第17話 話のすり合わせ、スタート

 朦朧としていたクロウもしばらくすれば、意識がはっきりしてくる。痛みに顔をしかめながら起き上がると、視線のすべてがクロウを向いていた。


「えっ? なに? なんなん?」


 上体を起こしただけのクロウに、視線が上から注がれるとなんだか落ち着かなかった。雫と話していたえべっさんが、クロウの元へと近づいてくる。


「起きたか、クロウ君」

「まぁ……なぁ……顔めっちゃ痛いけど」


 歯も折れていないし目もつぶれていない。鼻が曲がっているわけでもないし、ただただ顔がパンパンなだけだ。

 ひりつく頬をさすりながら、あたりを見るとのど輪されていた美少女と目があった。


「お~、目覚ましたんやな。大丈夫か?」

「えっ? ……えぇ。きっとあなたよりは。大丈夫ですか?」


 気を使って声を掛けたが逆に気を使われたクロウ。何だかいたたまれなかった。


「かっこ悪いとこ見られたなぁ。まぁ大丈夫やろ。二、三日で治まるんちゃうかな」

「そうですか」


 あっさりしたところを見ると、どうやら社交辞令らしいとふんだクロウ。コミュニケーションは交わしたので初めの目的へと踏み込んだ。世間話で場をつなぐなどクロウにはできない。肉体的には何せひきこもりだったから。どうやら精神は体に引っ張られるという異世界転生ものの定番は確かだったようだ。勇者時のなんでもできそうな万能感はさっぱり消え失せている。


「ところで」

「はい?」

「何で俺が誘拐されたか教えてくれへん?」


 予期せぬ接敵により、ヤトとタイマンをかましたクロウだが、元々は何で誘拐されたのかを確認するためにここに来たのだ。

 しかし、反応がいまいち薄かった。


「あの……」

「うん?」

「あなたが蛇神の主なのではないのですか?」

「はぁ? ……蛇神? 主?」


 蛇神という言葉に心当たりがないクロウは、どうしてそんな質問をぶつけられるのかが分からない。なので聞く。


「蛇神って何?」

「えっ? ええと、そのぅ……」


 ちらりと見るのはヤトの方角。腕を組みなぜかムスッとしているヤト。どうやらタイマン相手が蛇神と呼ばれていることを理解したクロウは、ヤトに話を向けた。


「アンタ蛇神ってやつなん?」

「……まぁ確かに蛇を飼っていることは間違いないがな」


 そう言うと着流しの袖口や胸の合わせ目から、やけに毒々しい紫色の蛇が顔をのぞかせる。クロウ、雫、ハルは鳥肌が立ち背筋がゾワゾワした。修羅場慣れしてそうなハルだが、正座をしながら白目をむきかけている。


「あぁ……見たまんまってことな」

「一応夜刀神やとがみって呼ばれてる神なんだぜ? 見た目だけで蛇神とかセンスねえだろ……」


 蛇をしまいながら、かなりがっかりしているヤト。話を聞いてみるとどうも茨城県あたりで幅を利かせているらしかった。

 ここでクロウは提案をすることにした。


「……ちょっとすり合わせといこか。俺とヤトとええと……そこの可愛い子で」

「えっ? かわいい……ですか?」


 まあ誰が見ても美少女の類なので、素直にそう言っただけなのだが、言われ慣れていないのか前髪をいじったり、左右を窺ったりと挙動が不審になる。かなり照れているようだ。

 と、そこへ悪寒がするほどのプレッシャーがクロウにだけかかる。正座をしながら眼光鋭く見つめるハル。


「おい、小僧」

「え?」

「まさかキサマ……あたしの孫を手籠めにしようとしてるんじゃないだろうね」

「えっ? 手籠めですか?」


 ハルの言葉に過剰反応を起こす雫。しかし、そんなつもりがないクロウはバッサリいった。


「今日会ったばっかりの子に、そんなん思うわけないでしょ。誰が見たってかわいいって思うわ」


 クロウは一目ぼれ否定主義者である。どこぞの芸能人のようにビビビとかありえない。だが誰が見ても可愛いことは間違いないのだ。だからクロウはバカ正直に答えた。

 うんうんと満足そうに頷くハル。なぜか微妙にへこむ雫。褒めてるのに不思議な感じのするクロウ。


「早くやるならやろうぜ」


 ヤトが尤もなことを言い、場を収めた。






「まずは、や。アンタらが何で揉めてんのか聞かせてくれ」


 4人は車座になって、顔を突き合わせる。時計回りにクロウ、雫、ヤト、ハルの順だが、心なしか雫とハルがヤトから距離を取っているように見える。仕方がないとはいえ、何とも切ない気持ちになるヤトだった。

 1人倒れたままだが、気にせず始めたクロウ。ちょっとイキって仕切り始めたが、顔は未だにパンパンでボコボコである。

 雫は母親がいまだに倒れたままなのが気になるのだが、寄合が始まってしまったので座の内側を向く。しかし、ちょっとクロウの顔が視界に入ったのか、顔を全力で反らし肩を震わせている。さすがに年の功なのか、ヤトとハルは微動だにしていない。誰が話し始めるのかクロウ以外が視線だけで探りを入れ始める。


「……」

「……」

「……(プルプル)」

「……ハァ」


 頭をポリポリと掻きながら、埒が明かないと考えたクロウは、未だに肩を震わせている雫をチラリと見てため息をつくと、とりあえずヤトに話を向けることにした。


「で? ヤトさんは、呪い受けたって言うてたやん」

「あ? ……あぁ、そうだな」

「どんな感じのやつなん? 心まで筒抜けとか、行動に制限がかかるとかいろいろあると思うんやけど」


 呪いの類は、クロウもファンタジー時代にいくつか経験があった。中でも一番えぐかったのが、思考は洗脳で誘導され、心は完全に死滅。脳内リミッターが解除され、筋や骨が砕けるような攻撃を仕掛けてくるという、壊れても良い人形といったものだった。今のヤトを見る限りそんな感じはしないのだが……


「そうだな……あんまり強制力はないな。主には逆らえない、せいぜいそのくらいだろう」

「……そんなもんなん?」

「そんなもんだよ。だいたい心が筒抜けだったら、この寄合だって筒抜けだぜ? 見てるもんも確認されたらお前もターゲットになっちまうよ」

「おう、ジーザス」

「安心しろ、そこまでの効力はねえよ」

「……呪い掛けられてる奴に言われてもなぁ」


「はは、ちがいねぇ」と朗らかに笑うヤト。初対面での印象の悪さが吹っ飛ぶほどだ。何とも清々しい。

 そこへ何やら考え込んでいたハルが口を挟んできた。


「するってーとなにかい。アンタをけしかけたやつのことも喋れるのかい?」

「そうだな……やってみようか。俺の主の名は……ぐぅっ……」

「お、おい!」


 試しにやってみるというレベルの苦しみ方ではない。両手で目を隠し、だらだらと脂汗を流すヤトを気遣うクロウに、掌を向けて拒絶を示すヤト。


「し、んぱいねぇ……」

「そやけど……」

「のろい、に……そこまでのきょう、せいりょくは、ねえ……」


 息を荒げ、耐えるようにうめくヤトを見守ること1、2分程度だろうか。ようやく苦しめていた何かが収まったのか、ヤトはゆっくりと元の姿勢に戻った。


「すまねえな。どうやら主の名を言うことは逆らうことに入るようだ」

「それがアウトやったら、ここで喋んのもアウトやろ」

「話するだけだったら、別に問題なさそうだぞ」

「……いまいちラインが分からんな」


 話の核心に入らない話のせいか、問題なさそうな態度のヤト。ハルは幾分残念そうな顔をしている。


 ようやくツボが収まったのか、雫が会話に入ってきた。しかしクロウのほうは一切見ない。理由は推して知るべし。ハルのほうを見ながらクロウに話を振ってきた。


「クロウさん、でしたね。先ほど答えを聞きそびれたのですが、後ろの方々は何なのでしょう?」

「? 七福神やけど」

「? 何を言っておるのじゃ?」

「おばあさまには見えないの?」


 雫はクロウの後ろにたむろする七福神が気になって仕方なかった。何やらニコニコしながら浮いているのである。気にならないはずがない。しかし、隠す気もないクロウに対し、いささかおかしな反応を返すのが祖母のハルだ。

 ハルはハルで、おかしなことを言いだした孫娘が心配になった。身柄を狙われ続けついにおかしくなったのかと心配するのだが……

 ヤトがその答えを教えてくれた。


「神は普通の人間には見えないぞ」

「は? いや……だってそこの、雫さん……だっけ? その子は見えてるやん」

「だが、こっちのババアには見えてねえだろ?」

「誰がババアじゃい!」


 血管が切れるんじゃないかというくらい激怒するババ……ハルはヤトの暴言に噛みつく。それをサラッとスルーしたヤトは、話を続ける。


「雫は『魔力』を宿している。だから、他のアマテラスの霊力持ちとは見えている世界が違うはずだ」

「あー……だから、感じる力に違いが出るんか……」


 探知をした時に感じた三つの力。1つだけ違う感じがしたのは、雫のものだったのだろうと推測するクロウ。

 自分の話がされて気になったのだろう。そこへ入ってくる雫。


「あのう……どういうことでしょう?」

「うん? アンタ……魔術使えへんやろ?」

「えっ? どうして……?」


 身内以外知らないはずのことをクロウに言い当てられ、動揺する雫。やがてハッと気づくような仕草をすると、口に手を当てずりずりとクロウから距離を取る。


「……まさか、ストーカー?」

「ちゃうわ!」


 おびえる雫に即座にツッコむクロウだった。

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(未完)この世は不思議で満ちている お前、平田だろう! @cosign

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