廃墟  (お題:夏・青空・海)

 ジジジジ…

 アブラゼミが鳴いている。

 ジジジジジジジジジ…


 「…うるさい」

 私は目をつむったまま文句を垂れるが、そんな事ではこの五月蠅うるささも、このまとわりつくような暑さも消えてはくれなかった。


 ジジジジジジジジジ…


 「おかーさーん。窓閉めてー」

 寝転ぶたたみの上から、母に助けを求めるが、返事は返ってこない。


 「…ちぇ」

 そういえば今日。母は漁業組合の会合で遅くなると言っていた。


 …と言うことは、冷房をガンガンかけていても、文句を言われないのでは?

 私は身を起こすと、一直線へ縁側えんがわへと向かい、雨戸を閉める。


 それだけで、五月蠅い蝉の声はほとんど聞こえなくなり、あのわずらわしいぐらいに青い空も視界から消え失せた。


 「後は電気とエアコン。扇風機もつけてー」

 私はそれぞれの電源を入れると冷蔵庫に向かう。


 「アイス!」

 「ピーンポーン」

 ソーダ味の氷菓子を聖剣のように掲げ、冷蔵庫の前ではしゃいでいた私は、呼び出し鈴の音で、急に現実に引き戻される。

 親のいない開放感から、テンションが上がっていたのだ。仕方ない。


 誰に言うわけでもなく、自分に言い訳をすると、ほぼ下着同然の自身の服装に気が付く。


 「少々お待ちくださーい!」

 私は大きな声で叫んだ。

 このぼろ屋は音がよく通るので、今の声でも十分に家の外まで聞こえただろう。


 私は袋から出してしまった氷菓子を冷凍庫に戻すわけにもいかず、口にくわえ、とりあえずズボンだけを穿いて玄関まで向かった。


 「お待たせしましたー!」


 その間にもアイスが解けて垂れそうになったり、ズボンがうまく穿けなかったり、何より相手を待たせている事のあせりから、相手を確認もせず勢いよく玄関の引き戸を開けた。


 いや、そんなことは言い訳だ。私ははなから警戒すらしていなかったんだから。

 だってしょうがないじゃないか。



 私は知らない。


 あまり喋らない父さんと、口うるさい母。

 全学年が一つの教室に入ってしまうほど人数の少ない学校で、皆とこの田舎について愚痴ぐちったり、下らない話をしたり。

 よくご近所さんが多く作ってしまったと言う、おかずを貰ったり、お返しに私の家は売り物にならない魚介を配ったりもしていた。


 商店のおばさんが優しくて、後輩の健司君の背伸びがちょっと可愛くて…


 それが日常だ。それ以外は知らない。知りたくもない。

 


 「…ん」

 嫌な夢を見た。何度も、何度も見た夢だ。


 私は身を起こすと、伸びをして、辺りを確認する。

 縁側から外を見ればもう夜だった。


 静かな夜はただただ、なみの音を繰り返すだけ。

 それでいて、月の明かりが優しくあたりを照らしてくれていた。


 しばらく縁側でボーっとしていると、キッチンの方から光が見えていることに気が付いた。


 月と別れるのはさびしかったけれど、私は光に向かって歩く。


 「あ、あんた。起きたの」

 キッチンの戸を開けると、母さんがいつも通り料理をしていた。


 「疲れた」

 私がそういうと、母は「そう」とだけ言って、料理を続けた。


 それだけの会話だった。

 それだけの会話に安心すると、また眠気が襲ってくる。


 私は食卓に着くと、テーブルの上に腕と頭を乗せ、うつぶせになった。


 「お疲れさん」

 あまり喋らない父が、そう言いながら、私の肩に手を当ててきた。


 「えへへへへぇ」

 私は顔を上げ、得意げに笑ったつもりだったのだが、どうも力が入らない。


 「明日は裏のおばちゃんも顔を出してくれるらしいわ。あと、仲の良かった健司君も…」

 母が何かを話している。でも、もう限界だった。


 まぶたが閉じていく。意識が落ちていく。


 でも…。


 母の料理をする音と、父がみるテレビの音。

 もう、繰り返すだけの波の音は聞こえてこない。


 私はちょっとだけ休ませてもらうことにした。


 ==========

※おっさん。の小話


 外が怖い。

 繰り返す日常も怖い。

 でも、家族といる瞬間だけはとっても安心するんだ…。

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