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 朝を迎えたハロウィンタウンから少し外れた場所。色あせた草原に、煙突屋根の家がぽつり。そこから足音が、どたどたと聞こえてくる。


 大変だと口走りながら、尻尾を立てて階段を駆け上がるのは、人に変化したエプロン姿のニャル。階段を上りきったニャルはすぐ先の扉を大きく開けた。


「大変にゃるよトルテ!」


 ニャルは真っ直ぐベッドに向かっては、盛り上がっている掛け布団を両手で掴み、ええい! と引き剥がした。中から現れた寝間着のトルテは、布団の温もりを失ったことで身を縮こめる。


「……朝から騒がしいわねえ」

「だから大変にゃるよ! 起きるにゃる!」


 ニャルはすぐに部屋の窓を開け放った。そこから入る冷たい風が、トルテの熱を容赦なく奪ってゆく。


「これじゃあ目を覚ますしかないじゃない」


 ベッドから身体を起こしたトルテは伸びをする。そうして伸ばした腕はニャルに掴まれ、あっという間に部屋の外へ連れ出されるのだった。




 トルテがやって来たのは、リビングとキッチンが、カウンターを隔てて地続きになった部屋。リビングにある大きいテーブルには白いクロスが一枚敷かれ、その上に二人分の食事が並んでいた。

 ぷるぷるに焼き上がった目玉焼き。これに添えられているのは、パプリカを散らした色鮮やかなグリーンサラダ。テーブルの中心には、ピッチャーで柑橘のスライスを浮かべたジュースが置かれており、まさに理想の食卓――そのはずだった。


「何かが足りない気がするわね」

「そうにゃる! ないにゃるよ!」


 こう言ったニャルが空っぽのざるを見せつける。


「ここまで作って最後は、パンを焼いて完成だったにゃる。でもこの、いつものかごには入っていなかったにゃる。買いに行こうにも場所が分からにゃくって……」


 耳も尻尾も下を向けるニャル。そんな彼女にトルテは、分かったわ、と一言。


「まずはニャルが作ってくれた朝ご飯をいただきましょう? パン屋さんに行くのは、それから」

「ちょっと待つにゃる! パンがなきゃ完璧じゃないにゃる! それでも良いにゃる?」

「い い の!」


 振り切るように言い放ったトルテは席についた。


「どんなに完璧でも出来立てじゃなきゃ美味しくないわ。料理も、作った人の想いも冷めないうちに、ってね?」


 トルテは、食卓に向かって手を合わせ、食べ始める。


「――うん! 玉子の塩加減が丁度良くって! 美味しくできたわね、ニャル」


 あなたも食べるのよ、と言ったトルテ。今度はフォークとナイフを使ってサラダを一口大にまとめ、自分の口に放り込んだ。そんな彼女の噛み締めようが、まるでこの時間が至福だと物語っているよう。

 これを見てもどうも食事の気にならないニャルへ、追い討ちがかかるようにお腹の虫が鳴る。


「はい! 美味しくいただきました!」


 気が付くとトルテは空っぽになったお皿の前で手を合わせ終え、片付け始めていた。


「――もう、いつまでそこに立ってるの? 早く食べてくれないと、パン買いに行かないわよ!」


 この言葉にぶんぶんと首を横に振ったニャルは、エプロンを外さないまま食事にありついた。




 こうして、食事とその片付けを済ませた二人は、服を着替え、街へ出掛ける準備を始める。


「トリート・クリニアン・カムル!」


 トルテはほうきにこう言い放ち、ぱちん! と指を鳴らす。するとほうきはひとりでに動き出し部屋の端へ。そこから規則正しく左右に揺れながら移動し始めた。


「これで掃き掃除は完璧ね――ニャル! あれは持ってこられた?」

「うう。何とか、持ってこれた……にゃる」


 どす、と音を鳴らしたニャルは床にへたり込む――倉庫から、顔二つ分の高さをした、満杯の布袋を持ってきたのだった。


「ちょっと、乱雑に扱わないでくれる? これがなきゃパンは買えないのよ?」

「でも、重すぎるにゃる! 減らしちゃ駄目にゃる?」

「だーめ! パン以外にもいろいろ買いたいものがあるの!」


 そうしてトルテが、布袋をニャルに託そうとした瞬間だった。


 どんどんどん、と、玄関の扉を叩く音が鳴った。しかもその音は、まくし立てるように強く速く鳴り響く。

 トルテは一旦布袋を下ろし、忙しなく音を鳴らされる玄関へ向かい、扉に手をかけた。


「何なのよこれから出掛っ?!」


 開けた瞬間、複数の住人がトルテを押し退け家の中へ!

 尻もちをついたトルテに駆け寄ろうとしたニャルだったが、押しかけてきた住人達がその道を塞ぐ。


「この泥棒猫があ!」


 そしてなんと! 住人の一人がニャルの胸ぐらを掴んだのだ!


「っ、どういうことにゃる!?」

「俺達はお前に、畑を荒らされたんだよ!」

「にゃるっ!? ニャルはもうそんなことしないにゃるよ!」

「いいや! 荒らされた畑には、全部あんたの足跡があったんだよ!」

「トルテと一緒に暮らし始めてからすっかり改心したと思ったがのう……泥棒の次は畑荒らしじゃと!」

「そんな、ひどいにゃる! 違うにゃる!」


 ニャルの訴えは、胸ぐらを掴んだ者によって投げ捨てられる。そしてその人は、床に倒れたニャルに向かって拳を振り上げた――!


「トリック・ビンド・シロープっ!」


 指を鳴らしたトルテがほうきを手に唱え柄を突き出すと、そこから飛び出した粘質な液体が拳を捕らえた! 拳を捕らえた液体はたちまち固まり、殴りかかった住人を動けなくする。

 そこから更にトルテが指を鳴らすと、液体は他の驚き惑う住人に素早く絡みつき、全員の動きを止めてみせたのだった。


「ちぃっ……何するんだよトルテ!」

「その台詞はそのまま返すわ。私のニャルに乱暴しないでくれる?」

「っ、トルゅてえぇ……!」


 間一髪を救われたニャルは、住人の間をくぐり抜け、涙ながらにトルテへ抱きついた。


「私はニャルを泥棒に育てた覚えはないわ」

「でもよ!」

「あの足跡は猫のものだよ!」

「そうじゃ! 指先には丸いのが四つ、手のひらには楕円のが一つ! この辺りでそんな跡をつけられるのは、猫型のそやつしかおらん!」

「でもニャルはそんな事してないにゃる!」

「それに、毎回おつかいに行ってるニャルが、あなた達が育てた作物を勝手に盗んで去るなんてしないでしょう?」


 トルテの言葉を聞いた住人達は、互いに目を合わせ、やがて力なく首を縦に振った。


「ひとまず、詳しい話を聞かせてくれる?」


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