第二章 地底と天空 BGM #02 ”dive to freedom”.《006》
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サーバー名、プサイインディゴ。始点ロケーション、常夏市・マングローブ島。
ログイン認証完了しました。
ようこそ蘇芳カナメ様、マネー(ゲーム)マスターへ。
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ぐわんと頭を揺さぶられるような感覚と共に、常夏市へとやってきた。
カナメが目を覚ますとそこはミントグリーンのクーペの運転席で、さらにスポーツカーはログハウス脇のガレージにすっぽり収まっていた。
致命傷でない限り、ログインし直す事で腕の傷などはリセットできる。
しばし、ぼーっとシートに身を預けて『酔い』を覚ましてから、クーペを降りる。広いガレージの空きスペースには、紅葉柄の真っ赤な大型バイクが停めてあった。来客があったようだ。それより気になるのは、外からの音。ビチビチと細かい音の乱舞が延々続いている。
「?」
眉をひそめてガレージの扉を開けると、ぶわっ!! と扉全体が凄まじい暴風に煽られる。
「うわっ!?」
きめ細かい白い砂は大量の水でちょっとした川のようになっており、南国の木々は不気味な音を立ててしなっている。そして圧にも似た風に、横殴りの激しい雨。立っている事も困難な状況だ。というか油断しているとドア板に殴られそうになる。
「サイクロン……ああもう、イベント告知チェックし忘れたか……?」
恨みがましそうにミントグリーンのクーペ、正確にはカーステレオを思い浮かべて一度だけガレージの中を振り返るが、どうにもならない。意を決して外へ出る。たった数メートル先のログハウスに辿り着くまでに、すでにずぶ濡れになっていた。
でもってログハウスの中では、ミドリとツェリカが勝手にキッチンを使っていた。
明るいミントグリーン色をしたレースクイーンの髪や、黒いビキニに同色のミニスカートを足した女の子の胸元や太股の辺りに水滴などは見当たらない。サイクロン前からログハウスを陣取っていたのか、あるいはサイクロン中に入ってきて、そこから時間経過があったのか。ひょっとするとシャワーなんかも勝手に使っていたのかもしれない。
ダイニングのテーブルに置いてあるのは両手持ちの鍋で、中に入っているのは野菜とウィンナーをごろごろ入れたポトフらしい。おそらく材料はログハウスの冷蔵庫や床下収納に放り込んでおいた備蓄品だろう。
「良い所に『家』を持っているのね」
特に『借りている』ものへの遠慮もない調子でミドリが言う。いや、あるいはツェリカにせがまれて料理を作らされているのかもしれないが。
まだぼんやりしているカナメは、料理については辞退させてもらう。先ほど、リアル世界で妹とお蕎麦屋さんのカレーを食べたばかりで、食事に対する執着もない。
適当にタオルを掴んで体を拭きながら彼は答える。
「ログイン位置は『前回ログアウトに使った車の現在位置』か『隠れ家のガレージ』で選べるからさ。できるだけドンパチの多い金融街から離れた場所にガレージを作って、選択肢の幅を広げておきたかったんだ」
「小さいけど手入れが行き届いている物件よね。ぶっちゃけ高そう」
「いざって時にすぐ売り払えるようにね」
AI制御のマギステルスであるツェリカがどうして食事を求めているのかはカナメにも分からなかったが、とにかく目の前の立ち食い悪魔はリスみたいに頬を膨らませて極太のウィンナーと格闘している。機嫌が良いのか先が二股に分かれている尻尾がパタパタ揺れていた。
「むぐむぐ。旦那様、こいつなかなかやるぞ!」
「だろうな。傍で見ていても良くできていると思うよ」
単に料理の腕を褒めているのとはちょっと違う。
人参、大根、タマネギ、キャベツにウィンナーや豚肉、それらをコンソメで煮詰めたこのポトフ、どうやらミドリが一から野菜の皮を剥いて作った訳ではないようなのだ。カップのスープや他のレトルト食品などを分解、再統合して別の料理に組み替えている。
「昔から、ちょい足しとかの方が得意だったのよね」
「ああ、高級きのこのお吸い物のパックに無限の可能性を見出す人か」
「あれ最強じゃない? 冗談抜きに世界的な賞を与えるべきだと思う」
何にしてもわがままで気紛れなツェリカの機嫌を掌握できているのは良い事だ。
マギステルスは契約したディーラーの所持品・所持金しか動かせないはずだが、ツェリカはミドリの作ったご飯をがつがつ食べている。何気に気になる点だが、元の食材がカナメの隠れ家に置いてあったものだから制限が掛からないのだろう。
「ただな、ミドリのヤツは料理の時もスイスイやってるのが気に喰わん。片手間じゃいかんぞ片手間じゃー! 本気で作れば絶対もっと美味くなっておった!! 今でもフツーに美味いから余計にもったいなーい!!」
「うん? スイスイって、スマホか? レシピでも見ていたのか???」
「なっ、何でもないって……!」
ミドリは何だかばつが悪そうに両手を後ろに隠した。おそらくスマホだろう。マネー(ゲーム)マスターでは行動を共にするマギステルスが秘書のような役割を果たし、高速演算した結果をマシンのフロントガラスなどに表示してしまうため、型落ちしたようなモバイルはそもそもあまり出番がない。
が、ツェリカが言うには違うようで、
「手紙の下書きなんぞメモ帳にまとめておった。じゃったらそのままメールで送ってしまえばよいものを」
「いっ、いつの間に中身見たのよあなた!! それに良いのこれは! 化石みたいな趣味だっていうのは自分でも分かってる。でもこんな趣味に付き合ってくれている人がいるの! だから誰にも馬鹿になんかさせない。同じ内容でも、手書きにした方が絶対心は伝わるんだからっ!」
「うむ! 良く分からん!!」
「……元気いっぱいに胸を張って人のこだわり全否定しないでよ、うう……」
頭を抱えるミドリを見て、カナメはわずかに目を細めた。
どうやら少女は少女で視線に気づいたようで、
「何よ?」
「いや別に」
深くは言及しなかった。
これは彼女の趣味で、彼女のこだわりで、彼女の一番柔らかい部分だ。
「でもって旦那様よ、これからどう動くのかえ」
「何が?」
「目下の標的は『
が、真っ先に口を開いたのはカナメではなくミドリだった。
とはいえ、彼女の頭の中に大仰な作戦がある訳ではないようで、
「『
何気ないその口振りに、しかしカナメとツェリカは二人して思わずミドリに注目していた。かえって、ツインテールの少女の方が慌てたように聞き返す。
「なっ、何よ? そんな改まって」
「『分かる』のか? あいつらの
スナイパーライフルやサブマシンガンなど、手にした武器で大雑把に相手の戦術を探る事はできる。だがミドリの言葉はそれとも違う。
「え、だって」
自分でその貴重さが分かっていないまま、ミドリはキョトンとした顔でこう答えていた。
「全体の雰囲気を見れば大体分かるじゃない。パーティ系とかストリート系とかじゃないけどさ、コーディネートの狙いっていうか、今日はこう整えてみましたっていう心みたいなものが。マネー(ゲーム)マスターには経験値やレベルアップ制度はないんだから、パラメータは武器とか衣服とか、とにかく装備品の組み合わせに依存するでしょ。だったら、コーディネートの匂いで相手の役職って逆算できるものよね?」
「おいおい、旦那様。こいつはひょっとすると」
「ツェリカ、ドライブレコーダーの映像記録から、可能な限りリリィキスカの服装を分析。できる範囲で良いから照らし合わせてみろ」
「……、マジか。せいぜい四〇%程度だったのに、今のミドリの言葉で足りない部分が全部埋まっていく感覚だぞ旦那様」
「やっぱりタカマサの血筋だな。超望遠のハイスピードカメラを抱えた専門職のスカウト辺りが聞いたら絶叫しそうな事をさらっと言ってくれる……」
服装や立ち振る舞いから敵の得意とするレンジや戦術を事前に探る事ができれば、当然、敵が最も嫌がる組み合わせで潰しにかかる事もできる。
スキルやマギステルスの補助でこうした『逆算』を試す輩も少なくないが、大抵は中途半端な分析、つまり『予測』に留まる。誰だってステータスを看破されないよう配慮しているからだ。時にはスカーフの中にネックレスを隠したり、イミテーションブランドのバッグをわざわざ身に着けたりして。
だが、ミドリの目にはそれが通用しない。
究極の鑑定眼は、第一線の狼の群れさえ丸裸にしていた。
「? ???」
魔女のおばあさんに見つかる前のシンデレラは、その稀少な価値にも気づいておらず首をひねっているだけだ。
とりあえず、可能な限りミドリに『
こちらが『
一つ目は、当然ながら『
二つ目は、カナメの他にミドリもロックオンされているという点。放っておけば単純に撃たれてフォールか、あるいはクリミナルAOの身内とバレている事もある。『遺産』やクリミナルAO自身の情報を求め、『
これだけで十分だ。
妹の人生を守ってくれた親友のように、今度は自分が親友の妹を守ると誓ったのだから。
直近の目的は『
「……それについては考えがない事もない」
ツェリカの他に、ミドリも注目してきた。
カナメはダイニングテーブルに着いてから、
「こっちから攻め込む事ができないなら、向こうから接触してもらえるように環境を整えれば良い。ミサイルを購入するため、ヤツらは食糧分野の先物取引を利用していると言っていた。何でもこっちの世界の災害や天候不順はイベントとして事前告知される事が多いから、イレギュラーで取引価格が変動する心配もない、だからリアル世界と違ってリスクは少ないんだと」
「じゃあ、その食糧分野っていうのを……?」
ミドリはツェリカから差し出されたスープ皿におかわりをよそいながら言う。
カナメは頷いて、
「マネー(ゲーム)マスターに数時間滞在するくらいなら、食事はあんまり意味がない。ログアウトの時にリセットされるんだから、普通にプレイする分には食べなくても構わない。だけど単純な趣味の他、狙撃や仕手戦の前に集中力強化や感情制御の意味を込めて食事にかなりの金をかけているディーラーも少なくない。価値が認められたものは等しくビジネスになる。『
一拍を開けて。
悪魔を従えるカナメは、こう結論付けた。
「ヤツらの収入源を全部残らずぶっ潰す。連中がしびれを切らして乗り出してくれば、そこを起点にして、逆に『
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