しみするような連中に負ける気がしないよ』
「ツェリカ、ニュースはもう良い。好きなチャンネルに回して」
「はいよ」
チャンネルのつまみをぐりぐりいじくっているツェリカがニヤニヤ笑いで尋ねてきた。
「さあて、いつになったら『遺産』の隠し場所が分かるかのう」
「それを今探している」
土砂降りの雨に煙る金融街を、ミントグリーンのクーペと真っ赤な大型バイクが突き進む。
「こんな調子で全員殺してしまうかもしれんのに? 実働一〇人の過半数をやられたところで連中がビジネスモデルを捨てて逃走に移ったら、ヒントが消えてしまうのではないかえ」
「予備の線も残してあるよ」
「ほほう?」
「例えばリリィキスカのリムジン。あんな馬鹿デカい車を普通の駐車場に置いておいたらすごく目立つ。かと言って特別製のガレージを作ったら以下略。じゃああいつは普段どこに車を置いているんだ」
「元々胴長のリムジンがあっても目立たない場所かえ」
自分好みの洋楽専門チャンネルを見つけたのか、ツェリカはご機嫌な声で答える。
カナメは歌詞の『お行儀の悪さ』に多少辟易しながら、
「隠す必要はないんだ。大型ホテルやカジノ、堂々とリムジンが停まっていてもおかしくない場所に置いてあるんだろう。それが彼女の行動範囲さ。洗っていけば隠れ家も見つかるはずだ」
「なら最初からそうすれば良いではないか」
「リムジンはあくまでリリィキスカ一人を追う線だ。『
対向車線から盛大に水たまりの水を左右へ吹き飛ばす格好でやってきた大型観光バスとすれ違う。フロントガラスいっぱいに大量の水を浴びせかけられ、束の間、視界を遮られた。
「ああもう!! わらわの神殿に何をして―――」
思わず背後を振り返り、中指でも立てようとしたツェリカの口が止まる。
チリッ、とカナメも鼻の頭にむず痒い感触を得た。
確認のため、カナメもルームミラーで後方へ視線を投げた直後だった。
それは起きた。
バガン!! と。
凄まじい音を立てて観光バスの後部一面がスロープのように大きく開き、黒塗りのリムジンが勢い良く飛び出してきたのだ。
先ほど、カナメ達はリリィキスカの移動拠点であるリムジンは、ホテルやカジノなどに紛れさせているのではないか、と言い合っていた。
甘かった。
彼女は街中どこにでも隠せるよう、一回り大きな『
「きおったぞ!! 件のデコメガネじゃ!!」
「それよりまずい……」
危難の正体が目に見えた途端、獅子の嗅覚が猛烈なサインを放つ。鼻っ柱を拳で殴られたようにチリチリときな臭い感触が顔いっぱいに広がっていく。
ギャギャギャギャギャ!! とタイヤがアスファルトを噛む轟音が急速に迫り来る。カナメはそれを耳にしながら事情を知らないミドリへチャットで警告を飛ばす。
『カナメ>ヤツのリムジンは防弾仕様の鉄塊だ、エンジンも馬鹿デカいから最高速度じゃ振り切れない。掠っただけでビルの壁まで吹っ飛ばされるぞ、死にたくなければついてこい!!』
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