3
トルテとニャルが空飛ぶほうきでたどり着いたのは、ハロウィンタウン。街の入り口に立つ鉄格子を通り越し、入り組んだ街路を見下ろすトルテは、ある場所に向かってほうきを急降下させた。
「いい匂いがしてきたにゃる!」
降下先にあるレンガ造りの煙突は、パンの香りが混じった煙を立ち上らせている――そんなお店の目の前に、トルテとニャルは下り立った。
「ごめんくださーい」
「お邪魔しますにゃるー」
開け放たれていた出入り口をくぐると、二人を温かいパンの香りが迎えてくれた。陳列されているこんがり焼けた様々な形のパンが、両者に空腹を促してくる。
「どれも美味しそうにゃるね!」
「何にしようかしら?」
「今日はクロケットのサンドがおすすめだよ!」
声と共に現れたのは、狼の耳と尻尾をもった淑女。彼女が持つ天板では、楕円のバンズの中からレタスとコロッケを挟んだものが整列していた。
「ルフおばさん! こんにちはにゃる!」
「おや! ニャルちゃんトルテちゃんいらっしゃい!」
「こんにちは。今回はそのサンドをいただこうかしら」
「待ってたよートルテちゃんのお砂糖!」
トルテが魔法で連れてきた布袋を、淑女――ルフおばさんに渡した瞬間、彼女の顔が華やぐ。早速、もらった布袋の封を解いた。その中から真っ白い粒子達――砂糖を一掴み取り、さらさら加減を確認する。
「これで、食事用のパン一ヶ月分、もらえるかしら?」
「いやいや、もっとあげたいくらいだよ! 今から用意するから、このサンドを食べながら、待ってておくれ」
分かったわ、と答えたトルテに、ルフは席へ促した。その後、出来立てのサンドを店頭に並べた彼女は、天板にサンドを二つ残した状態で厨房に入ってゆく。
ルフが戻ってきたのは、トルテが案内された席で一息ついた頃だった。
お待ちどうさん! とやって来た、お皿に乗ったクリケットサンド。そこから漂うコロッケの香りと、焦げ茶色のソースの香りが、二人の喉を鳴らした。
「これでお腹を満たして、午後も元気に頑張りな!」
「いただきますにゃるー――わつっ!」
「こらニャル! ちゃんと冷ましてからにしなさい!」
「だって、おいひひょうにゃからあぁあふあふ……」
ニャルは口の中でほくほくにほどけるコロッケを転がす。食べることに苦戦している様子だが、目を閉じて味わう姿はいかにも嬉しそうだ。
呆れ気味に見ていたトルテも、やがてサンドに向き合った。両手で取り、サンドを半分に割ると、コロッケにたっぷり入った蒸かし芋の黄色が顔を出した。彼女はサンドの片側に息を吹きかけた後、それを口に運ぶ。
「――この時間に来て良かったわ。こうやって、出来立てのサンドをゆっくり食べられるんですもの」
「そういやあ確かに、こういう時間に来るのは珍しいね。何かあったのかい?」
ニャルがサンドに舌鼓を打つ間、トルテは今朝の出来事をルフに話した。
「それはご苦労さん。ニャルちゃんも、濡れ衣を着せられて大変だったろう」
「……」
「おやおや、サンドに顔を突っ込んだまま動いてないよ」
「――やだニャルったら!」
トルテは慌ててニャルを手元に引き寄せた。引き寄せられたニャルは、ソースを口周りにつけたまま、うつらうつら。
「朝から騒がしかったから、疲れちまったんだろうね」
「きっとそうね――しばらくニャルに、寝床を貸してくれる?」
もちろん、と快諾した淑女はその場を離れた。一方トルテは、ニャルの口を拭いてから膝元に乗せ、その後、家から持ってきた印入りの地図を広げた。
街の入り口付近から郊外へ広がるように描かれているこの地図。入り口付近の森から、トルテの家がある草原手前までを範囲に、印は散りばめられている。これを見てトルテは、顎を拳に乗せ、うなる。
彼女には分からなかった。
何故、印をつけた住人の畑だけが、襲われたのか。
実は、今回襲われた畑の周辺にも――それもあらゆる所に、畑はある。
襲撃者がもし、狙いを定めているとしたら。襲われた畑の持ち主に規則性は見当たらない。かといって、もし無作為に襲ったのならあまりにもまばらすぎる。
「事件は解決しそうかい?」
ふとルフに声をかけられる。彼女はニャルを、毛布入りのかごに入れて抱えていた。毛布に身をうずめるニャルは幸せそうに寝息をかいている。この状態で起こされてしまったら、ニャルは機嫌を損ねるに違いない――?
「そういえばルフおばさん」
「なんだい?」
「あの子達は? いつもならニャルにちょっかいかけてくるじゃない」
「ああ、ラフとレフのことかい」
ええ、と、唐突にトルテが気にしだしたレフとラフとは、ルフが生んだ幼い兄弟のことだ。ここに来たニャルは大抵、否が応にも兄弟の遊び道具――人に変化していると遊び相手――にされてしまう。そんな、普段ここで見慣れているはずの光景を、この日一度も見ていないことをトルテは思い出したのだ。
「どっか、遊びにでも行ってるよ」
「どっかって、どこへ?」
「どっかはどっかだよ。ささ、冷めないうちに食べな?」
そうしてルフはそそくさと立ち去ってしまった。
どこか素っ気無さを感じたトルテだったが、再び口にしたサンドから抜ける、コロッケとソースの香りに、その感覚は消えていった。
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