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 サンドを食べ終えたトルテは帰路についていた。交換したパンと、おまけの小麦粉と、眠ったニャルを家に置いた後、検証を行う為にまた家を発つ。


 やって来た場所は、今朝見に行った畑。そこに残された足跡をくまなく観察する。


 踏み込んだらしい足跡。

 その場で傾いたらしい足跡。

 何かが倒れたらしい跡と、転げたらしい跡。

 そして、畑を離れ、森に消えていった足跡――。


 トルテは畑から抜け出た足跡を追う。その跡は、一匹では到底できない残し方だった。例えるなら……。


「誰かと誰かで追いかけっこしているような」


 そう考えているうちに、トルテはあっという間に二人目の畑に到着した。


「……二匹で事件を起こしたのは、間違いなさそうね」


 そう。畑の手前で、足跡は二手に分かれていたのだ。

 一方は、思うままに一面を駆け抜けた様子。もう一方はそれを止めようと機会を伺い、間合いにやって来るところを突進したようだ。


 ひとしきり攻防を繰り返したらしい二匹はまた森に向かっている――トルテはそれを追った。


 道とはいえない道に残った足跡を、トルテはひたすらに辿ってゆくと、三人目の畑が、木々の間から見えた。ここでも、暴れる一方を止めるため、ぶつかり、転がり、倒し倒されを繰り返し、畑は荒れていったようだった。

 そして足跡は再び森に向かっている――トルテも再び森の中へ。


「……えっ」


 ここまで順調だった足跡の追跡に、ついに変化が起きた。

 道中で、転がった跡を最後に、足跡は忽然と消えたのだ。


 地図を広げてみると、辺りはまだ多くの畑があったが、どこも、襲われたとは聞いていない箇所だ。


「この辺りにヤマを張りましょうか」


 地図に、自分がいる位置へ丸をつけた後、トルテは辺りの畑へくまなく足を運んだ。

 それを済ませ、森を抜け、家に着いた頃には、空は朱色に染まろうとしていた。


「ただいまー」


 家に入ったトルテは、ダイニングの椅子にもたれる。


 畑が荒らされたのは、夜。

 ニャルより大きい足の持ち主。

 暴れる一方と、それを止めようとした一方。


「どうやって解決させようかしら――」


 トルテが思案する間、朱色は森の中へ溶け、空は影を落とす。その影から一つ、また一つと、小さな光の粒が瞬き出す。


 そうして空は、光の粒に埋め尽くされてゆく。


「――! トルテ! 起きるにゃる!」


 遠くから聞こえる自分の名前と独特の語尾。

 それが段々と近くに聞こえてくると共に、頭へ小さな刺激が降りかかる。


「おきるにゃるよおおおおお―― 」

「んああっ!」


 うっとうしいその刺激を退けるように勢いよく顔を上げると、テーブルの上で、こてん、と音がした。そんな音を出したのは、昼頃から眠っていたはずのニャルだった。


「こんなところで寝るのはダメにゃるよ、トルテ」


 言いながらニャルは、仰向けになってしまった身体を、元の立ち姿へ機敏に戻してみせる。どうやらテーブルに突っ伏して寝てしまったらしい――トルテは目を擦った。


「もう夜の時間にゃる! 街へ行かないとにゃる!」

「いいえ。今日は行かないわ」


 トルテは席を立ち、ニャルを抱いた。


「畑荒らしの犯人が分かったの。今日はその解決よ」

「んにゃ!? もう分かったにゃる!?」


 目を見開いて見上げてくるニャルに、トルテは短く返事をする。それから立て掛けていたほうきを手にし、外へ出た。


「犯人はきっと、ニャルと同じくらいか、それ以上に素早いわ。だから、動きを止めることに努めるのよ」

「ニャルより早い犯人にどう追いつくにゃる?」

「誰が追いかけるって言ったのよ」

「違うにゃる?」

「違うわよ。いい? ――」


 トルテはニャルに犯人の捕まえ方を教えながら、丸をつけた場所までやって来た。


「――なるほどにゃるね!」

「しーっ! 大きな声を出さないの。どこを襲うのか分からないんだから」


 叱られたニャルが肩を落としたのも束の間、急に顔を上げ、辺りをしきりに見回し始めた。


「どうしたのニャル? まさか犯に――」


 問いかけ半ばのトルテの口にニャルは片手を押しつける。


「どこかにいるにゃる」


 と言ったきり。ニャルは聞き耳を立てたまま動かない。トルテは口を押さえられたまま、ニャルの新たな反応を待つ……。


 静まり返る森の中で、トルテが固唾を一つ飲み込んだ時だった。


「――向こうにゃる!」


 言い放ったニャルがトルテの腕をすり抜け駆け出した! トルテもすぐ後を追う。だが、小さな身体で茂みの間を縫うニャルに対し、トルテは足をとられてばかり。ニャルとの距離はぐんぐんと離れてしまう。


「もーっ! どうしてこんな所を通るのよおニャル――!」


 そんな叫びも届かない所まで来てしまったニャルは、何かが横切る音を前方から聞き取った。ニャルは前足を軸に方向転換し、音が向かった方向へ駆ける。

 やがて進行方向から茂みが消えると、遂に犯人の姿をこの目で捉えた!


 猛進するは、ふさふさの尻尾に、灰色の長い毛並みの持ち主。猫型のニャルよりも幾回り大きい獣だ。そんな獣は突然、何かによって真横にふっ飛んだ!

 ニャルは先ほどまで獣がいた位置まで駆け、飛んでいった方向へ身体を向ける。


「レフ、止めろ! 落ち着くんだ!」


 猛進していた獣をレフと呼んだのは、レフと同じ姿をした獣だった。

 呼ばれた方の獣は、呼んだ方の獣が伸ばす手を絶妙にかわし、そのまま真っ直ぐ逃げてゆく。もう一方の獣はそれにめげていない様子で、再び速度を上げて追いかけていった。

 そんな彼らが残していった足跡と、一方が呼んだ“レフ”という単語に、ニャルは聞き覚えがあった。


「まさか、パン屋さんの兄弟にゃる――?!」


 よぎった考えを確かめる為にも追いかけなくちゃいけない――ニャルも二匹の後に続く!


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