第13話「スッドおばはんのシ…アップルティー」


呼び鈴を鳴らす。


すると少しして扉がゆっくり開き、今からでもシチューを作ってくれそうな優しい雰囲気を醸し出すお婆さんが顔を覗かせた。

一瞬目を見開いて驚いたかと思えば、優しくも怪訝な顔で口を開いた。


「…見知らぬ顔だねぇ?うちになんか用かい?」


それは…と説明をしようとした時、

「おばあちゃん、ひさしぶり!」

ノエルの珍しい元気な声によって話が遮られる。


お婆さんは目を見開いたかと思えば、勢いよくノエルの顔へ振り向く。

「ノエル?…ノエルなのかい!?」

「えへへぇ…うん、そうだよ。久しぶり、おばあちゃん。」

「そうかいそうかい…。」

嬉しそうに何度も頷いて再会を喜んでいる。


連れてきて正解やったな。

俺空気やけど。



2人の様子を微笑ましく見守っていると突然「あらやだ!」と声を出すから何事かと思えば「ごめんなさいね、放ったらかしにしてしまって。」と謝られ、どうぞと中へと招かれた。

『あ、いえいえ、お気になさらず。…お邪魔します…』

行儀正しく招かれるがままについて行くと、これまた質素な白いソファへと案内された。


大人しく座りつつ慌ただしい人やなと思っていると、御丁寧に紅茶迄出してくれた。

『あ、お構いなく。』

「いいのよ。…それにしても…ノエル、見ない内に更に別嬪さんになったね」

「えへへありがとう、おばあちゃん!」

「ふふふ…あら?…まぁ大変!ちょっと待ってて頂戴ね。」と傷だらけのジジィを見るとまたまた慌てた様子で別室へと行ってしまった。


警戒心の強いお婆さんではあるが、親しい人が近くに居ると凄く優しくなるんだろう。知らんけど。



「…ふぁあ…」

『…少し眠っとき。』

「うん…おやすみ…」

『…おう』


ノエルは疲労からかソファに項垂れる。

まあくっそ早ぇ時間から準備してたもんな。

ほんまによー頑張っとるわ。


ノエルの頭を撫でていると気持ち良さそうに寝息を立て始めたので、着ていたコートをノエルに掛けてやる。


暫くして救急箱を抱えたお婆さんが戻ってきて、床で横になっている犬の隣に腰を下ろし治療を始めた。


『御丁寧に…ありがとうございます。』

「職業柄傷ついた人や動物を放っておけなくてねぇ。」

『ふふ…優しい方なんですね。』


そう微笑みながら一口紅茶を口に含むと忽ち林檎の仄かな香りが口中へと広がっていく。


『美味しい…!』

「ふふふ、気に入って貰えて嬉しいわぁ。」

可愛らしい笑顔を振り撒いて喜ぶお婆さんはまるで可憐な少女の様だった。

しかしそれも束の間、眉毛を下げて悲しそうな顔をし、視線を下へと向けてしまった。


恐る恐る訊ねると不安げに見渡しながら

「ごめんなさいね。…その」言い淀んだ言葉をこちら側が汲み取るならば、恐らく先程疑ってしまった事を後悔した…といった所だろう。

『いえいえ、お気になさらないでください。こちらこそ急に押しかけてしまってすみませんでした。』


勿論こちらは気にも留めてないし、寧ろ押しかけてしまったこちら側が悪いので素直に謝罪すると、お婆さんは安心したようにまた笑顔に戻る。


やっぱ女の子は笑顔が1番よ。


…気にしたら負けよ。


「そいや、あんさん。ノエルをここまで連れてきてくれたんでしょう?」

『えぇ、まあ。』

「ありがとうねぇ。」

『いいんですよ。こうして再会出来た訳ですし。それに…僕も嬉しいですから。』

「そうかいそうかい。アタシはスッド。あんさん、名前聞いてもいいかい?」

『ふふ、申し遅れましたね、すみません。

…僕は、ルカと申します。』

「ふふ、素敵な名前ね!」

『ありがとうございます。…所で少々気になったことがありまして。』

「なんだい?」


会った時から少し気になっていた事。

それは、『…先程の“職業柄”について…医療関係の仕事をされていたのかなあ…と思いまして。』

「ああ。…医者をね。…まあ…随分と昔だけどさ。」

『実は僕、今勉強中でして。』

まあ医学は知っていて損は無いしな。


「あらそうなのかい?でもアタシより腕がいい奴を知ってるから紹介するよ。」

『え、本当ですか?』

「えぇ勿論!ノエルを助けてくれたお礼!」

『…しーっ、ノエル起きちゃう。…でも嬉しいです、ありがとうございます。』

人差し指を立て口の前に当てて、優しく微笑むと、「あら、ノエル寝てるのね…ごめんなさい。」とノエルを抱え、2階にあるベッドへと運んでいった。


コートを着直していると、スッドおばさんが戻ってきて何かを手渡された。





紙だ。



開いてみると、何やら地図が描かれている。



『…これは?』

「ああ、それは…」と軽く説明してくれた。


どうやら地図これはスッドおばさんの知り合いの軍医が居る城迄の道程が示されているらしい。名前は“ゾイ”。非常に荒々しい性格で、荒治療とやらが多いが腕は一流。感情表現が下手で不器用だが優しい所もあるんだと。まあいい人かどうかは知らんけど。


御礼を述べ、徐々お暇しようかと玄関へと向かう。


「あら、もう行くのかい?」

『えぇ…色々とお世話になりました。』

「いいんだよ。アタシも楽しかったわ。ゾイには話通しておくわね。」

『本当に助かります…有難うございます。』

「またいつでも寄っといで。」

『はい、是非。』


そう言って俺達は軍医の居る城へと歩を進めた。




※※



地図を頼りに歩いていると如何にも某青い魔人が出てきそうな城が姿を現した。



『ここだ…』

ふぅん…ええとこやん。


犬(いやお前性格変わりすぎじゃろ。ここ最近で極めすぎちゃうか)


あんたも大概やん。…さて、ここにはどんなお偉いさんがおるんやろなあ?


思わず口角が吊り上がる。


犬(まるで殺人鬼じゃ…)


待て。どういう事だそれ。



呑気に会話をしていると何処からか怒号が聞こえてきた。



「そこで何をしている!」


うーーーーわぁ…見りゃわかる。

面倒なやつやん。わかんで、俺。



『…あの僕スッドおばさんの御紹介で軍医様に所用がありましてここへと参りました。』

「…ああゾイ様の!それはそれは…大変失礼致しました。遠くより御足労頂きありがとうございます。」

『あ、いえ、お気になさらず。…ご案内お願いしてもよろしいでしょうか?』

「はい、こちらです!」


流石スッドおばさん、仕事が早ぇな。

心の中で感謝をしつつ案内されるがままについて行くと、「医療室」と書かれた室名札の扉の前に辿り着く。



「私はここで失礼致します。」

『ありがとうございます。』

「それでは」

そう言って案内者はあっさり身を引いていった。




ドアノブに手をかけ、扉を開ける。



『--ぶねっ…』


咄嗟に身を翻して避けられたからいいものの…と自分の真横を見遣れば綺麗に研がれたナイフが深々と壁に突き刺さっている。


もしこれを避けられなかったとしたら。

…いや、やめとこ。


「チッ…やるじゃないか。」

『…いや初対面の人に何してんすか。』

思わずツッコミを入れると、その人は魔女の様に高らかに笑った。


もしかして…『…貴女が?』

「ああ、そうだ。アンタがルカだろ?」

『はい、よろしくお願いします。』と礼儀正しく言ってお辞儀をした。


ゾイは俺を凝視したまま口角を吊り上げた後、口を開いた。


「嘘だろ?」


ん?

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