4
サンドを食べ終えたトルテは帰路についていた。交換したパンと、おまけの小麦粉と、眠ったニャルを家に置いた後、検証を行う為にまた家を発つ。
やって来た場所は、今朝見に行った畑。そこに残された足跡をくまなく観察する。
踏み込んだらしい足跡。
その場で傾いたらしい足跡。
何かが倒れたらしい跡と、転げたらしい跡。
そして、畑を離れ、森に消えていった足跡――。
トルテは畑から抜け出た足跡を追う。その跡は、一匹では到底できない残し方だった。例えるなら……。
「誰かと誰かで追いかけっこしているような」
そう考えているうちに、トルテはあっという間に二人目の畑に到着した。
「……二匹で事件を起こしたのは、間違いなさそうね」
そう。畑の手前で、足跡は二手に分かれていたのだ。
一方は、思うままに一面を駆け抜けた様子。もう一方はそれを止めようと機会を伺い、間合いにやって来るところを突進したようだ。
ひとしきり攻防を繰り返したらしい二匹はまた森に向かっている――トルテはそれを追った。
道とはいえない道に残った足跡を、トルテはひたすらに辿ってゆくと、三人目の畑が、木々の間から見えた。ここでも、暴れる一方を止めるため、ぶつかり、転がり、倒し倒されを繰り返し、畑は荒れていったようだった。
そして足跡は再び森に向かっている――トルテも再び森の中へ。
「……えっ」
ここまで順調だった足跡の追跡に、ついに変化が起きた。
道中で、転がった跡を最後に、足跡は忽然と消えたのだ。
地図を広げてみると、辺りはまだ多くの畑があったが、どこも、襲われたとは聞いていない箇所だ。
「この辺りにヤマを張りましょうか」
地図に、自分がいる位置へ丸をつけた後、トルテは辺りの畑へくまなく足を運んだ。
それを済ませ、森を抜け、家に着いた頃には、空は朱色に染まろうとしていた。
「ただいまー」
家に入ったトルテは、ダイニングの椅子にもたれる。
畑が荒らされたのは、夜。
ニャルより大きい足の持ち主。
暴れる一方と、それを止めようとした一方。
「どうやって解決させようかしら――」
トルテが思案する間、朱色は森の中へ溶け、空は影を落とす。その影から一つ、また一つと、小さな光の粒が瞬き出す。
そうして空は、光の粒に埋め尽くされてゆく。
「――! トルテ! 起きるにゃる!」
遠くから聞こえる自分の名前と独特の語尾。
それが段々と近くに聞こえてくると共に、頭へ小さな刺激が降りかかる。
「おきるにゃるよおおおおお―― 」
「んああっ!」
うっとうしいその刺激を退けるように勢いよく顔を上げると、テーブルの上で、こてん、と音がした。そんな音を出したのは、昼頃から眠っていたはずのニャルだった。
「こんなところで寝るのはダメにゃるよ、トルテ」
言いながらニャルは、仰向けになってしまった身体を、元の立ち姿へ機敏に戻してみせる。どうやらテーブルに突っ伏して寝てしまったらしい――トルテは目を擦った。
「もう夜の時間にゃる! 街へ行かないとにゃる!」
「いいえ。今日は行かないわ」
トルテは席を立ち、ニャルを抱いた。
「畑荒らしの犯人が分かったの。今日はその解決よ」
「んにゃ!? もう分かったにゃる!?」
目を見開いて見上げてくるニャルに、トルテは短く返事をする。それから立て掛けていたほうきを手にし、外へ出た。
「犯人はきっと、ニャルと同じくらいか、それ以上に素早いわ。だから、動きを止めることに努めるのよ」
「ニャルより早い犯人にどう追いつくにゃる?」
「誰が追いかけるって言ったのよ」
「違うにゃる?」
「違うわよ。いい? ――」
トルテはニャルに犯人の捕まえ方を教えながら、丸をつけた場所までやって来た。
「――なるほどにゃるね!」
「しーっ! 大きな声を出さないの。どこを襲うのか分からないんだから」
叱られたニャルが肩を落としたのも束の間、急に顔を上げ、辺りをしきりに見回し始めた。
「どうしたのニャル? まさか犯に――」
問いかけ半ばのトルテの口にニャルは片手を押しつける。
「どこかにいるにゃる」
と言ったきり。ニャルは聞き耳を立てたまま動かない。トルテは口を押さえられたまま、ニャルの新たな反応を待つ……。
静まり返る森の中で、トルテが固唾を一つ飲み込んだ時だった。
「――向こうにゃる!」
言い放ったニャルがトルテの腕をすり抜け駆け出した! トルテもすぐ後を追う。だが、小さな身体で茂みの間を縫うニャルに対し、トルテは足をとられてばかり。ニャルとの距離はぐんぐんと離れてしまう。
「もーっ! どうしてこんな所を通るのよおニャル――!」
そんな叫びも届かない所まで来てしまったニャルは、何かが横切る音を前方から聞き取った。ニャルは前足を軸に方向転換し、音が向かった方向へ駆ける。
やがて進行方向から茂みが消えると、遂に犯人の姿をこの目で捉えた!
猛進するは、ふさふさの尻尾に、灰色の長い毛並みの持ち主。猫型のニャルよりも幾回り大きい獣だ。そんな獣は突然、何かによって真横にふっ飛んだ!
ニャルは先ほどまで獣がいた位置まで駆け、飛んでいった方向へ身体を向ける。
「レフ、止めろ! 落ち着くんだ!」
猛進していた獣をレフと呼んだのは、レフと同じ姿をした獣だった。
呼ばれた方の獣は、呼んだ方の獣が伸ばす手を絶妙にかわし、そのまま真っ直ぐ逃げてゆく。もう一方の獣はそれにめげていない様子で、再び速度を上げて追いかけていった。
そんな彼らが残していった足跡と、一方が呼んだ“レフ”という単語に、ニャルは聞き覚えがあった。
「まさか、パン屋さんの兄弟にゃる――?!」
よぎった考えを確かめる為にも追いかけなくちゃいけない――ニャルも二匹の後に続く!
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